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【滅私奉公は危ない】
《「『自分らしい』なんてことはない」これが私の意見です。先ほどもお話ししたように
仕事は自分のためにあるわけではありません。世間のほうがその仕事のあり方を要求する
のです。それをやっている以上は、自分を曲げざるを得ません。
仕事は多かれ少なかれそういうものだと決まっています。だから、「自分らしく生きら
れなかった」と思っている人に言うとしたら、仕事というのは自分を曲げて当たり前で皆
そうなんだよ、ということです》
●その通り!と私も言いたい。しかし、生まれた時からすべてに恵まれて育って来た若者
に通用するのかー。自分の子どもには通用させたい‥?
《仕事用の人格を作って合わせて暮らすということです。「自分らしく生きられなかった」
という人の気持ちがわかるとすれば、日本の仕事というのは無理を要求する面が強いので
す。自分を曲げても仕事に忠実にということを強いる。それをやられたという思いが強か
った人が今になって後悔する。それはある意味で当然です》
《いつも思っていたことは、二歩足、三本足で軸をいくつもおいて生きていればいいとい
うことでした。どんなに食うためのおつとめがしんどくても、私は虫を採れれば平気でし
た。そちらこそが自分の人生だと思っていた。
以外と世の中には一本足で立っている人が多いのです。男性の場合は特に仕事一本、と
いう人が多い。
本当は仕事があって、家があって、趣味があって…となれば、少なくとも三本足になる
わけです》
●私は何本足だろうか。四本、五本、となっていけば幸福感は増すのかな。
【まだやることがある】
《別に地球全体とかアフリカとかを救う必要はありません。それは体力と時間にあふれた
若い人に任せればいい。老人は近所のことで十分です。
ここでも肝要なのは「分相応」です。自分の出来ること、身の回りのことをきちんとす
る、でいいのではないでしょうか》
●同感です。
【「お金を使わない」という幸せ】
《金を稼ぐのに教養はいらないけれど、金を使うには教養がいる。成金がどうしようもな
いのは、そこでしょう》
●至言ですね。
【最悪の事態を考える】
《最悪の想定をすることを、最悪の想定を望んでいることとごっちゃにしてしまうのです。
これは間違いです。
個人でも同じことがいえます。年金ゼロになっても、生活保護になっても、食っていけ
るし、生活を楽しめるという想定をすればいいわけです。金がなければ一日二食でどう楽
しく暮らすか。老人になったらステーキを食いたくなることもないでしょうから、粗食を
どう楽しむかを考えればいい》
●ものの考え方、捉え方の転換さえすれば、どんな世の中になろうと、それなりに楽しん
で生きていけるというわけですね。同じようなことを、日垣隆さんも言っていましたっけ。
【最大の資産は体力】
《本当に老後に必要な資産はお金ではありません。根本は体力です》
●そうですねえ。資産があったら、体力をつけたり交際を広げるために使ったらいいでし
ょうし、そのようなことに使っていれば、そんなに資産など残らないようにも思いますがー。
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