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じゃ〜ん!検査結果が出たのでご報告。
足を司る所に腫瘍がある為、早期に取り除いた方がいいということでした。
このままだと、他の部位にも影響が出たり大動脈を起こす可能性があるのです。
来週の月曜日、午前9時から『オペ決定!』となりました。
少し髪の毛をそるので円形脱毛症みたくなるかもしれませんが、それは
ご愛嬌と言う事で。髪の毛は生えてきますから★
先生たちもそんな心配しないで信じてねと仰ってます。
麻酔は全身麻酔で行われます。
今から手術室で聞いていい音楽考えておきます♪
麻酔科の先生2名、執刀医、その他医師、看護師さんたちが
サポートしてくれます。
その期待にこたえなきゃいけませんねっ★
頑張ってきますね〜★
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2011年06月17日
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<障害者虐待防止法成立>発見者に通報義務づけ
議員立法による「障害者虐待防止法」が17日午前、
参院本会議で全会一致で可決・成立した。
家庭や施設、勤務先で虐待を発見した人に通報を義務づけ、
自治体などに調査や保護を求める内容。
埋もれやすい被害の発見と救済に乗り出す法的根拠となる。
同法は虐待の定義を身体的虐待▽性的虐待▽ 心理的虐待▽放置▽経済的虐待−−の五つに分類。
「家庭内」の親など養護者、「施設内」の職員、
「職場」の上司など使用者による虐待を通報対象とした。
通報者は守秘義務違反に問われないと規定。
通報を受けた自治体は安全確認や保護、施設や会社への指導や処分、
後見人を付けるための家庭裁判所への審判請求などを行う。
家庭内の虐待の通報先は市町村で、 被害者の生命や身体に重大な危険が生じる恐れがある場合、
市町村職員は家族の許可がなくても自宅へ立ち入り調査できる。
施設については通報先の市町村から報告を受けた
都道府県が監督権限に基づき調査し指導、虐待の状況や対応を公表する。
職場での虐待は通報先を市町村か都道府県とし、
報告を受けた労働局が調査・指導にあたり実態などを公表する。
対応窓口として全自治体に、家族の相談や支援にあたる 「市町村虐待防止センター」と、
関係機関の調整も行う「都道府県権利擁護センター」を置く。
国と自治体は虐待を受けた障害者の自立を支援するほか、
市町村は専門的な知識や経験を持つ職員の確保に努める。
学校や病院での虐待は通報の対象外。
付則で3年後をめどに見直しを図る。施行は12年10月1日。
やっと障害者に向かい光が一筋、見えました。
もっと早く対策をして欲しかったですね。
ただ、なぜ学校と病院は対象外なのかわかりません。
障害者に対する虐待はどこでも起こりうるものですから。
悲しい現実ですが法を作らないと収まらないという事でしょう…
誰にでも優しい社会になりますように。
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『紫陽花子守唄』
紫陽花が雨に濡れて 少し可哀想です
紫陽花が雨に光って 少し可愛げです
あの頃の私もあんな紫陽花みたいで 紅をつけるだけで
心まで染まった気がしました
三つ編みをほどいて髪をすけば いつも咲いてる紫陽花の花
雨に濡れて…
紫陽花の小道を誰かと歩く日が来るのかしら…と
想い 描きました
紫陽花の頃はいつもいつも 私が子供のようで
けど 急に乙女に変わるそんな不思議な時でした
だから紫陽花の花言葉は『七変化』というのかと想ったりしたものです
乙女になって紫陽花の花言葉のように移り気にあれもこれも
欲しいと店先で想うものでした
そんな私が一番嬉しかったのは貴方からの簪(かんざし)
紫陽花の簪でした…
紫陽花はこんなに優しいのになぜ冷たい人という花言葉があるのでしょう
髪にさしたあの心地良さ 今でも覚えています
そろそろ雨も紫陽花が冷たいだろうと止めばいいものを…
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薄らいであはれ心見向かずと 心を留め置く帯はあらんと
詠:花橘
意味
薄くなっていく人の心をこれ以上薄くしない為に絞める帯はないものでしょうか。
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<東日本大震災>
