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今日8月14日はマキシミリ・マリア・コルベ神父の祝日です。
コルベ神父は幼い頃から信仰心が強く、母親が心配するほどでした。
いつものように教会でお祈りしていると、
聖母の出現を受けます。
『白い冠と赤い冠、どちらが欲しいですか?』と聖母に尋ねられ迷うことなく
『マリア様、両方欲しいです。』と言うと聖母は微笑んで
『ではこの二つの冠をあげましょう。白の冠は純潔・赤の冠は殉教』
そして聖母を心から敬愛して、司祭になりました。
コルベ神父は長崎に来て『聖母の騎士』<http://www.seibonokishi-sha.or.jp/>を設立。
より多くの人にキリストの愛、聖母の偉大さを知ってもらおうと
聖母の騎士社から、たくさんの出版物を出しました。
しかし、太平洋戦争、ポーランドにいたコルベ神父はナチスドイツに
逮捕され(逮捕理由は司祭職であったこと・ポーランド人であったこと)
アウシュビッツ収容所に行きます。
その絶望の中で『私たちは天国の階段近くに行くのです。その前の
勤めとして布教場所を神は与えて下さいました。』
といい、みんなを励ました。
過酷な労働の中で一人の人が脱走しました。
連帯責任で10人が餓死刑になりました。
その時独りの男性は狂ったように嘆きました。
『許して下さい、私には妻も子供もいるのです。』そして
コルベ神父は『私がその人の代わりになりましょう。』と自ら進んで
餓死刑になりました。
餓死は文字通り水も食事も与えられません。
けれど餓死刑の地下室からはいつも聖歌と祈りの声が声高らかに
明るく聴こえます。
死んでいく人々をコルベ神父は愛と親切をもって看取り、
天国への希望と祈りを捧げました。
餓死刑が行われる地下室は聖堂と化しました。
これに業をにやしたナチスドイツはコルベ神父やまだ生きている人に
毒薬を打ちました。この時もコルベ神父は微笑んでいたそうです。
ナチスドイツはこの有様を見て、聞いて錯乱するものも出てきました。
そして8月14日未明、コルベ神父は純潔の冠と殉教の冠を手に抱き
天国へと旅立ちました。
折りしも次の日は『聖母被昇天』の祝日で後に、終戦記念日となります。
愛と親切を惜しみなくどんな場所でも発揮したコルベ神父。
その心を私たちもつないで生きましょう。
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2011年08月14日
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米国在住の元在沖米軍人男性(61)が、
1969年に55ガロン(約208リットル)容量のドラム缶
数十本に入った猛毒ダイオキシンを含む枯れ葉剤を
米軍が北谷町海沿いの返還地に埋めたと証言していることが、
13日分かった。在沖米軍基地の枯れ葉剤をめぐっては、
60〜70年代に県内の広範囲にわたる施設で散布、貯蔵、
運搬された影響で健康被害を受けたとして、
100人以上の元軍人らが退役軍人省に
因果関係の認定を求める申請をしていることが明らかになっているが、埋却に関する証言は初めて。
英字紙ジャパンタイムズが同日、68〜70年に 米陸軍補給部隊で物資の運搬に携わった元軍人が、
枯れ葉剤が北谷町内に埋められたと証言したと報じた。
70年に泡瀬通信施設で勤務した際に枯れ葉剤との接触で 健康被害を受けたと訴え、
沖縄の枯れ葉剤に関する情報を集めている
元米空軍所属のジョー・シパラ氏(61)
=米ノースカロライナ州=は13日、琉球新報の取材に、
今回証言した元米軍人と今年7月に面会し
「枯れ葉剤が埋められた場所はハンビー地域」だと
地図を描いて説明されたと話した。
シパラ氏が得た証言によると元米軍人は69年、 枯れ葉剤を含む物資を運ぶ米軍の貨物船が座礁した際に、
船上から積み荷を降ろす作業に従事した。
その際、枯れ葉剤が入ったオレンジのしま模様があるドラム缶も
取り扱い、その割れ目から漏れた枯れ葉剤を浴びたという。
その後、米軍が枯れ葉剤入りのドラム缶数十本を
北谷町内に掘った全長46メートルほどの大きな穴に
クレーンを使って埋め、土をかぶせたのを目撃したと話している。
北谷町幹部は81年のハンビー地域返還後に 土地を再開発した時点では、
地中からドラム缶は発見されなかったとしている。
2002年には付近にある同町美浜の米軍返還地で
油状の物質が入った大量のドラム缶が地中から発見されている。
枯葉剤の治療を受ける人々(主に子供)
こんな記事を見ますと、戦争はまだ終わっていないと言う事です。
少なくとも被害を受けた人々は。
自分の子供が枯葉剤の影響を受けたなら
嘆き悲しむでしょう…
もうやめましょう。一番の被害は
女・子供・年寄りなどなのです。
●枯葉剤
●枯葉作戦とは
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泣かないでばあば。
花、いいこにするよ。うさちゃんを貸してあげるから。
花はばあばのそばにいるから、泣かないで。
姥桜さんが戦争特集を見て、過去を思い出して、泣いてしまいました。
それを見て花ちゃんは驚きながら
どうしたら泣き止んでくれるのかと
必死でした。
『ねぇばあば。なかよししようね。けんかしないで。』
花ちゃんにはまだ戦争と言うのは解りません。
『大きな喧嘩』と言う認識くらいです。
でも でも仲良くして欲しい
『戦争(大きな喧嘩)は嫌だ。ばあばが泣くもの』
人が泣く、人が亡く、これが戦争。
いつか教えなくてはなりません。
それが生かして頂いた者の務めです。
『花はみんなに仲良くして欲しいの』
どんな言葉をおかけしていいか解りませんが…
平和な世界を目指して生きて生きます。
そして世代の子供たちに貴方達のことを伝えます。 必ず。
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優しさは惜しみなく広めるもの
愛は空っぽになるまで与えるもの
そうして与える喜びが泉となり心の益となります。
出し惜しみせず愛しましょう。
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夏の夜の風物詩「ペルセウス座流星群」が、
12日夜〜13日未明に、活動のピークを迎えた。
北海道千歳市の支笏湖畔では、夜半に空を横切る星が観測された。
ペルセウス座流星群は、 スイフト・タットル彗星(すいせい)のちりが地球の大気圏に飛び込み、
大気と摩擦を起こして光る。1月の「しぶんぎ座流星群」、
12月の「ふたご座流星群」とともに3大流星群と呼ばれる。
今年は満月に近い明るい月が邪魔になり観測には不向きだったが、 道内は高気圧に覆われて雲が少なく、夜空に多くの星が流れた。
月明かりが邪魔なんて何ていう贅沢。
素晴らしい星たちの天体ショー…この光が全ての人の希望となりますように。
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