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枯れゆく夏草
日記
[ 三島 ]
2012/7/9(月) 午後 0:46
奈良飛鳥
日記
[ 三島 ]
2012/6/30(土) 午後 7:38
玄斎さん
コメント頂きありがとう御座います。
そうですよね。 写真はやはりあった方がよいですよね?
そう思いまして、写真を乗っけてみました。
本当は歌だけがあって、その歌を読めば情景がはっきりと浮かぶ、そういう和歌がよいなとは思ったのですが、如何せん、そのような実力はありませんで、写真を補助的に使って歌に共感して頂ければと思って記事を書きました。
提示頂いたうち、「見晴らせば」はよさそうですね。
古文にその用例があれば使わせていただきたいです。
確かに「西日」は阿弥陀の西方極楽浄土ですね。
しかしこのような知識も所詮はだれかの受け売りであって、やはり「浄土三部経」などの原典(少なくとも漢訳)に当たらなければと常々思っています。
寺の法事などで経典の転読をする時も、どうしても私は「訓読」を試みてしまいます。全然、わかりませんが・・。
そう思いつつ金岡照光『仏教漢文の読み方』という書籍を購入しましたが、未だに本棚の肥やしです・・・・。
学び路
日記
[ 三島 ]
2012/6/30(土) 午後 7:15
玄斎さん
コメント頂きありがとうございます。
そうですね。
えらそうな事をブログには書いていますが(反省すらしています)、私とて、まさに言われた通りの事を私自身経験してきたと思います。
何か私の経験を見過ごされているようで、驚きます。
大学までは、とにかくテストでいい点数やいい大学に入る事だけが生きる事の目的で、それ以外は何も考えずに勉強してきた結果、私は入学後喪失感というか無気力感を覚えました。
また、「受験勉強に専念した分を取り返そうと遊びに耽る」という事もしました。しかし中途半端にそれも終わりました。
しかし何年か経ってこれではまずいと思い、「立ち直っ」たという表現が的確かどうかはわかりませんが、意味のある人生を歩もうと思い始めました。今でもはっきりと覚えています。冬の寒い日の風呂場の中でした。



