|
だれでもいいから、早く復興策をスピード感覚を持って進めてほしい。
3.11以降、これまでの政府は、全然スピード感覚ないままに・。 半年になろうとしてる。被災地からすると、国家は何もしなかった。といってもいいくらいだ。 先日、釜石、大槌、山田、宮古に行ってきたが・・。 被災地の現状はがれき撤去も、おわらないまま、放置されている。 1次補正のお金が底をつき、撤去業者も実際にお金が入らなければ作業は行わない。現地はいま、重機やダンプの機械音も聞こえないままに、放置されてるいる状態だった。 なにが、復興だ・。 ↓↓山田、大槌、釜石の状況。 昨日、民主党の代表選で、野田佳彦新代表の決まった。 野田さんが新総理になるが、会見の中で、 「マニフェストに関しては「理念は大事で、堅持する」とし、「東日本大震災が起こり、政策の優先順位を変えざるを得なくなった」と述べているが・・・。 前政権のように、また、言葉だけで騙さないでほしい。と思ってしまう。 そのくらい、被災地には不信感があるのだ。 それに、自民、公明の野党も足の引っ張り合いなどせずに・。 「3.11は戦後最大の国難」というのら、もっと、もっと、被災地優先で与党に協力してもいいはずだ。 被災地では、どこで商売したらいいのか・・?どこに倉庫を建てればいいのか・・?そして、どこに家を建てたらいいのか・・?こんな基本的なことさえわからないでいる。 そんな状況で、「復興、復興!!」=「がんばれ 東北!岩手!」などといわれても、被災住民にとって、まだ瓦礫が残ってる状態では、復興など進むはずもない。 最近は、マスコミの取材もめっきり減っている。 報道するとなると、誰かが商売を始めたとか、どこかの港に魚が揚がったとか・・。極々、まれな話題を取り上げて、あたかも、被災地が復興しつつあるような、報道しかしない。 あのような、報道を見れば現地を知らない人から見れば、「復興してる」と勘違いされてしまう。 なぜ、マスコミは主権者である被災住民、民衆の本当の、心の中を、声を、現地の真実をつたえないのだろうか・・? 本来、マスコミの使命はそこなのではないか。 ↓↓釜石湾、地盤沈下して魚市場の前はこんな状況。 ↓↓ 町長初め多くの役場職員がなくなった、大槌町役場。時計が3時30分で止まっていた。 ↓↓庁舎の中は、床に泥や砂が・・・・・。 この国の、「3.11は戦後最大の国難」と、本当に思ってるだろうか・・・? 被災地現場にいて、国会中継などみると、まるで緊張感、危機感を政治家から感じ取ることができない・。 このような無策の国策の中で、被災者は必至にもがき、つらい思いをしながら自力での復活に汗を流している。 新しい政権には、被災住民、またそれを支えるボランテイアと一緒に、汗を流してほしい。 とにかく、これまでの後手後手のスピード感覚のない、国策では復興はどこまでも遅れていく・・。 民主党が掲げるマニュフェストの基本「国民生活第一」であるなら・。 非常事態にある、3.11の生活を第一に考え、すぐに実行してもらわないと・・。被災者はみんな生活保護世帯になってしまう。これは、絶対にあってはならないことだ。 まあ、とにかく野田政権には、強いうリーダーシップで決断を速くして、危機感と緊張感、それとスピード感を政治の運営をやってもらいたいものだ・。 民主党の野田佳彦新代表は29日午後、都内のホテルで就任の記者会見を行い、自民、公明両党との「大連立」について「信頼できる相手と思ってもらえる関係になれるかだ。粘り強くお付き合いし、視野に入れていく」と述べた。民主党マニフェスト(政権公約)の主要政策見直しに関する自公両党との合意は「誠実に守っていく」と強調した。 マニフェストに関しては「理念は大事で、堅持する」としたが、「東日本大震災が起こり、政策の優先順位を変えざるを得なくなった」と述べ、見直しに理解を求めた。 復興財源のための増税の時期や税目については「政府税調が複数の選択肢を用意し、新しい執行部に提出するのを待ちたい」と述べるにとどめた。復興対策をめぐっては、早急に現地入りし、被災県の知事と意見交換する意向を示した。 野田氏は首相就任後の衆院解散の可能性について「今はできない」と否定したが、「いろいろなことが起きれば解散はあり得る」とも語った。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題に関しては「(同県名護市辺野古を移設先とした)日米合意を踏まえ、できるだけ沖縄の負担を軽減していく」と述べた。 【関連記事】 〔図解〕野田佳彦新代表はこんな人 【動画】野田財務相、財政再建に強い意欲 【動画】仙台市を襲った津波を再現=津波浸水シミュレーション http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110829-00000064-jij-pol ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【ぜひ、ポッチお願いします。