知的障害者、相次ぐ急死…避難先で発作など
東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で避難した高齢者らが
慣れない避難先で死亡する「災害関連死」が問題化する中、
原発周辺の入所施設から避難した知的障害者の死亡が相次いでいる。
毎日新聞の調べでは少なくとも11〜67歳の男女4人が死亡し、
中には津波で夫が行方不明となった妻が
知的障害者の長男を災害関連死で失うケースもあった。
専門家は「知的障害者は苦痛を伝えにくい上、多くは持病などを抱え、
長時間の移動や環境の変化が致命的影響を与える場合もある」
と警鐘を鳴らす。【野倉恵】
◇苦痛伝えにくく 原発から約5キロの福島県富岡町の知的障害児施設 「東洋学園」に入所していた小野卓司さん(当時23歳)は
震災翌日の3月12日、入所者ら計約200人と同県川内村の系列施設へ
避難し、避難指示範囲の拡大に伴い夜に村内の小学校へ移動。
周辺住民と一緒の慣れない環境からか落ち着かない入所者が相次ぎ、
13日に同県田村市の通所施設(定員40人)に移った。
28日夜、持病のてんかんの発作が起き、服薬で収まったが、
間もなくあおむけのまま動かなくなり、29日正午過ぎ、救急搬送先で死亡。
逆流した食物でのどを詰まらせたとみられる。
「本当に(頭の中が)真っ白になりました。3週間で2人が……」。 同県新地町に住む母みね子さん(55)は嘆く。
漁師の夫常吉さん(56)も震災当日に
海へ漁船を見に行ったまま戻ってこない。
卓司さんは幼いころ呼びかけても振り向かなかった。 障害が判明した時、夫婦は「一緒に育てよう」と励まし合ったが、
卓司さんは外に飛び出しては家に戻れなくなった。
小学校に上がる時、東洋学園に入所。障害は重く、
成人後も着替えや入浴に介助が必要だったが、
みね子さんは学園行事に必ず出かけ、
盆や正月の帰省時は常吉さんが車で連れ出した。
車中や母の手料理の並ぶ食卓で卓司さんはいつも笑顔だった。
「ずっと続くと思っていた」日々は震災で一変した。 「でも、私は2人に守られた気がするんです」とみね子さん。
多くの家が津波で流された中、自宅は無事だった。
今、卓司さんと一緒に施設にいたやはり障害者の次男(22)が気がかりだ。「いつもお兄ちゃんが近くにいた。
今あの子はぽつんとしているのじゃないかと」
東洋学園では他に千葉県鴨川市の青年の家に 集団で再避難した20日後の4月27日、
小学6年の久保田菜々さん(当時11歳)が授業中に
施設前の海でおぼれて死亡している。
■ 福島県相馬市の障害者支援施設「ふきのとう苑」では大内恵美子さん (当時54歳)が急性循環不全で急死した。
原発事故で協力病院の医師らが避難したため3月23日、
他の入所者と群馬県渋川市の施設へ6時間かけて車で移動。
30日午前7時過ぎ、受け入れ先の職員がたん吸引した際は異常なかったが、同8時ごろ朝食を運ぶと動かなくなっていた。
「何で、と最初は思いました」と、福島県飯舘村の姉美恵子さん(62)。 恵美子さんは長年同村の実家で暮らし、
美恵子さんの3人の娘も「えみちゃん」と慕った。
歌や踊りが好きで、村の盆踊りで3年連続で仮装の賞をとったこともある。
40代になるとてんかんの発作が頻繁になった。 両親が相次ぎ亡くなり、風呂場やトイレでも倒れて目が離せなくなり
施設に入所。骨折で車椅子に乗り、声も十分出なくなったが、
美恵子さんが週1度訪ねる度に笑いかけてきた。
「恵美子は今は、両親のところへ行ってゆっくりしているのだと思いたい」
と美恵子さんは言う。
他にも富岡町の知的障害者施設「光洋愛成園」の 67歳男性が3月12日に福島県三春町の避難所に移動、
4月15日に群馬県高崎市の国立障害者施設に入り、
5月5日に高熱のため病院に入院して6日未明、肺炎のため亡くなった。
厚生労働省は障害者施設利用者の災害関連死を「把握していない」としている。
私が以前知的障害者の施設にボランティアしてた時
『判で押したしょうな日々が大切』
『環境が変わると体調の変化が起きやすい』と言われました。
環境に慣れるにはゆっくり、ゆっくり焦らず…
でも今回はそうは行きません。環境に慣れない、知っている人がいない
などの不安感から起きる発作。
何とかしてあげたいですね。
厚生省も呑気なこと言ってないで、きちんと調査して把握して欲しいです!
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