花徒然

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それぞれの100日

今日であの日から100日目。
被災された方々にとって、この100日はどんな100日だったのでしょう。
きっと辛く悲しい100日だったのでしょうね。
亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
 
どんなに辛くても生かされているご自分のためにも、亡くなった方のためにも、前を向いて生きて行かれることを切に願います。
 
それぞれの「百か日」
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鈴木実穂さんが行方不明の長女、巴那ちゃんに宛てた手紙
 
 18日で「百(ひゃっ)か日(にち)」を迎えた東日本大震災。
 亡くなってから100日目で、悲しみから脱却する意味もあるが、心の整理には短すぎる時間だ。
 「前を向きたい」と家族を失った絶望から立ち上がろうとする職人、「時間は止まったまま」と行方不明の子供を捜し続ける親。
 時間だけでは解決しない複雑な思いが交錯する。

■再開決意する職人
  「親から受け継いだ生き方を続けることが、一番の供養じゃないか。」
 身内4人が行方不明の岩手県大槌町の麺職人、柏崎信雄さん(61)は百か日を前に、家業である「柏崎製麺所」の再開を決意した。
 製麺所は母親のチヨさん(102)が約60年前に創業。兄の貞男さん(67)と兄嫁のフサ子さん(64)、姉の恵子さん(63)の家族経営で、柏崎さんも中学を卒業してすぐ麺職人になった。
 津波で母と兄夫婦、兄の孫、はるかちゃん(6)、姉の5人が行方不明に。
  「どこにいるんだかな。なんぼ苦しんで死んでったんだべなあ。」
 改修工事を済ませた自宅で、涙があふれる。仕事一筋の家族で、旅行にも行ったことがない。製麺所でのけんかや世間話、ささやかな日常のひとこまが、かけがえのない思い出だった。
 「いつまでもこうしてはいられない」と焦る気持ちはあったが、現実を受け止めきれない。
  「麺、おいしかったよ。またやってみたら。」
声がかかっても、踏み出すのは難しかった。
 そんな矢先、警察からDNA型鑑定が届いた。身元不明遺体から貞男さんが見つかったのだ。
  「助けに行けなくて、見つけてあげられなくて、ごめん。」
 骨つぼを抱いて泣いた。前に踏み出せずにいる背中を、兄に押されたようにも思えた。
  「百か日で、前を向きたい。もちろん、残り4人も見つけるまで捜すけれ    ど。」
 新しい製麺所は、自宅前の倉庫を改修、増築して使う予定だ。
 「許されるなら、あの頃に戻りたい。」という言葉は心にしまい、こう誓った。   「どこまでやれるか分からないけど、見守っていて。」

■今も子供捜す家族
 被災地には今もわが子を捜し続ける親の姿もある。
 児童108人のうち68人が死亡、6人が行方不明になっている宮城県石巻市立大川小学校。17日も東松島市の主婦、鈴木実穂さん(43)は足を運び、慰霊碑に手紙を置いてきた。

  「巴那(はな)とお兄ちゃんがいなくなって明日で100日たつんだね。毎日   毎晩みんなで泣いてます。2人に会いたくて会いたくて。」

 この日で4通目。長男の小学6年、堅登(けんと)君(12)を亡くし、行方不明の4年の長女、巴那ちゃん(9)を母親の京子さん(72)と毎日捜し続けている。
 4月28日から子供は見つかっていない。仕事が始まったりして、当初数十人いた親は10人に満たなくなった。「もう学校周辺では見つからないかも」とも思うが、「見つかったときに、誰かが迎えてやらないとかわいそう。きっと見つかる。」との一念で通う。
 100日目となる18日は、石巻市で同小の慰霊祭が開かれる。だが、「巴那が見つからないうちは時間は止まったまま。」。雪で凍えた震災当時と比べ、気温が上がり、子供の服装が替わった。

  「うちも明日、夏用の服と靴を供えます。巴那が見つかったら、着せてあげ  ようと思って。」
 捜索後、鈴木さんは衣料品店に向かった。巴那ちゃんへの手紙はこう結んである。

  「巴那も見つけてもらうまでがんばってね。きっときっと会えるから。待って   てね。待っててね お父さん、お母さん」
発生から100日
釜石で身元不明者合同葬
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身元不明者の合同法要を終え、骨箱に向かい手を合わせる参列者
 
 東日本大震災の発生から18日で100日目となるのを前に、岩手県釜石市大只越(おおただごえ)町の石応禅寺(せきおうぜんじ)で17日、「身元不明者合同葬」(釜石仏教会主催)が営まれた。行方不明者の家族ら約300人が参列し、冥福を祈った。
 釜石市では16日現在、866人の遺体が見つかったが、うち132人は身元が分かっていない。野田武則市長は引き取り手のない遺骨箱を前に「市としても遺骨が一日も早く遺族の元に戻るよう努力していく。」と弔辞を述べた。
 大槌町の避難所で過ごす小国育子さん(58)は、釜石市内に住む親戚が行方不明。
  「黒く迫ってくる津波を思い出すと夜も眠れない。」
 同市野田町の仮設住宅に身を寄せる岩鼻冨久左エ門さん(78)は兄が行方不明という。
  「100日を一区切りにして最後のお別れに来た。」
と話した。

転載元転載元: 日々燦々 − はぁ〜、のんびり のんびり -

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