日記

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夏の夕、夏の夜

こんにちは。
ご無沙汰しています。
しかし、暑いですね・・・・。むちゃくちゃ暑いです。
私は、そこまで太っているわけではないのですが、非常に汗っかきな体質なのでこの時期は汗疹がひどくて困ります。
もうすぐお盆ですね。皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

さて、夏は春秋に比べて歌には詠まれない季節です。
つまり春秋に比べて感動(もののあはれ)が少ないからというのでしょう。
しかし、夕暮れは夏こそ一番と思います。 とてもきれいです。
私の友人は、ほとんど人に話したことがないと前置きしながら、高校生の頃に夕焼けを見て感極まったのでしょうか、自然に涙が出てしまったと話していました。
人は美しいものを見ると時に心に込み上げてくる物があると思います。
諸星大二郎という漫画家の『夢の木の下で』という作品があるのですが、そこではタパリ人という架空の人々が登場します。 彼らは、極度に感動し幸福状態になると死んでしまうのですが、趣向は少しく似ているように感じます。(諸星作品全体についてそうですけれども、本作は人によっては後味の悪い作品かもしれません。)
そして、感動すると同時に、なんだか寂しい気持ちになってしまう時があるのです。
別に晩夏で、ヒグラシが鳴いていなくとも、です。
そんな心を。


  西つ方雲居はるけしわびしきは
   おこりつやみつ夏の夕暮れ


さて、一週間前は雨が結構降ったりで、私の地域では若干涼しかったです。
夜道を歩いていて気付いたのですが、そういう少し涼しい日は夜蝉は鳴かないのですね。
木々のそよぐ音ばかり聞こえて歩いてて気持ちよかったです。
そんな心を。


  夜風に木々はしそよぐこよいこそ
   心よからめわれごと蝉も


最後まで読んで頂きありがとうございます。
暑い日が続きますが、体調等崩されぬよう。


興福寺「花之松ノ碑」

こんばんは。
暑い日が続いていますね。

今回の記事は、ある石碑についてです。
奈良興福寺東金堂の正面に「花之松ノ碑」と呼ばれる石碑があります。
まずは、以下写真と句読点を付した翻刻文を載せます。


イメージ 1





    花之松ノ碑
興福寺花之松ハ、世ニ弘法大師ノ手植ト伝ヘ、姿態雄偉、夙(つと)ニ南都ノ一名木タリ。
明治大正ノ際、樹容最モ盛ンニシテ、幹囲一丈九尺、高サハ丈二尺、枝張東西十八
間、南北二十二間ニ超ユ。然ルニ、後漸ク衰退シ、昭和十二年ニ至リテ、遂ニ枯死ス。
興福寺一山、深ク之ヲ惜ミ、復興ノ企テアリ。遠近有志、乃(すなわ)チ花之松献木翼賛会ヲ
組織シ、金ヲ醵(きょ)シテ大(おおい)ニ之ヲ助ク。更ニ 梨本宮守正王殿下、之ヲ聞召(きこしめ)シ、旧興福
寺別当、 朝彦親王ノ王子トシテ特ニ辱(かたじけな)ク思召(おぼしめし)ヲ賜フニ至リ、後継花之松植栽、
事爰(ここ)ニ完成ス。亦(また)昭代ノ一慶事ト謂フヘシ。仍(よ)リテ碑ヲ建テ以テ之ヲ不朽ニ
ス。希(ねがわ)クハ、後人培養愛護シテ、変ルコトナク、昔日ノ名木ヲ此旧地ニ現出セ
シメンコトヲ。
  紀元二千六百年昭和十五年三月吉辰
              花之松献木翼賛会長  奈良県知事 三島誠也撰
                                  史邑 辻本勝巳書
                                                  (以上)



だいたいの内容を説明しますと、弘法大師手植えと伝えられる名木「花之松」は、姿が雄大で奈良で親しまれていた名木だったが、昭和12年に枯れてしまった。
興福寺側は深くこれを惜しみ、再興の企てがあって、諸方の援助を得た結果、昭和15年に「後継」の「花之松」が植栽された。
以上のようになりましょうか。

この石碑および「花之松」については、ネットでもいくらか情報があるようで、全く無名というわけではなさそうです。
例えば、石碑で言う所の明治大正の雄姿は、ネット上に落ちていましたので、参考にURLを載せておきます(http://photoyamato.fc2web.com/j_topics/page_thumb2.htm)。
ただ、この石碑に限らず、観光地にある石碑は、何故か人はあまり積極的には見ようとしないように感じます。
この碑文は、理解するのにまだ簡単な方ではないかと思うのですが、中には全文漢文の物もあって、とっつきにくいという印象が持たれているからなのでしょうか。
興福寺は土日ともなると大勢の人でにぎわいます。
人気の阿修羅像には足は向かうのでしょうが(別段それは構わないのですが)、この石碑に足を留めて見る人はまばらなようです。
しかし、こんな大きな碑文を立てるという事は、費用も当然かかるるであろうと思われ、それなりの思い入れがあって、後世に残そうという遺志があったに違いないのです。
そんな先人の気持ちを、少なくとも私は見過ごしたくはないとおもうのです。
たとえ難解な漢文であっても、できるかぎり読みたいと思っています。
そんな心を・・・・・。


   人は過ぐ我こそ読まめつたへむと
    磐(いわ)にもほりしこころし思へば


さて、この石碑は、新松の植樹を記念して立てられたわけですが、下の写真(但し撮影は一昨年)を見てもわかる通り、現在石碑すなわち東金堂の近くに松らしい木などはありません。