また、拡散。シャアお願いいたします。】 「ザイタスランド」は東日本大震災で被災した事業者の復興を応援する
”予約購入型復興支援サービス”です。
「俺と相棒犬タロウ♪の夢」
津波に奪われたささやかな夢をもう一度。生涯現役漁師でいたい。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2011年08月30日
全1ページ
[1]
中国鉄道事故より悪質な日本の事故隠蔽科学ジャーナリスト
塩谷喜雄 Shioya Yoshio http://www.jiji.com/news/handmade/file/images/foresight/10597266.jpg 東京電力が撮影した被災4日後の福島第1原子力発電所3号機と4号機。
3号機(左手前)は水素爆発で原子炉建屋が吹き飛び、
4号機(中央奥)は建屋の壁に大きな穴が開いている。
3号機と4号機の間からは白い煙が立ち上っている=
2011年3月15日午前7時33分[東京電力提供]【時事通信社】
中国高速鉄道の事故で、
中国当局による報道規制を口をきわめて非難する日本のマスメディアは、
おのが姿を鏡に映して見たことがあるのだろうか。
5カ月前に、日本で起こった原発事故――
未だ8万人以上に避難生活という理不尽な不幸を強い、
農畜産業と水産業に深刻なダメージを与えている空前の大事故、3.11。
その真実を、日本のメディアはどれほど伝えているのか。
法的責任を負うべき当事者、つまり検察がまっとうに機能すれば
当然起訴の対象となるべき組織と人間が、
恣意的に加工して発信する情報を、
無批判に世の中に広めているだけではないのか。
結果として、責任企業と責任官庁による証拠隠滅を黙認してはいないか。
事故車両を地中に埋めた中国と、本質においてどこが違うのか。
公然と物的証拠を埋没させた中国当局に比べ、
断片情報を意図的に連発して、
巧妙に国民を真実から遠ざけている日本の方が、事態は深刻ではないか。
本質を履き違えようと、今目の前にある事から逃げ出そうと
目をそらそうとしてはいないだろうか。
今回の原発でも決して風化させてはならない。
そして家に帰りたくても帰れない人々、被災者がまだ大勢いると言う事を
私たちは決して忘れてはならない…
|
○保護経緯熊本御船保健所より個人で活動している方が保護しましたが、
キャパの都合で保護・預かりをバトンタッチしました。
○特徴 名前: ルーク
年齢: 2〜3歳 犬種: 雑種(ハウンド系) 性別: メス 体重: 19.6kg 性格: 人も犬も大好き!攻撃性全くナシ!かなりのお転婆http://img.mixi.net/img/emoji/78.gif 躾: トイレは散歩時には全くと言っていいほどしない。 帰ってから庭でします。(オシッコも) お座り、お手できます。待て少々。 とにかく、遊んでほしくて側に寄ると飛び掛ります。 散歩の時間になると要求吠えあります。 ○健康状態避妊手術済み フィラリア陽性(弱)通年投与で2年くらいで完治見込み ○譲渡条件・ ペット可住宅にお住まいの方・ どんな状況になっても、終生愛情と責任を持って飼育してくださる方 ・ 必要な医療をきちんと与えて下さる方(例:ワクチン、フィラリア予防) ・ ご負担にならない程度で結構ですので、 定期的に写真付きで近況をお知らせ下さる方 ・ 今後の保護犬に必要ですので、医療費の一部負担にご了承頂ける方 ・ トライアル開始は、ご自宅までお連れしますのでご了承下さい お問い合わせの際は、ご希望の子の名前、希望者様のお名前、お住まいの地域、
ご家族構成、飼育環境などを併せて宜しくお願いいたします。
何も書かれていないお問い合わせにつきましては、対応できない場合がありますので、
あらかじめ御了承下さい。
○お申し込み先PC用
http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P22208678 携帯用 http://www.formzu.net/mfgen.ex?ID=P22208678 (担当:クリちゃん) 以前から福岡市動物管理ーセンターのホームページには
迷子や捕獲などの収容犬・猫の情報が載っていましたが、
このたび、福岡県動物愛護センターのホームページもリニューアルされ、
