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大変ご無沙汰しています。
久々の更新となります。
前回の春の更新から、早夏も過ぎ秋が来ようとしていますね。
急激な温度変化で、確かに過ごしやすい気温にはなりましたが、私はなんだか体が硬直しているように感じますので、ストレッチは毎日欠かせません。
しかし涼しくなって、夜虫も鳴き始めました。
毎年と同様、秋は歌がよくできます。
近いうちにいくつかご紹介したく思いますが、今回は先日旅行にいった滋賀県は琵琶湖に浮かぶ竹生島についてです。
竹生島は、JR長浜駅を降り、長浜港からフェリーおよそ30分の距離です。
島はわりと大きなイメージがありました。もちろん大きかったのですが、いたるところ絶壁で、神社・寺がある区域以外はほとんど道はありませんでした。
宗教的な関係で通行禁止なのかもしれませんが。
竹生島には、人は住んでいないようです。
あるのは、都久夫須麻神社と宝厳寺と二三の売店だけです。
惜しいことに宝厳寺の観音堂の方は、現在修理中でした。
観音堂につながる唐門の、大きな唐破風が目当てだったのですが、これは残念ながら見られませんでした。
ただし、堂等の檜皮吹き替えに使う檜皮が無造作に本堂隅に積まれていたのですが、なかなか見る機会はないのでよかったです。
宝厳寺本堂は、観音堂よりさらに石段を登ったところにあります。
本尊は、弁財天。
明治の神仏分離に際して、現在の都久夫須麻神社の安置していた弁才天像(実は現在は宝物館にあるのですが)が寺に移ったものです。
入母屋造り、平入りで、千鳥破風を前面につけ、四方に裳階をつけ、前面の裳階だけ一段上げています。
桧皮葺です。
この建築は、一見してとても大きい。そして、かなり均整が取れている。
また、一見すれば、和様の感じを受けます。
なぜなら、柱や組み物が太く簡素であり、彫刻などの装飾がほとんどみられず、粽や露盤も見られないからです。
この規模の大きさで和様であれば、中世建築の可能性が高い(近世建築では、簡素さより華美な装飾が多いのが特徴)。
とすれば、間違いなく重要文化財級だろうと思いましたが、どうもそうではないようです。
しかも、子細に組み物を観察すれば、挿し肘木、貫の多用など、明らかに禅宗様・大仏様の用法が見られます。
一見和様にみせながらも、細部では折衷様を採用しています。
この建築をよく調べましたところ、昭和17年の戦中に、滝富太郎という実業家が財を投じ、文部省の(おそらく技官でしょう)乾兼松という人の設計だそうです。
文部省ではないですが、内務省の役人で、寺社建築で有名な人には、角南隆(すなみたかし)がいますが、この乾という人は今回初めて知った名前でした。
とにかくも、見ていて本当に飽きない建築でした。とてもよいものを見せてもらいました。
さて、島を満喫し、帰りのフェリーに乗り込みました。
帰りは、後ろのデッキから湖北の風景や、過ぎ行く竹生島を眺めていました。
ふと寂寥感にかられて、
ふな進み波たつほどにわびしさの
まさりゆくかな都久夫しまかげ
移り行く島の景色を、
みどり濃きつくぶのしまも奥やまに
やくやく淡くとけにけるかな
最後まで読んで頂いてありがとうございます。
また、投稿したいと思います。
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