イメージ 2



自分で確かめたわけではありませんが、ネットの情報によれば、2008年にこの二代目「花之松」も枯れてしまったようです(http://www.yamato-river.net/report_article780.html)。
・・・・・悲しいものですね。

碑は植樹完成に際して建てられたものです。
その時の「翼賛会」および関係者一同の喜びはいかばかりであったでしょう。
碑文は、その事のみを伝えているわけではありません。
「後人」、つまり後世の碑文を読んだ人間に対して、「培養愛護」して「昔日」の雄姿を「現出」されたい事を希求しているのです。
もちろん、その後「培養愛護」はなされたでしょう。
しかし、石碑の前に松は見えないのであって、再度、枯れてしまった事を知るわけです。
石碑を読む事によって初めて、二代に渡って愛された在りし日の「花之松」に思いを致す事ができたのです。
そんな事を考えていると、やはり自然と仏法と交えてものを考えてしまいます。
諸行無常、変わらないものなどないわけで、いくら人が松を愛していたとしても、枯死する術を遁れる事はできません。
ここではそんな心を。


   とはにこそ願ひほりけめあはれかな
    いかにめづとも法(のり)にたがはぬ


また、別に次のようにも思います。
興福寺は、飛鳥時代の創建以来、幾たびの兵乱・火災を経て、特には明治維新期には廃寺の危機にも瀕しながら、千年以上経た現在でも法灯を伝えています。
現在、江戸時代に焼失してしまった中金堂の再建事業が進んでいますが、その費用は広く民間の支援をうけているようです。
興福寺の歴史を不死鳥のようだという人がいますが、正にそのとおりと思います。
この「花之松」についても、不死鳥の如く、在りし日の姿を見たいと思うのは私だけでしょうか。
そんな心を・・・・。


   ちとせ経てすたるも興(おこ)る寺のごと
    またも松とぞ思はぬや人


この記事を見られた方で、一人でもそんな心を持ってくれたらうれしいのですが。

随分長くなってしまいました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
おひさしぶりです。
本当に開店休業状態のわがブログです・・・。

季節はすっかり梅雨になってしましました。
六月ももう終わります。
来月からは七月。 いよいよ夏というわけです。
去年は在来線鈍行で遠出をしたわけですが、今年もどこか行きたいですね。
なお、最近本をたくさん購入しました。
新品の書籍を見ていると、猛暑の夏に田舎の在来線なんかにのりながら、読書をしてみたいという欲望にもかられ、ますます旅に出たいという気持ちは強まるばかりです。
特に神社仏閣ですね。

さて、今回は神社にて詠んだ歌を・・。
一首目は、奈良桜井の檜原神社という神社の、ちょっとかわった鳥居を。


  たぞなしし神のみわざか三輪鳥居
   いづくにみれどつゆ片輪なく


イメージ 1


イメージ 2


この鳥居は、三基の鳥居が合体したような形をしています。
見ていてうっとりするほど、本当にバランスの良い形状をしています。
まさに非のうちどころのない(=片輪なく)ように感じます。
文献を漁ったわけではないのですが、恐らく相当前からこの形状の鳥居はあるはずです。
いったいだれがこんな形を考えたのか、あるいは(そんなわけはないのですが)神がこんな鳥居を造りたもうたのだろうか、そんな事を考えながらを詠歌しました。
なお、東京大学本郷キャンパスの正門(赤門ではありません)は、明治〜昭和初期の著名な伊東忠太の設計によるものらしいですが、私は前々からこれが三輪鳥居を念頭において設計したのではないかと思っているのですが、いかがでしょう。

最後まで読んでいただきありがとうございます。
本当はもう少し長いブログを書きたいわけですが・・・・・、四月頃から仕事が忙しくなってなかなかそうもいかなくなっています。
今度もいつ更新するかわかりませんが、またよろしくお願いいたします。

久方ぶり

こんにちは。
ご無沙汰しております。
ここ2,3ヶ月、公私に忙しく心の余裕がありませんでした。
不思議なものというか、当然というか、精神的な余裕がない時には、なかなか歌を読む事ができないのですね。
ようやく最近になって落ち着いてきた所です。
と同時に思っていた事が歌として出てきました。

その日は土曜日だったのですが、ひどい雨だったのです。
しかし、次の日快晴という予報だったので、


  夕さりて大雨止みぬあす晴れば
   奈良の春ひの山し行き見む


果たして翌日奈良を満喫してきました。
そして、一ヶ月近く歌が詠めなかった事を、


  心憂く月は経ぬれどやくやくに
   心澄めばや歌は詠まるる


歌が詠めるか詠めないかは、心の健康のバロメーターなのでは?と思った次第です。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

西大寺光明真言会

前回東大寺の法会の記事を書きましたので、今回は短いですが西大寺について書きたいと思います。

もう随分前になりますが、去年の秋の頃、奈良は西大寺の光明真言会という法会にたまたま参加する機会を得ました。
始まったのは、まだ日も暮れていない5時頃だったと記憶していますが、法会がひと段落した頃には、夜の9時前。
本堂を出て、その時の趣きを次の歌に詠みました。


  君もがも西のおほ寺木の間より
   もりくる月影萩になく虫
    〇君もがも あなたもいてくれたらなぁ。
    〇西のおほ寺 西大寺の事。
    〇もりくる (きのまから)漏れひかる。


ご覧頂きありがとう御座いました。

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三島
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