収容犬・収容猫の情報が載るようになりました。
どうか皆様、まめにご自分の地域のセンターのホームページを覗いて下さい。
もしかしたら・・・・
お隣のあの子が載っているかもしれない。
お散歩中によく会うあの子が載っているかもしれない。
迷子ちゃんが1人でも多くおうちに帰れること。
殺処分が1頭でも減ることそれが、Animal Rescue 全員の願いです。。。
福岡県獣医師会さんのサイト『ふくおか動物情報ネットワーク』には、
県内の犬猫の収容情報のページがあります。
http://www.zaidan-fukuoka-douai.or.jp/ 福岡市動物管理センター
http://wannyan.city.fukuoka.jp/ 大牟田市動物管理センター
http://www.city.omuta.lg.jp/kurashi/sumai/satooya/ 久留米市動物管理センター
http://www.city.kurume.fukuoka.jp/1050kurashi/2060hokeneisei/3115doubutsuaigo/2010-0707-0915-465.html ※福岡県では、福岡市・北九州市・大牟田市以外の地区で収容された子は、
各地域の保健所を経由し、福岡県動物愛護センターに収容されます
|
|
『秋からも、そばにいて』 歌:南野陽子
好きよ 好きよ離れないで 夏は遠くかすむけど
そらさないで 見つめていて 愛を深く感じたい
夏の風が 窓をたたく コテージ
二人きり 仲間には 内緒の旅ね
きっとみんな 抜け駆けだと怒るよ
呟いた 横顔が 少し微笑んだ
瞳を伏せて あなたの胸に
ゆっくり 私もたれていったの…
そっと そっと愛してるって 耳のそばでささやいて
こわれそうな 勇気だから 包むように抱きしめて
まぶたの奥 強い日差し 浮かぶわ
グループで 出逢ったね 夏の高原
そっけなくて でも本当は優しい
読みにくい性格の あなたに魅かれた
冷たい夜が 長い季節も
ときめく心 重ねてゆきたい
ずっと ずっと愛してるって耳のそばでささやいて
髪をなでる あなたの手に 頬をよせて口づけた
好きよ 好きよ離れないで 夏は遠くかすむけど
そらさないで 見つめていて 愛を深く感じたい
ずっと ずっと愛してるって耳のそばでささやいて…
秋になって 咲く花が変わっても
夏が遠くに感じても
あなたは一番私の近くにいて 私を見ていて
私があなたにまっすぐに行けるように…
そして
同じ季節を幾度も迎えて生きたい
あなたと…
|

- >
- エンターテインメント
- >
- 音楽
- >
- 邦楽
|
僕が初めて窯に行ったのは、26歳の時でした。そこで、いろいろと学び、社会構造の縮図を見たと確信しています。釡のおっちゃんたちはもちろん。今も、いろいろと僕に教えてくださっているカトリック司祭 釜ヶ崎反失業連絡会共同代表・釜ヶ崎ふるさとの家を運営なさっておられる本田哲郎氏司祭を僕は心から尊敬しています。今年、本田司祭は、僕にいつどこでも殺される覚悟と司祭だけでなくカトリックから追放される覚悟ないとできないよって話してくださいました。こんな弱音をはく本田司祭を始めてみて、とても、心配しています。カトリック・フランシスコ会の日本管区長(日本のカトリック・フランシスコ会でトップ・リーダー)を若きながら重職を務めていたにも関わらず、その座をすて労働者と同じ視点でともに闘ってきた本田司祭。いつまでも僕の師でいてくださいね。 「痛みの共感」から真の連帯へ カトリック司祭 釜ヶ崎反失業連絡会共同代表 本田哲郎氏
東京の山谷、横浜の寿町と並ぶ 「日本三大 寄せ場」の一つとして知られる大阪の釜ヶ崎(西成区)には、約二万人の日雇い労働者が「ドヤ」と呼ばれる 簡易宿泊所などに集住している。雇用の減少や高齢化により、職を失った多くの労働者が路上生活を余儀 なくされ、行き倒れとなるケースも後を絶たない。この街に、当時カトリック・フランシスコ会の日本管区長を つとめていた本田哲郎神父が初めて足を踏み入れたのは、約二十年前。この地で宗教者としての転機となる 体験をした本田神父は、同会の運営する「釜ヶ崎ふるさとの家」を拠点として長年にわたり労働者たちの支援に 携わる一方、専門的な知見と独自の視座に基づき、聖書と福音の再解釈を行なっている。「神は一番貧しく 小さくされた者と共にはたらく」――。イエスの原点に立ち返り、従来のキリスト教理解を根本から問い直す 近著『釜ヶ崎と福音』(岩波書店刊)が静かな反響を呼んでいる本田神父に話を聞いた。 (聞き手=高橋由香里)
(平成18年9月9日の中外日報紙面から)釜ヶ崎との出会いについて。
