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[ 三島 ]

2017/2/4(土) 午前 9:14

こんばんは、コメントありがとうございます。
確かに弱いものいじめをしているなとの感じは私も受けました。もちろん参考にしたい指摘はいくらかありましたけれど。
下の目線で考えるとの事、その通りと私も思います。ただ下の目線で考えることは、簡単そうに見えて結構難しい事だと最近思っています。仕事柄幅広い年齢層、知識層にものを伝えていますので、どのように話そうか、あるいは書こうか、いつも悩ましく思っています。

[ テツ ]

2017/2/4(土) 午前 1:15

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こんばんは。
『悪文』読み終えられたようですね。
個人的に、真の「悪文」とは、悪文であるがゆえに実害を伴うものを指すのだと思っています。
その意味で『悪文』は、他愛のない「悪文」ばかりにダメ出しするのみで、真の「悪文」を取り上げない、ただ弱い者イジメをして悦に入っているだけの悪趣味な本という印象を持ちました。
個人的に、文章が上手くなるコツは、自分の書いた文章をいかにバカな人の目線で読み返すことができるか、というところにあると思っています。

[ 三島 ]

2015/10/25(日) 午後 9:55

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コメントありがとうございます。
かなりテツさんを意識して書きました。よく読んで頂ければ必ずわかるかと思います。ネット上ですのですべてを書くことはできません・・・、申し訳ないです。

そうですね、本当に杞憂であればよいです。
ただそうだったとしても、教員の基本的な質は、ある程度は確保されていなければならないと考えています。
社会人になってつくづく思いますが、出身者(特に法・経・理工)の社会的な影響力は、それを無視するには不可能な程に大きいからです。

なかなか愛校心が強いのでこんな事を色々と考えてしまいます。杞憂だといいのですが・・・。

また何か本の紹介の折などに、テツさんの考えを書いてもらえればうれしいです。

[ テツ ]

2015/10/23(金) 午前 0:24

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> 三島さん
こんばんは、再コメントさせて頂きます。
コメントから察するに、もしかして三島さんも同窓なのでしょうか?
私も福澤諭吉は好きですが(もちろん1万円札が好きだという意味ではありません。)、福澤が現在の日本の大学を頂点とする教育の在り方を肯定するとはとても思えません。
一方、私は学問の府としての大学なるものとまともに向き合ったこともありませんので、批判する資格もまた持たないのかもしれません。
私にとっての大学という空間は、良くも悪くも体育会で過ごした3年間に凝縮されるような気がしているからです。
そして、三島さんのご心配も杞憂であると思っています。
そもそも経済学者の言うことを真に受けている人間ばかりの世の中の方がよっぽど危険だからです。

[ 三島 ]

2015/10/22(木) 午前 2:08

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コメントありがとうございます。
もし言われる事が現実だとすれば、現在同学部出身者が社会の重要な地位を多く占めていて、今後もその状態が続くだろう事を考えれば、今後の日本にとって少なからぬ損失ではないかと思います。
逆に私は、たまたま優秀な知人や先生が多かったものですから、劣等感にさいなまれる事はままありましたが、むしろ得るところが多かったですし、入学してよかったと思っています。

ところで私は、福澤の思想に影響されたところが少なくないです。
自分の生き方について、折りにふれて彼と比較する事があります。
ただし学生時代は見向きもせず、福翁自伝は完全に本棚の肥やしでした。
現在の大学のあり方は、もし彼が生きていたら、そのような経済学部の有り様に対してどう考えるでしょうか。
彼の功罪両面の分析は、とても的確だといつも思うので、可能なら是非きいてみたいですね・・・。

[ テツ ]

2015/10/20(火) 午後 11:51

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こんにちは。
私が大学で経済・経済学を学ぼうと思ったのも、人間が戦争をする理由を始め、世の中を動かすメカニズムを知りたい、と思ったのがそのきっかけでした。
ですが、「経済学の目的はモデルを解くことだ」と豪語する教授に出合って、つくづく、大学の講義で学ぶ経済学というのは随分卑小化された学問なんだな、と思いました。
そのため、私の経済・経済学の知識は独学による部分が多く、大学で経済を学んだという実感が余りありません。
むしろ、一般教養科目で印象に残っている講義が多いような気がしています。
余りブログ記事と関係のないコメントとなってしまい恐縮ですが、前段部分に感じるところあり、コメントさせて頂いた次第です。

ご無沙汰

日記

[ 三島 ]

2014/8/18(月) 午後 5:32

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こんにちは、コメント頂きありがとうございます。

いえ特に意識したわけではないです。
八街は、神話の、天孫降臨の時の「天の八衢」(あまのやちまた)からとって、迷路のような意味を与えました。
それで「文」=「学び」の状況は、いくら学んでも充足するという事がなく、一つ知識を増やせば、次から次に新たな疑問が涌いて来る、まるで迷路のような、そんな状況を詠んだものなのですが・・・・・、


八街は、明治二年頃の開墾事業の時に、八番目の開発である事からその地を「八街」と命名したそうです。これは恐らく「天の八衢」からとったものとしてよいでしょう。
文違は、天正年間に椎崎(しいざき)城の椎崎三郎勝任が、援軍を頼みに飯櫃(いびつ)村の山室某の陣屋に使者を派遣したところ、当地で道の誤りに気付き、道を誤った事から「ふみちがえ」(踏み違え?)→「文違」、そして音がなまって「ひじかい」となったそうです。(共に日本歴史知名体系『千葉県の地名』より)


ですので、何気に共通点がありまして少し驚いています☆

ご無沙汰

日記

[ テツ ]

2014/8/17(日) 午前 1:42

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テツです。
こんばんは。
初めてコメントしますが、最後の歌についてです。
千葉県八街(やちまた)市に文違(ひじかい)という地名がありますが、最後の歌を見て、つい連想してしまいました。
何か関係があるのでしょうか?
歌の心得など何もないド素人の率直な疑問で恐縮ですが。

[ 三島 ]

2013/12/3(火) 午前 11:36

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ありがとうございます☆ 早速見てみたいと思います。

[ 三島 ]

2013/11/30(土) 午後 5:29

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粕春さん

いえいえ、過分の言葉に本当に恐縮です。
そうですね、法起寺式伽藍配置のようですね。

粕春さんの、現代の文物に対する感動でも自由自在に漢詩にするのはとてもすごいと思います。
いつもブログを拝見していて、そういうところには漢詩の可能性を感じる次第です。

自分も漢詩つっくてみたいなぁ・・☆

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