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「1・17希望の灯(あか)り」
【1・17希望の灯り 碑文】
1995年1月17日午前5時46分 阪神淡路大震災 震災が奪ったもの 命 仕事 団欒 町並み 思い出 …たった1秒先が予知できない人間の限界… 震災が残してくれたもの やさしさ 思いやり 絆 仲間 この灯りは 奪われた すべてのいのちと 生き残った わたしたちの思いを むすびつなぐ 1995年、1月17日午前5時46分。
「阪神、淡路大震災」。 筆者が誇りとした美しい港町・神戸は、一瞬にして崩壊し、そして、多くの尊い人命が失われた・・・。 その震災から、17年が経つ。 神戸の町は完全に復興した。だが、人々の命は返らない。 その御霊を祀るため、各地に慰霊碑が建立されています。 「震災モニュメントマップ」には、震災関連のモニュメントの位置が、細かく記されています。 学校ごとや自治会・地域など、様々な形で建立されたモニュメント、掲載数158。 阪神大震災の犠牲者の慰霊と復興を願い神戸市中央区の公園「東遊園地」でともされているガス灯「1・17希望の灯(あか)り」の分灯が10日に始まりました。
1月17日午前5時46分。各地の追悼行事などで灯されています。
「希望の灯り」は震災から5年を迎えた平成12年に建立され、全国から種火を集めて火をともした。昨年12月には、東日本大震災で被災した岩手県陸前高田市に建立された「3・11希望の灯り」にも分灯されています。
東日本を襲った大震災の発生から10ヶ月が過ぎました。
国難ともいえる大災害となってしまいました。
自衛隊、各国の救助隊はじめ、関係者一同の皆様の懸命の努力は記憶に新しいです。
しかし、阪神淡路の震災よりも被害が甚大であり、被災された同胞の方々の苦難を思う時、胸がしめつけられる思いです。
私の兄一家が、阪神・淡路大震災で被災いたしましたが、当時も安否の確認がなかなかとれなかったことを記憶しており、建設業を営んでいる関係から、被災地「神戸」の復旧にも従事させていただきました。
筆者の誕生日は1月17日震災の日です。多くの犠牲者の命日にあたる日として震災以来誕生日を祝うことはせず、犠牲者の冥福を祈ることにしています。 多くの尊い人命の犠牲をはらいながらも、神戸は復興を成し得ました。
今も尚、こころに傷を背負いながらも、懸命に生きておられます。
阪神・淡路大震災で被災された方々に、生きる希望、前向きに生きる力を与えていただいたのは、政治家でも、宗教でもありません。
畏くも天皇陛下、皇后陛下はじめ皇族の方々なのです。
我々の祖先は、太古の昔より、天皇陛下の下、幾多の国難を乗り越えてきました。
戦後の復興も、先帝陛下の全国ご巡幸により、臣民に生きる希望、心の拠り所を与えていただいたお陰です。
我々兵庫県民は、まだ危険な状況にある被災地に入られ、被災者を励まされた天皇陛下、皇后陛下の大きなご慈愛を忘れていません。
東日本大震災で被災された、被災者の皆様、いつでも天皇陛下、皇后陛下はそばにおられます。
一日も早く、こころの復興をされんことを、願ってやみません。
頑張ろう兵庫、頑張ろう神戸の象徴ともなった曲です。 最後に、阪神淡路、東日本大震災はじめ、多くの災害で犠牲となられた御霊の安らかなることをお祈りします。
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転載してくださり感謝を申しあげます。
☆
2012/1/19(木) 午後 8:48
美智子妃殿下の水仙の花に思わず涙が出ましたわ〜
本当に素晴らしい皇后陛下様ですね。
日本の誇りです。
是非転写させて頂きますね。
感謝。
2012/1/27(金) 午後 7:42 [ - ]
亡くなられた皆様の永久の癒しとお恵みをお祈り致します。
2012/1/27(金) 午後 7:43 [ - ]