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花橘は脳が正常な指令を長い間送らなかった為、
異常音つまり、爆走車両、急ブレーキ音、改造車両の高音、
暴走族の獏騒音などを少しでも耳にすると耳鳴りがして頭痛を起こします。
脳の中に上に上げた音などが記憶され認識されていないからです。
(認識しないほうがいいのですが)
『聞いた事も無い音だ』と脳は想い、混乱して頭痛を招きます。
貴方達もヘッドホンで爆走車両音やバイクの改造音などを聞かされたら
どうでしょうか?
走っている運転手や同乗者は気分がいいと思いますが
その『音』に苦しむ患者がいると言う事を知ってから道路を走行下さい。
家族からのお願いでした。 http://www.269rank.com/
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稲わらに続いて、腐葉土もです。
いかに放射能事故が起こったときの対応がなされていなかったかという証拠ですね。
これは今までの政府が放射能事故に対する危機管理マニュアルを細部にわたって作成していなかったかという証拠ですね。
こうなると完全に人災ですね。
情け無い政府ですね。
こんな状態じゃあ、保証も心配です。
議論しかしない国会議員の給料ストップしてでも、完全保証してほしいですね。
腐葉土「指導なく出荷続けた」
栃木の業者、対応遅れ拡散
腐葉土を使った商品が撤去された陳列棚
全国のホームセンターで販売された腐葉土から高濃度の放射性セシウムが相次ぎ検出されている。いずれも栃木県鹿沼市で製造され、福島第1原発から約100キロ離れた那須の別荘地の落ち葉も使われていた。腐葉土では暫定許容値の設定や業者への指導が行われておらず、汚染は動画サイトへの市民の投稿で発覚。稲わらに続きまたも対策の「盲点」が露呈した農林水産省は、汚染公表から8日後の2日、ようやく許容値を設定した。
動画は6月24日に「ユーチューブ」に投稿された。ホームセンター店頭にある腐葉土の袋の上に放射線測定器を置くと「ピピピ……」と検出音が鳴る。アクセス数は現時点で約10万回に上る。 投稿から約1カ月後の7月25日、秋田県は「コメリ」(本社・新潟市)の秋田市内の店舗で売られていた腐葉土から1キロ当たり1万1000ベクレルの放射性セシウムを検出したと発表。同27日には鳥取県が「カインズホーム」(同・群馬県高崎市)の鳥取市内の店で販売する商品で、同1万4800ベクレルの検出を明らかにした。二つの商品の製造業者は異なるが、いずれも鹿沼市にある。 園芸用の「鹿沼土」で有名な鹿沼市には、園芸用土や肥料のメーカー約60社が集まる。業者間では当初からユーチューブの動画が話題になっていた。ある業者は「震災後に集めた落ち葉がちょうど商品として出回るころで、戦々恐々だった。しかし行政からの指導もないので、出荷を続けた」と証言する。 問題発覚後に栃木県が県北部の落ち葉を調べたところ、検出されたセシウムは7万2000ベクレル。コメリに問題の商品を出荷していた肥料会社社長はこの値を知り「血の気が引いた」という。 「園芸業界に大打撃を与えてしまった。危ないと知っていたら、気をつけたの に。」
震災後に集めた落ち葉をその前の在庫と混ぜてしまい、製造をすべて中止した。
同社の依頼で落ち葉を集めていた同県大田原市の造園業者は「納めた葉っぱの代金がもらえず、従業員に給料を払えない。誰が補償してくれるのか。」と、やり場のない怒りを募らせる。業者は毎年秋ごろから翌年夏にかけて県北部の那須塩原市や那須町の別荘地を回り、許可を得た区画で落ち葉を収集。それを受け取った肥料会社が積み置き、6月になって外国産樹皮などと混ぜ、腐葉土として出荷したという。 全国のホームセンターなどで作る「日本DIY協会」(東京都千代田区)によると、腐葉土などの園芸用品はガーデニングや家庭菜園の流行により売上高が年々増え、今や主力商品の一つ。それだけに業界や消費者への影響も広がっている。 農水省は最初の汚染が発表された7月25日、東北から東海まで17都県で作られた腐葉土の使用、流通、生産の自粛を都道府県に通知した。これを受け、カインズホームは腐葉土や培養土など179商品を全国の店頭から撤去。秋野菜の育苗で需要が伸びる時期と重なり、業界からは「もっと早く安全性の基準を示してほしかった。」との声が上がる。 土壌の放射性セシウムは農作物に一部移行する。商品の回収を進めている店舗には消費者から「家庭菜園に使ってしまったが大丈夫か」との問い合わせもあるが、農水省農産安全管理課は「現時点で判明している濃度の腐葉土を使っても、農作物のセシウムが暫定規制値を超えるとは考えにくい。」としている。 |
