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〇 根井雅弘『経済学の歴史』(講談社学術文庫、2005、初出1998)
経済学には私は強くはないのだが、それでも知っていて損はないだろうと思い購入したのが本書である。
私が経済学に対して関心を持ったのは、親族に自営業の人間が多く、家でも日本経済新聞をとっていたせいもあって、その素地はあったものの、やはり2010年のリーマンショックが決定的に影響を与えたものである。
これによって、私は直接に多くの損害をうけたし、また社会的な影響が大きかったのは、経済をあまり知らない自分でもそれはよくわかった。
それ以来、なぜこのような大惨事が起こってしまったのか、またこれから起こらないようにするためには、いかにすればいいか、また個人として金融危機にはいかなる姿勢を有すればいいかなどと考え始め、細々と経済学を学び始めたのであった。
太平洋戦争を経験した人にとっては、やはり同様の事をおもったに違いない。
いわく、なぜこのような大惨事が起こってしまったのか、またこれから起こらないようにするためには、いかにすればいいか、また個人として戦争にはいかなる姿勢を有すればいいか、などと。
人間、個人の失敗や損害をうけて始めて、それらについての因果関係や、今後の予防について考え始めるものである、という事がリーマンショック後の自分を思い出してみれば、よく理解できる。
前置きが長くなったが、本書は12人の高名な経済学者を挙げて、その学者の歴史的背景、研究動機から始めて、経済学研究内容を、重要な部分を取り挙げて説明するというスタイルをとっている。
但し、私にはマーシャル、ケインズあたりからよく理解ができなくなってしまい、あえなく「積読」状態に現在までなってしまっている。
私の断片的知識からいって、ケインズは現代の経済や経済政策を知る上で、欠かすことのできない人物であるはずであるから、読了は今後の課題としたい。
経済学には、その思考的営為の一つとして、経済的現象の抽象化があるのは間違いない。
その抽象化をよく理解するのは、経済学を学ぶ上でもちろん重要なのであるが、それに増して重要なのは、その経済学者がそもそもいかに現在の社会で経済的に問題があって、かついかなる理想的な社会の経済的状況を希求しているのかという点を、絶対に無視できないという事である。
いわく、マルクスにあっては、労働者の貧困という現状認識とその打開が、ケインズにあっては、経済恐慌の発生とその国家の政策による解決が、根底にあるといってよいだろう(素人の見解だから過信しないで下さい)。
考えてみれば当たり前の事ではあるが、本書を通じて強くその思いを致した事である。
私が経済学というよりも気になったのは、ジョン・ステュアート・ミルについてである。
彼の文書は、実に論理的である。それに経歴も実に面白い。
さっそくツイッターのミルbotアカウントをフォローしたが、興味はますます強まっている。
近いうちに彼の著作を読みたいと思っている。
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〇 浅野裕一『墨子』(講談社学術文庫、1998)
前回の『孫氏』に続いて、ようやく二冊目の本の紹介である。
本書は、中国春秋戦国時代末に、「非攻」や「兼愛」の思想を唱えた墨家集団の著作『墨子』を注釈・解説したもの。
去年末に読んでしまったので、記憶がかなり曖昧なのだが、非常に有益な本であった事だけは確かだ。
人間、平和を望まないものはいないだろう。
多くの人が平和を唱えながら、なお各地で戦争などによって平和が乱されているのも、また事実であろう。
そんな平和を希求する人々にとって、二千年も前に「非暴力」を主張した(と一面ではいいうる)墨子は、(恐らく)自身の主張を補強したいという意味において、強く興味の対象となってきた。
だが、現在の世界平和の考え方と、墨子の考えとは、本書を読む限り微妙なというか、根底の部分で相違があると思わざるを得ない。
すなわち、現在では一人ひとりの人権というものをいちよう認めて、その侵害行為を回避する意味において、世界平和も叫ばれている面は無視できないほどに大きいだろう。
だが、墨子は、もちろんそのような考えもあろうが、非暴力を説くときの理由として、そもそも「天」というものを認めた上で、その天が人間を活かしているのだから、人の傷害行為を天の遺志に背くものとするのである(確かそういっていたと記憶している)。
また筆者は、単に現代的な問題意識から墨子をみようとしておらず、彼の全体的な思想を紹介しようとしていて、実にバランスのとれた構成になっている。
「鬼」が実在する事を、かなり論理的に説明をしようとしている箇所(例えば明鬼下篇)などは、読んでい実に退屈であったが、こういうものを(例えば世界平和を希求しそのために墨子を読もうとしているような)読者に迎合せず、きちんと解説している。
なお、本書読了後、映画『墨攻』を鑑賞したが、あまり面白いものとは思われなかった。
恋愛の要素は、はっきりいっていらないように思われたしだいである。
是非一読を勧めたい。
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大変ご無沙汰しています。
去年投稿してからゆうに四ヶ月も経ってしまいました。
故ないわけではなく、忙しい時が続いたり、精神的にやられていた時期が続いていたためでもあります。
まずお知らせですが、ブログ名を少し変更したいと思います。
「万歌玉一集 −花好きの歌詠みのつぶやき−」
としました。
それは、
万歌(よろづうた)果てなむまでに詠みしかば
玉のひとつもあらまくほしも
の心ゆえです。
すなわち、これから死ぬまで歌をよむことになろうかと思いますが、そうすると一万首位はできるかもしれませんが、その中でも人を感動させるような秀歌、つまり玉のような歌、玉歌が一首でもつくることができればいいなあと思ったわけです。
その事をブログ名に反映させて、「万歌玉一集」と改題した次第です。
さて、いくつか読みためた歌を載せたいと思います。
季節はずれのものがありますが、ご容赦を。
〇 冬が早く終わり、春がきてほしい事を。(12月)
射らるれば時矢かへらぬあづさ弓
春の来ざらむ冬やあるべき
〇 体力の衰えを。(同月)
身のはたらく程と心と違ひぬる
これぞつもれる歳といふもの
〇 起床後の雪(同)
淡雪のふりし夜の朝ゐ寝覚めて
木(こ)に家(へ)に道にまどのしら雪
雪の華を。
いにしへゆ歌はれきけり雪の華
まことほかにはいふもあたはず
枯れ木にし置くと見るより雪の華
咲くとはあはれ歌よむこころ
〇 ものを学ぶ態度について。応用を学べばこそ、基礎を顧みる事は重要(2月)。
川しもに広くしものは学べれど
尚し要(ぬみ)をとのぼる源
高殿をうへにと建てて来つれこそ
なほととのへめ下(もと)の石据へ
〇 とても満ち足りた心を(3月)。
百尋(ももひろ)の底までぞ澄むこころかな
人のにごさであらなむものよ
最後までよんで頂いてありがとうございます。
充実したGWをお過ごし下さい。
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