21世紀話し方サロンの会

話し方は生き方実践学、ここで学んで下さい、伝えてください。
 参院選の各候補の演説、いかがですか?
不特定多数の聴衆にどこまで共鳴共感を得ているでしょうか。
 
 7月13日の夕刊にパキスタンのマララ・ユスフザイさん(16才)の国連での演説記事をみて感動した。
  
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 不特定多数の多くの人々に、自分の思っていること、考えている事を的確に表現し、共鳴を得る話を演説とという。
 理屈は分かっても難しい話し方である。 現在の参院選の演説を聞いてもよくわからない。
聞き手が理解できないと、感動も感銘を受けない。
 マララさんはの話は、具体的で分かり良く、社会正義に満ち、何としてでも達成せねばと強い信念が伝わってきた。皆さんもそうだと思う。
 これからの若者も、もっと生きる信念をもって正義を命がけで訴える人を育てていきたいものである。
 
 自分思想・心情・考え方を相手に訴えて、共感を得る話し方。
但し、思想信条考え方だから、不特定多数の場合は、必ずといっていいほど反対者がある。
これからのリーダシップを握る人達は、この演説ができないと、人々をまとめることが出来ない。
 ある意味では、父親が家族を守るのに、家族を威嚇したり、けなしたりして従わせるのではなく、自然に父親の話に耳を傾けざるを得ないという「演説力」を磨かなければ、ニート族は解消しないであろう。
 と私は思う。

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 大勢を対象に話すとき、あがるので何か対策はありませんか?との質問をうけました。
それはタイトルの“強がる自分よりもありのままの自分のほうが強い”ということです。 
 人情として大勢の人がいると、つい力んで、カッコよく話そう、うまく話そう、又笑わせてやろう等々、
その邪念が、障害となって「あがり」を引きこんでしまいます。
 “無い袖は振るな!” 優越感・劣等感等もたないで、素直に「これだけは聞いて下さい」と親しみこめてありのままの自分表現する事です。
 なお大勢であれば聞き手は飽きやすいので、実態感をもってジェスチャを交え、透る声、即ち迫力がないと聞き手は聞くふりをして聞いてもらえません。
  あがってもいいから、精いっぱい話している姿勢を感じてもらうことです。
大勢であれば、ほとんど誰も聞いていません。話す貴方の表情・態度を見ています。
いくら流暢に話しても、話す態度が悪いと聞いてもらえません。
 聞き手は、あなたのありのままの姿に感動します。
決して「上手に話そうと」と意識しないで「何を話すのか」話す目的のみを意識して下さい。

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 この事件は、1/16の夕刊に載っていた。 大事に見守ってきた孫に何故殺されなければならない。
私にも高2の孫が居る。
 忠告の目的は、「改めさせる」である。本人が改めようと意志決定しない限り、改めさせる事は、不可能である。
しかしながら、忠告する人は、相手の気持ちを無視して、悪感情で、頭ごなしに命令調で言葉を浴びせ倒す。
 本人は、好き好んで「不登校」しているのではない。暗闇の中でもがき苦しんでいるのである。
 何が原因なのか、聞き出せなくてはならない。
  ・原因が、学校にあるのか。
  ・登下校の間にあるのか。
  ・家の中にあるのか。
  ●相手に聞かなければ誰も分からない。なのに先入観(思い込み)で喋りまくる場合が多い。
説得や忠告する場合、話し手は、自分がついておりながら何故こうなったのかと、「詫びる気持ち」が無いと、
相手は、心を開かない。相手が黙っているからおとなしく聞いているのではない。
心の中では、メッチャクッチャ叫んでいるのである。何で俺の気持ち分かってくれへんのや!と。
高校2年にもなると、良いこと、悪いことぐらいはわかっているのである。
 ●先ず無条件の愛「絶対愛」で接すること。他と比較しないこと。冷静な気持ちでお前一人の責任ではない。
   ということを知らせるべきである。
 ●どうすればよいのか、と相手と一緒に考えるという気持ちの余裕を持って話し合うことである。
 ●言葉のみでなく、行動もともにする、ともに苦しみを分かち合う。
 ●子どもだから、孫だからと、油断しない。
   近所の人達は、挨拶もするし、おとなしいいい子だといっている。
 ●とにかく相手の気持ち(心)に参加して、相手の話をよく最後まで聞くことである。
 
   喋るな!話させろ!
 
 
 
   

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 我が自治会(堺市中区内の福水自治会)は、地域ぐるみで夏休み
 (7/23〜8/30)ラジオ体操を実施しました。
その場合、ただラジオ体操のみでなく、子どもたちに聞かせる話や世相や地域の話題等のスピーチ即ち、朝礼を実施しました。
 
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朝礼の始まる前や、終わったあと、それぞれに近況報告や何気ない会話をとおして、幅広く情報の交換がくり広げられる。
このことが大変重要である。
 子どもから見て、話しやすい「おっちゃん、おばちゃん」・「爺ちゃん、婆ちゃん」が沢山いるよ。
皆勤者の皆さん、報奨金もらってバンザイ!
 小さな情報が大きな成果を得ることもある。
 
 それぞれにかぶっている帽子は、段ボールで自分の頭の大きさに合わせての手作りの帽子です。難しいところは爺ちゃんたちが手伝い、皆で完成させたもの。幼児たちに大人の温もりが通じたかな?。
 後日、5年生の女の子から 「ありがとう」 のメッセージをもらった。
 また、こちらからも 「ありがとう」 のやりとり。 
  安全・安心の町 福水自治会 バンザーィ!

