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おひさしぶりです。
本当に開店休業状態のわがブログです・・・。
季節はすっかり梅雨になってしましました。
六月ももう終わります。
来月からは七月。 いよいよ夏というわけです。
去年は在来線鈍行で遠出をしたわけですが、今年もどこか行きたいですね。
なお、最近本をたくさん購入しました。
新品の書籍を見ていると、猛暑の夏に田舎の在来線なんかにのりながら、読書をしてみたいという欲望にもかられ、ますます旅に出たいという気持ちは強まるばかりです。
特に神社仏閣ですね。
さて、今回は神社にて詠んだ歌を・・。
一首目は、奈良桜井の檜原神社という神社の、ちょっとかわった鳥居を。
たぞなしし神のみわざか三輪鳥居
いづくにみれどつゆ片輪なく
この鳥居は、三基の鳥居が合体したような形をしています。
見ていてうっとりするほど、本当にバランスの良い形状をしています。
まさに非のうちどころのない(=片輪なく)ように感じます。
文献を漁ったわけではないのですが、恐らく相当前からこの形状の鳥居はあるはずです。
いったいだれがこんな形を考えたのか、あるいは(そんなわけはないのですが)神がこんな鳥居を造りたもうたのだろうか、そんな事を考えながらを詠歌しました。
なお、東京大学本郷キャンパスの正門(赤門ではありません)は、明治〜昭和初期の著名な伊東忠太の設計によるものらしいですが、私は前々からこれが三輪鳥居を念頭において設計したのではないかと思っているのですが、いかがでしょう。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
本当はもう少し長いブログを書きたいわけですが・・・・・、四月頃から仕事が忙しくなってなかなかそうもいかなくなっています。
今度もいつ更新するかわかりませんが、またよろしくお願いいたします。
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この形状の鳥居、噂には聞いておりましたが、実物写真を初めて見ました。
ご紹介ありがとうございます。
私見ですが、参道中央は神様のお通りになる道ゆえ、参拝者用に通用門よろしく端に小さな潜り戸=鳥居を付けたのではないでしょうね。階段の位置が、なんとなくそれを匂わせているように思います。
2013/7/7(日) 午後 10:50
粕春さん
お久しぶりです。
ご存知かと思いますが、三輪鳥居の本家本元は大神神社です。
しかし、頼まないと見られない所にありまして、写真も撮られる雰囲気ではありませんでしたので、今回写真はありません。
機会があればそちらのほうも是非。
御高察、するどいですね。
私も共感です。
もしかしたら、階段の配置も相当昔から変わらないかもしれないですね。
大神神社の方がどうだったかちょっと記憶がないのが残念ですが。
とりあえず江戸時代の地誌等で確かめられそうですね。
2013/7/8(月) 午後 10:41 [ 三島 ]
三島さん、こんにちは。お久しぶりです。
いつもお疲れ様です。時間の兼ね合いというのが常に切実な問題になってきますね。
私もきちんと体調を整えながら、きちんと大切な勉強をしていこうと思います。
実体のない神様、自然そのものが神様、そんな所を感じるのが良いですね。
たとえ詩歌を作らなくても、詩歌を理解できる人間でなければ、
古典を読み解いていくことは出来ない、そんな部分を感じました。
少し元気が出ました。ありがとうございます。
暑い日々が続いていますので、体調に気をつけてお過ごしくださいね。
2013/7/21(日) 午後 0:19
玄斎さん
こちらこそお久しぶりです。
そうですね、詩歌の理解が古典の理解を助ける事は確かですね。
その、詩歌を理解する以前に、まず詩歌が詠う所の感情、つまり例えば自然や恋愛などについても、実体験を伴って共感ができなければ、真に詩歌や古典を理解した事にはならないかもしれないと思います。
玄斎さんこそ、暑い日が続いていますので体調等お気をつけ下さい。
2013/7/21(日) 午後 0:47 [ 三島 ]