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さてさて、夫が私が寝ている間に岩国をあらかた紹介してくれたので、
城内のものを紹介したいと思います。
懐剣
大太刀
具足
角盥 (つのだらい:今の洗面器)
琵琶と撥
鉄扇
多くの昔使われたような品々が展示されていました。
貴重な品々を展示してくれた所蔵者様に感謝。
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かねて食べたいと思った岩国寿司を堪能する事に。
お店も雰囲気いい立派なお店です。
全体写真
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年を明けて別に行く先も決めていなかったのですが、
おいしそうな岩国寿司を見つけて
行く事に。岩国はもう山口県でとても寒かったので甘酒が身に染みました。
まず観たかった橋。これは全て木造です。
店内からの撮影名所『錦帯橋(きんたいばし)』です。
冷たい風が吹き上げて寒い事この上ないのですが、
見る価値は大きくお正月と言う事でたくさんの人が行きかっていました。
また、橋を渡ると神社が二つあり、吉川家の城とした『岩国城』が見えます。
ちなみにここで夫婦となり初めて外で手を繋ぎました。
散々母親に冷やかされましたが、妻の手は温かく「?」と思ってたら
ホッカイロ、手にしていたんですね。
こういうところ、しっかり者です。
そして女性軍の悲鳴を聞きながら岩国しか生息していないと言う
『白蛇』を観覧に。昔岡山や山口地方では白蛇は神の使いとされていました。
ただ、この白蛇はどうしてこうなったか、まだ研究中のようです。
ロープーウェイで山頂に上ると見えてきました。吉川家の居城。
「岩国城」です。
詳しくはこちら
岩国は山口県なので、毛利元就ゆかりの場所が多いようです。
ただこの周辺は
レンタカーの方が色々見れるかもしれません。
岩国城から見える景色は橋も綺麗に見えます。
のんびりと景色を見るにはお薦めです。
明日は城内などをUPしたいと想います。
妻が寝ているので、代わりに書かせて頂きました。
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皇居・宮殿で10日、天皇、皇后両陛下が学問の権威者から
説明をお聴きになる「講書始の儀」が行われ、皇太子さま、秋篠宮ご夫妻、
常陸宮ご夫妻、寛仁親王殿下の長女の彬子さま、高円宮妃久子さま、
長女の承子さま、次女の典子さまが列席された。
明治2年に原形となる儀式が始まったとされ、
昭和28年からは現在のように
人文科学・社会科学・自然科学の3つの分野から
説明が行われるようになったという。
2日後の12日には「歌会始の儀」が宮殿で行われた。
開催される日付は毎年異なるものの、新年に行われる一連の宮中行事は、
歌会始の終了でようやく一段落つくといわれている。
昨年成年を迎えた秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまについては、
今年初めて出席される新年行事が相次いだ。
歌会始には出席しなかったが、歌会始の場でお歌を初めて披露された。
そのお歌は
「人々の想ひ託されし遷宮の大木(たいぼく)岸にたどり着きけり」。
20歳となった翌月の昨年11月に伊勢神宮を参拝した際、
5年前に見た「御木曳(おきひき)」の川曳の光景を思い出し、
20年に1度お宮を建て替える、
式年遷宮に対する多くの人々の気持ちに思いをはせられたという。
御木曳は遷宮に伴って必要となるヒノキの用材を内宮、外宮まで
運ぶ行事で、内宮用の用材については五十鈴川をソリでさかのぼるため
川曳と呼ばれる。
眞子さまは秋篠宮さまと一緒に平成18年7月にご覧になったという。
写真:秋篠宮眞子内親王殿下
一般からの入選歌の倍率は1883倍。
終了後、入選者10人による記者会見では、
「夢だった」「光栄」などと感激する声が続出した。
最年長の茨城大名誉教授、寺門龍一さん(81)によると、
陛下は「いわきはどういう状況でしたか」と寺門さんに尋ねられた。