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花橘の携帯が少し壊れたのは
『静岡行き迫る』の記事
で、お知らせしました。ハイ。症状は特定のファイルが開かない。
花橘真っ青(TT)何が入っているファイル化と申しますと
彼の声が入っているファイルだけが
どーしても開かない。
携帯電話会社に見てもらいますと、ファイルが破損されている可能性があり
初期化しないとどーにもならない。
それを本人に言うと涙声で『わかりましたぁ…』
そしてフォーマットかけてもらったらあっという間に開くじゃありませんか!
今日は泣かして起きましょうと想ったその瞬間ファイルの確認をしていたら
『ダーリンの声♪保存版』と言うファイル発見!!!
電話で聴くと『そうそれ!』とのこと。
ちょっと聞いて見ました(^m^)
『ただいま』 『iloveyou…hanatatibana』などなど熱くて聴いてる方が
体内温度MAXに行くと言う音声ファイル。
確かにこれ消えたら泣くわ…
『俺はお前だけだから、お前も俺だけにしろ』
と言う台詞が茶々的に一番ツボでした♪
今度うちの旦那に言わせて見ますわ♪ http://www.269rank.com/
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「戦争は人間のしわざです。 戦争は人間の生命の破壊です。 戦争は死です。」 戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。この広島の町、この平和記念堂ほど強烈に、この真理を世界に訴えている場所はほかにありません。 もはや切っても切れない対をなしている2つの町、日本の2つの町、広島と長崎は、「人間は信じられないほどの破壊ができる」ということの証として、存在する悲運を担った、世界に類のない町です。 この2つの町は、「戦争こそ、平和な世界をつくろうとする人間の努力を、いっさい無にする」と、将来の世代に向かって警告しつづける、現代にまたとない町として、永久にその名をとどめることでしょう。 広島市長をはじめ、ここに集まられた友人の皆さん、私の声に耳を傾けているすべてのかたがた、私のメッセージが届くすべてのかたがたに申します。 1.本日、わたしは深い気持ちに駆られ、「平和の巡礼者」として、この地にまいり、非常な感動を覚えています。わたしがこの広島平和記念公園への訪問を希望したのは、過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことだ、という強い確信を持っているからです。 この地上のありとあらゆるところに、戦争のもたらした惨事と苦しみのゆえに、その名の知られている場所が数多く、あまりにも数多く、存在しています。それは、人類の犯した悲しむべき行為だといわねばなりません。戦勝記念碑−− それは一方の側の勝利の碑であると同時に、数多くの人々の苦しみと死を物語るものです。国のために命を落とした人々、崇高な目的に命をささげた人々が横たわる墓地があります。同時に、戦争のもたらす破壊の嵐の中で命を失った、罪のない一般の人々が横たわる墓地もあります。強制収容所や死体処理場の跡−− そこでは、人間と侵すべからざる人権とがいやしめられ、野卑と残酷とが最も強く表されたところでした。戦場−− そこでは、自然が慈悲深く地上の傷をいやしていますが、人間の憎悪と敵意の歴史を消し去ることはできません。こうした数多くの場所や記念碑の中でも、特に広島、長崎は、核戦争の最初の被災地として、その名を知られています。 あの陰惨な一瞬に生命を奪われた、数多くの男女や子供たちのことを考えるとき、私は頭をたれざるをえません。