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こんにちは。
ここ一週間程、長くて寒い冬がようやく終わり、大分春らしくなってきました。
先週、先々週と、私は夢中で道中、家々に植わる梅を見てきました。
ここではそんな心を。
なが寒き冬をたふれやむめの花
物ぐるほしくも見むずる心は
〇たふれや 耐えたからであろうか。
〇見むずる 見むとするの縮約。みようとする。
さて、以前ちょうど春の始めの時期、訳あって尾張二宮の大縣神社に参拝しました。
神社で梅といえば、まっさきに思い浮かぶのが天神さん、特に京都の北野天満宮の梅はきれいですね。
以前私もその事について詠った事があります(http://blogs.yahoo.co.jp/hanasuki_utayomi/8616782.html)。
大縣神社は、天神菅原道真を祭っているわけではなく、「大県大神」という尾張国開拓の祖神を祭っています。
その事とどのような関係になるのかわかりませんが、境内奥の斜面には、これみよかしといわんばかりの梅が植樹されています。
写真はたとえばこちら(http://www.lets-go-aichi.jp/article/2010/000307.html)。
見事という他ないです。その時に詠んだ歌を一首。
尾張なる人にしあらば二の宮の
咲きに咲くむめひとたびは見よ
この近くに住んでいる人、あるいはたまたまこの時期に訪れた人は、是非見てもらいたいものです。
また、この梅園を見ている人々の満足そうな顔を見て。
梅めづる人々みれば世のなかの
たいらかなるを祈らるるかも
この歌の説明は不用でしょう・・・・。
そして、見事というのは、この境内の梅ばかりではありません。
どういうわけかしりませんが、この神社の近辺の農地(?)では、農地本来の土地利用をせず、とにかく梅や桜の木が植わっているのです・・・。
以下写真です。
写真はほんの一部です。
周辺の土地一体がこのような状況です。
いったいどんな風流な人が、こんなにたくさんの梅や桜を植えたのでしょうか・・。
適当な使い方をすれば収入はあるはずなのに、梅を植えていても一向に収入にはなりませんし、むしろ管理のための費用も毎年必要でしょう。
また、当然人の私有地ですので、これだけ見事ながら、これといって梅・桜の名所と認識はなされていないようです。
私一人で、幸運にもそんな光景を満喫しました。
そんな心を一首。
人知らで梅さわに咲く木もとごと
枝ごと見れどかげどあかぬかも
〇さわに たくさん。
(「満喫」とは言いながら、歌ではまだ「あかぬ」と言っていて少し矛盾ではありますが、そこは御勘弁を・・・・。)
さて、こんなに見事な梅を見ても、その時私は一人でした。
どうせならば、気の合う友人、それも花を共に愛でる事のできる友人と一緒にこの光景を見たかったものです。
そんな心を。
ごとならば思ふどちもがこれかれと
めでつつ遊ばむ梅はさかりぞ
〇ごとならば どうせ同じならば。どうせ梅を見るという同じ事をするのならば(一人ではなく)。
〇思ふどち 気の合った同士。
〇これかれ あれこれ。
これは作ってから思いましたが、万葉集五巻
梅の花今盛りなり思ふどちかざしにしてな今盛りなり
と趣向が少し似ていますね・・・(汗)
まぁいい事にしましょう。
今回は割合長文でしたが読んでいただいてありがとう御座います。
数日前、東大寺お水取りに参加いたしましたので、近日中にその事を載せたいと思っています。
それでは。
※投稿後、若干訂正しました。
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百花の魁たる梅の花、古人が愛したのもよくわかります。
素晴らしい風景ですね。
うちの庭にも、家人に内緒で植えてしまおうかと画策しております(笑)
2013/3/22(金) 午後 9:41
粕春さん
コメントありがとうです。
家人=佳人ですね・・? お庭があるなら、是非☆
私の家の庭にも梅の木があって、毎年よい花をつけてくれます。
私が生まれた頃に植えたようですが、今では軽く背丈を追い越されている梅の木です。
2013/3/23(土) 午後 0:57 [ 三島 ]