かつて校長として勤めていた福島工業高専の卒業生が津波で殉職したため、「心を痛めている」と話すと、
皇后さまは「本当にお辛いことでしたね」と話されたという。
また、海外から唯一の入選となった、
カンボジアで活動するNGO「日本地雷処理を支援する会」の
渡辺栄樹さん(65)に対し、
皇后さまは「雨期になると地雷がたいへんじゃないですか」と
尋ねられたという。
渡辺さんは、現地では円形の地雷が雨によって別の場所に流れ、
子供が遊んで事故が起こっていることを明かし、
「皇后さまが、対人地雷の特性までご存じだったのでびっくりしました」
と述べた。活動に対しては「頑張ってください」との励ましを受けたという。
昭和天皇の命日にあたる7日、皇居・宮中三殿の皇霊殿で、
昭和天皇祭皇霊殿の儀が行われ、両陛下、皇太子さま、眞子さま、
常陸宮ご夫妻、彬子さま、高円宮妃久子さまが拝礼された。
午後の御神楽の儀には、陛下と皇太子さまが拝礼された。
秋篠宮ご夫妻は武蔵野陵(東京都八王子市)で行われた昭和天皇祭山陵に
奉幣の儀に臨まれた。
各宮家は今週もさまざまな公務を果たされた。
秋篠宮ご夫妻は11日、宮邸で、
国立特別支援教育総合研究所理事長から進講を受けられた。
13日には、宮邸で、外務省国際法局長から進講を受けられた。
秋篠宮さまは11日、宮邸で、日本動物園水族館協会会長らと懇談された。
13日には都市センターホテル(東京都千代田区)で、
生き物文化誌学会理事会、評議員会、賛助会員の集いに臨まれた。
高円宮妃久子さまは8日、第一生命ホール(東京都中央区)で、
高円宮殿下メモリアル第12回日本マスターズオーケストラキャンプに
臨席された。
9日、国立霞ヶ丘競技場(東京都新宿区)で、
第90回全国高等学校サッカー選手権大会の決勝戦を観戦された。
11日、帝国ホテル(東京都千代田区)で、
2012年日加協会新年会に臨まれた。
今回は御具合の悪い宮様方が多く心配致しております。
皆様、ご平癒をお祈り下さい。
宮内庁の小町恭士東宮大夫は13日の定例会見で、
皇太子妃雅子さまが体調を崩され、
10日に感染性の胃腸炎と診断されたことを明らかにした。
感染経路は不明で、ウイルスが原因の可能性が高く、
ノロウイルスの疑いもあるとしている。
胃腸の不調や、37度台の発熱などの症状があったが、
すでにほぼ回復し、食欲も戻られてきている。
一時は辛そうなご様子だったという。
しかし、皇太子ご夫妻の長女、敬宮愛子さまは10日、
学習院初等科の始業式を迎えられた。
通学に対する不安は改善し、
昨年末は雅子さまのお付き添いなしで通学する頻度が高くなっていたが、
この日もお一人で登下校し、式典にも出席されたという。
寛仁さまは10日、あごに見つかった腫瘍の治療のため、
入院先の佐々木研究所付属杏雲堂病院(東京都千代田区)で
手術を受けられた。
執刀医の海老原敏院長は翌11日に宮内庁で記者会見を開き、
腫瘍について「がんの再発とみるのが普通」と説明した。
海老原院長によると、寛仁さまの下咽頭を中心に
中咽頭や口腔(こうくう)にがんが広がり、
中咽頭と口腔の右半分を切除して欠損部を腹部の皮下脂肪で再建した。
転移を防ぐため首の両側のリンパ節も一部切除。術後の経過は順調だが、
傷の回復に2、3週間かかり、ご退院の時期は未定という。
手術は約10時間に及び、医師だけでも、麻酔医2人、
形成外科医2人を含む計8人がチームを組んだ。
手術の手法によっては、あごの骨を切り取ることも検討されたが、幸い、
あごを残したまま患部を切除できたとしている。
寛仁さまの顔の表情に影響はなく、飲み込んだり、
話したりされる機能も保たれた。
回復すれば、公務に臨まれることも可能だという。
寛仁さまががんに関連した手術や治療を受けられるのは15回目となったが、海老原院長は、今後同じ場所にがんが再発した場合、
さらなる手術は難しいという見解も示した。
こんなにお体の悪い寛仁親王殿下がまだ公務や私たちに
お心を寄せられる事は本当に有難い事です。
平癒を祈りましょう。
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