また、身体と精神とに死の種を宿しながら、長い間生き延び、ついに破滅へと向った人々のことを思うときにも、同様の気持ちに打たれるのであります。この地で始まった人間の苦しみは、まだ終わっていません。人間として失ったものが、全部数え尽くされたわけではありません。人間の考えやものの見方、ないし人間の文明に対して、核戦争がもたらした実害を目のあたりにし、将来の危険性を考えるとき、特にそうした想いに駆られるのであります。 2.過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことです。広島市の皆さんは、最初の原子爆弾投下の記念碑を、賢明にも平和の記念碑とされました。わたしは、この英断に敬意を表し、その考えに賛同します。平和記念碑を造ることにより、広島市と日本国民は、「自分たちは平和な世界を希求し、人間は戦争もできるが、平和を打ち立てることもできるのだ」という信念を力強く表明しました。この広島でのできごとの中から、「戦争に反対する新たな世界的な意識」が生まれました。そして平和への努力へ向けて新たな決意がなされました。 核戦争の恐怖と、その陰惨な結末については、考えたくないという人がいます。当地でのできごとを体験しつつも、よく生きてこられた人々の中にさえ、そう考える人がいます。また、国家が武器を取って戦い合うということを、実際に経験したことのない人々の中には、核戦争は起こりえないと考えたがる人もいます。さらに、核兵器は力の均衡を保ち、恐怖の均衡を保つため、いたし方のないものだとする人もいます。しかし、戦争と核兵器の脅威にさらされながら、それを防ぐための、各国家の果たすべき役割、個々人の役割を考えないですますことは許されません。 3.過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことです。1945年8月6日のことをここで語るのは、われわれがいだく「現代の課題」の意味を、よりよく理解したいからです。あの悲劇の日以来、世界の核兵器はますますふえ、破壊力をも増大しています。 核兵器は依然として製造され、実験され、配備されつづけています。全面的な核戦争の結果がいかなるものであるか、想像だにできませんが、核兵器のごく一部だけが使われたとしても、戦争は悲惨なものとなり、その結果、人類の滅亡が現実のものとなることが考えられます。わたしが国連総会で述べたことを、ここに再び繰り返します。「各国で、数多くのより強力で進歩した兵器が造られ、戦争へ向けての準備が絶え間なく進められています。それは、戦争の準備をしたいという意欲があるということであり、準備がととのうということは戦争開始が可能だということを意味し、さらにそれは、あるとき、どこかで、なんらかの形で、だれかが世界破壊の恐るべきメカニズムを発動させるという危険を冒すということです。」 4.過去をふり返ることは、将来に対する責任を担うことです。広島を考えることは、核戦争を拒否することです。広島を考えることは、平和に対しての責任をとることです。この町の人々の苦しみを思い返すことは、人間への信頼の回復、人間の善の行為の能力、人間の正義に関する自由な選択、廃虚を新たな出発点に転換する人間の決意を信じることにつながります。戦争という人間がつくり出す災害の前で、「戦争は不可避なものでも必然でもない」ということをわれわれはみずからに言い聞かせ、繰り返し考えてゆかねばなりません。人類は、自己破壊という運命のもとにあるものではありません。イデオロギー、国家目的の差や、求めるもののくい違いは、戦争や暴力行為のほかの手段をもって解決されねばなりません。人類は、紛争や対立を平和的手段で解決するにふさわしい存在です。文化、社会、経済、政治の面で、さまざまな発展段階にある諸国は、多種多様の問題をかかえており、そのために、国家間の緊張や対立が生じています。こうした問題は、国家間の正当な協定や、国際機関のよって立つ、平等と正義という倫理原理に添って、解決されねばなりません。それは、人類にとって肝要なことです。国内秩序を守るために法が制定されるように、世界の国々には、国際関係を円滑にし、平和を維持するための法制度が作り上げられなくてはなりません。 