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 幸せの基は、家族の人間関係が良好であることである。
なかでも嫁と姑の関係状態が、家の中を明るいか、暗いか大きく影響する。
夫婦も元は、他人同士ですが、愛という接着剤があり、喧嘩してもすぐに戻るが、
嫁・姑の場合は、他人のまま、人生八苦の中の「怨憎会苦」、即ち、会いたくないが会わざるを得ない苦。
 昔は、嫁は姑に逆らえなかった。 逆らうと追い出される が普通で怖くて我慢をした。
 
 “嫁は姑の卵”である。
その嫁が姑、亡きあとをついで姑の座につくわけである。
その家柄なり、自分の意志を継いでくれるのは、息子でも娘でもない。嫁である。
 
 以上の事を考えて、姑は嫁に対する観念を考えなければならない。
姑は、自分もかっては可愛い嫁であったのであるから、共通の目的を話し合い、現在よりも家運の繁盛と隆盛を願いつつ嫁に接する工夫をすること。
 嫁も嫁いだ以上、実家の母は、姑なんだと、意識を切り替える工夫と努力が大切である。
嫁も姑の嫌なところばかりみない。良いところも探して調和をはかることが大切である。
姑は、予想以上にへそくりを蓄えているものである。
だから姑に逆らわず、実母と思い好かれることが、そのへそくりも自分のものになる。
 人生の幸せは、平和な家庭からうまれる。
家族間の人間関係を大切にする。
親族の誰かが社会に迷惑即ち、犯罪を犯すと当事者だけでなく親族全体に影響する。
 
 お互いは、運命共同体であり、共存共栄に知恵を絞ろう。

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一隅を照らそう

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 “ありがとうございます” この一片の大きさは 2.5×13cm 郵便受けのところに両面テープで貼付。
近年、青少年の無謀な運転、傷害事件等目にあまる。
何が原因か?どうすればよいのか?。
 我が福水自治会では、表題の「一隅を照らそう」 運動を展開しています。
小さな灯りでも皆集まれば大きな灯りとなります。
 高校、中学、小学校と学童たちの通学路に囲まれています。
子どもたちのなかでときには、「ピンポンゲーム」?各、家のインターホーンやベルを押して「ハーィ」と
でると子どもはヤッターとハシャイデ逃げさる。 いたずらは面白い、元気があっていい。
しかし、放置するのは良くない。
そこで、一隅を照らす運動が始まった。自治会全家庭の郵便受けに “ありがとうございます” が貼付してある。 子どもたちはそれをみて、何かを感じたのか、ピタッといたずらが無くなった。
 ありがとうございます の肯定語は、感謝の言葉です。
 
 郵便配達、新聞配達、回覧板等の方たちは目にする。
「ご苦労さん」 「お疲れさん」 「どうもどうも」 と感謝の気持ちが伝わります。
 温かい自治会が、地域の 「安全・安心」 の基となる。
お互いは一人一人の力は小さくとも皆で、実行すれば世の中は少しでもよくなるのでは。
 

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 創られたのは、1977年(昭和53年)、所在地は天理市長岳寺?の側。
人々は平和で安全な社会を望みながらも、何千年も前から争いが続いている。
いっこうに安心・安全な安定した社会が実現しない。
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 建てられたのは、関西言論科学研究所所長 金井金子郎先生(1916〜1986)
手前の胸像が金井先生、その横にあるのが、話し方観音」さま 
この写真は、10年ほど前に、受講者25名の同志と、話し方明日香一泊研修での記念写真。
 
 人間お互いは “優位性” を競う動物ゆえ、なかなか譲らないし、嫉妬もする。
だからお互いは “信じ合えない” ことが主な要因である。
だからこそ、話し合いの精神が大切である。
 観音様にお参りした人たちは、あらゆる 「問題」 の解決法は、「話し合い」であることを知る。
 
 お互いは話し合いのつもりで言葉を交わしているが、ほとんどが言い争いになって、人間関係を破壊しているのが実情である。
なのに話し方の勉強をする人が少ないのが、今日の人間不信で平和な社会が実現できない。
 本気になって、「話し方」に取り組む人が多くなれば、平和な社会が訪れます。
 
 
 

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金婚式即ち絆

 1962.2月に結婚して、何と50周年。
まぁ〜よく飽きもせず、続いたものよ、即ち、夫婦の絆!
夫婦関係も、人間関係。
 話し方の重要性・必要性はここにある。
 
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 妻が居るから、浮気もできる、居なかったら本気になり、浮気は成立しない。
喧嘩もしかり相手がいるから、喧嘩になる。
怒ったり笑ったり、一人ではできない。
 
 断ち切ってもたちきっても、またくっ付くことを絆という。
そこに夫婦の味が出る、即ち夫婦とは「お茶漬けの味」である。
平凡だが飽きない。
 高級なレストランで美味しいものを食べても、やっぱりお茶づけも美味い。
 

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