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こんにちは、春から一回も更新してませんでした。
統一感はなく雑多ですが、最近読んだ歌をいくつか。
〇 墓前にて。(4月)
往(い)にしより三とせ経にけりおくつきの
父姉(ちちえ)の名にし涙止むなく
〇 悩む心 (5月)
吉野山奥また奥の石清水
悩むこころの人の知らなく
〇 5月の中盤の頃の満月を、
ひと足も出でばさやかとわかむほど
松木にもるる望月のかげ
いつかなと待ちつる月も近つ寺
大屋根の上(へ)に今し出でける
〇 夜の読書を (5月)
朝早く起くべきものを夜深くも
ふみは止むなきものにぞありける
〇 怒りの鎮められない事を (5月)
時のみか怒りのほむら消すものは
さらにぞ燃えむこはいかにせん
〇 学ぶという事。 (6月)
求め来てまたも八街(やちまた)ゆけどゆけど
つきぬ学びの文の迷い路
最後まで読んでいただいてありがとう御座いました。
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テツです。
こんばんは。
初めてコメントしますが、最後の歌についてです。
千葉県八街(やちまた)市に文違(ひじかい)という地名がありますが、最後の歌を見て、つい連想してしまいました。
何か関係があるのでしょうか?
歌の心得など何もないド素人の率直な疑問で恐縮ですが。
2014/8/17(日) 午前 1:42 [ テツ ]
こんにちは、コメント頂きありがとうございます。
いえ特に意識したわけではないです。
八街は、神話の、天孫降臨の時の「天の八衢」(あまのやちまた)からとって、迷路のような意味を与えました。
それで「文」=「学び」の状況は、いくら学んでも充足するという事がなく、一つ知識を増やせば、次から次に新たな疑問が涌いて来る、まるで迷路のような、そんな状況を詠んだものなのですが・・・・・、
八街は、明治二年頃の開墾事業の時に、八番目の開発である事からその地を「八街」と命名したそうです。これは恐らく「天の八衢」からとったものとしてよいでしょう。
文違は、天正年間に椎崎(しいざき)城の椎崎三郎勝任が、援軍を頼みに飯櫃(いびつ)村の山室某の陣屋に使者を派遣したところ、当地で道の誤りに気付き、道を誤った事から「ふみちがえ」(踏み違え?)→「文違」、そして音がなまって「ひじかい」となったそうです。(共に日本歴史知名体系『千葉県の地名』より)
ですので、何気に共通点がありまして少し驚いています☆
2014/8/18(月) 午後 5:32 [ 三島 ]