5.この地上の生命を尊ぶ者は、政府や、経済・社会の指導者たちが下す各種の決定が、自己の利益という狭い観点からではなく、「平和のために何が必要かが考慮してなされる」よう、要請しなくてはなりません。目標は、常に平和でなければなりません。すべてをさしおいて、平和が追求され、平和が保持されねばなりません。過去の過ち、暴力と破壊とに満ちた過去の過ちを、繰り返してはなりません。険しく困難ではありますが、平和への道を歩もうではありませんか。その道こそが、人間の尊厳を尊厳たらしめるものであり、人間の運命を全うさせるものであります。平和への道のみが、平等、正義、隣人愛を遠くの夢ではなく、現実のものとする道なのです。 6.35年前、ちょうどこの場所で、数多くの人々の生命が、一瞬のうちに奪い去られました。そこで、わたしはこの地で、「人間性のため、全世界に向けて生命のためのアピール」を、人類の将来のためのアピールを、出したいと考えます。 各国の元首、政府首脳、政治・経済上の指導者に次のように申します。 正義のもとでの平和を誓おうではありませんか。 今、この時点で、紛争解決の手段としての戦争は、許されるべきではないというかたい決意をしようではありませんか。 人類同胞に向って、軍備縮小とすべての核兵器の破棄とを約束しようではありませんか。 暴力と憎しみにかえて、信頼と思いやりとを持とうではありませんか。 この国のすべての男女、全世界のすべての人々に次のように申します。 国境や社会階級を超えて、お互いのことを思いやり、将来を考えようではありませんか。 平和達成のために、みずからを啓蒙し、他人を啓発しようではありませんか。 相対立する社会体制のもとで、人間性が犠牲になることがけっしてないようにしようではありませんか。 再び戦争のないように力を尽くそうではありませんか。 全世界の若者たちに、次のように申します。 ともに手をとり合って、友情と団結のある未来をつくろうではありませんか。 窮乏の中にある兄弟姉妹に手をさし伸べ、空腹に苦しむ者に食物を与え、家のない者に宿を与え、踏みにじられた者を自由にし、不正の支配するところに正義をもたらし、武器の支配するところには平和をもたらそうではありませんか。 あなたがたの若い精神は、善と愛を行なう大きな力を持っています。人類同胞のために、その精神をつかいなさい。 すべての人々に、私はここで預言者の言葉を繰り返します。 「彼らはその剣を鋤に打ちかえ、その槍を鎌に打ちかえる。国は国に向かいて剣を上げず、戦闘のことを再び学ばない」(イザヤ2・4)。 神を信じる人々に申します。 われわれの力をはるかに超える神の力によって勇気を持とうではありませんか。 神がわれわれの一致を望まれていることを知って、団結しようではありませんか。 愛を持ち自己を与えることは、かなたの理想ではなく、永遠の平和、神の平和への道だということに目覚めようではありませんか。 最後に、わたしは自然と人間、真理と美の創り主である神に祈ります。 神よ、わたしの声を聞いてください。それは、個人の間、または国家の間でなされた、すべての戦争と暴力の犠牲者たちの声だからです。 神よ、わたしの声を聞いてください。それは人々が武器と戦争に信頼をおくとき、いの一番に犠牲者として苦しみ、また苦しむであろうすべての子供たちの声だからです。 神よ、わたしの声を聞いてください。わたしは、主がすべての人間の心の中に、平和の知恵と正義の力と兄弟愛の喜びを注いでくださるよう、祈ります。 神よ、わたしの声を聞いてください。わたしはすべての国、またすべての時代において戦争を望まず、常に喜んで平和の道を歩む無数の人々にかわって、話しているからです。 神よ、わたしの声を聞いてください。わたしたちがいつも憎しみには愛、不正には正義への全き献身、貧困には自分を分かち合い、戦争には平和をもってこたえることができるよう、英知と勇気をお与えください。 おお、神よ、わたしの声を聞いてください。そして、この世にあなたの終わりなき平和をお与えください。 |

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