本田 私は大学卒業後、カトリックのフランシスコ会に入会して神父になり、はた目には順調に修道者の道を歩んでいました。ある時、会の役目がら釜ヶ崎に立ち寄ったのです。それまで長い間、私は宗教者でありながら、祈りや瞑想によっても解放や救いの手応えが得られないという忸怩たる思いがありました。それが、釜ヶ崎で夜まわりをしていた時、一人の野宿者との出会いを通して、私は解放されたのです。初めは納得できませんでした。聖職者である自分が誰かを元気づけたとか救ったというのなら、すんなり納得したと思いますが、まったく逆でしたから。
それで、思い切って山谷に行って、ほんの二、三日でしたが、日雇いの仕事を経験しました。見ず知らずの労働者と一緒に働くうちに、世間的には軽く見られがちな彼らがどれほど気遣いに満ちた人たちかということが少しずつ見えてきて、こんなふうに痛みの分かる人というのは、ひょっとして他者を解放する力があるのかなと思ったんですね。 そのころ、聖書の徹底した再読もなさったそうですね。
本田 私の体験したことは、それまで教会で学んだり神父として信者に教えたりしてきたこととはかみ合わないので、おかしいと。そこで従来の訳や神学にとらわれず、原文にこだわりながら聖書を丁寧に読み直すことを始めたのです。その過程で、それまで見えていなかった聖書の一貫したメッセージがはっきり見えてきた。それは、神は一番貧しく小さくされた仲間たちを選んで、その人たちを通して救いの力をすべての人に伝えようとなさる方だということ。聖職者だからとか、洗礼を受けた信者だから神のはたらきを人々に伝えることができると考えるのは、根本的なところで間違っていた。私は釜ヶ崎での体験が強烈だったので、新たな赴任先に釜ヶ崎を志願しました。
「ふるさとの家」ではどのような活動をしてこられましたか。本田 当初は仕事を得る上で不利な高齢の日雇い労働者に、せめて安くて栄養のあるものを食べてもらうために食堂として、四十年ほど前に始まりました。しかし不況で仕事が減るようになると、一番来てほしい貧しい労働者たちは来られず、多少ゆとりのある人が特権的に利用するということになってしまった。
そこで、お金がなくても誰でも気兼ねなく利用してもらえるように、数年前に食堂はやめ、食料やボランティアの支援は近くの公園で行なっている炊き出しに統一することにしました。現在は、日雇い労働者たちの生活相談や安否確認、労働者同士の情報交換の場になっています。野宿を強いられた労働者の散髪もしています。
本田 釜ヶ崎では、炊き出しを組み込んだ礼拝集会をして、洗礼を授けるというような団体もいろいろあるようですが、それはあまりあるべき姿ではないという気がします。私は、痛み、苦しみ、さびしさ、悔しさ、怒りを身をもって知る人はみな、本物の洗礼を受けていると考えています。むしろ、宗教者たちが、もっと人の痛みに敏感になって、小さくされているがゆえに本物と偽善を見分けることのできる野宿者たちの鋭い感性や洞察力を学ぶことの方が大切なのではないかと思います。
本田 「福音」というのはキリスト教の専門用語ですから、もう少しかみ砕いて、どこの宗教の人たちにとっても違和感なく共通する言葉を本当は探し当てなくてはならないのではないかと思っているのです。人を元気にさせる知らせ、とかね。イエス自身、さまざまな宗教や文化をオープンマインドに認めていた。そして特定の宗教の人に対してではなく、すべての人に向けて福音を告げたのです。そういう意味で、福音の中身、エッセンスは、超宗教的で普遍性があるということですね。
福音は言葉以上に「身をもって告げ知らせる」ことが大事だと指摘されていますね。
本田 例えば、飢餓やエイズに苦しむアフリカの人々のために、と日本で讃美歌を歌ってお祈りをしても、現実的な結果や効果はないわけですね。イエスが教えたのは、あなたたちが祈ることはすでに聞き入れられていると信頼して行動を起こしなさい、ということだった。神は常に、人間を通してはたらかれる。行動を起こすまで行って、それが本当の祈りだということですね。
私たちを行動に踏み切らせるのは「痛みの共感」だとご著書で言及されていますね。
本田 イエスは、打ちくだかれた貧しい民衆を勇気づけ、希望を抱かせるような、当時の人々に奇跡と呼ばれた行為の前に、しばしば「彼らを見てはらわたを突き動かされた」と聖書の原文には書かれています。ギリシャ語で「スプランクナ」という「内臓」を意味する言葉が動詞として使われている。それは、痛みや苦しみに直面して、やむにやまれず、何かせずにいられないという感情ですね。イエスの福音活動は、いつもそのような痛みの共感から始まりました。
他者への「痛みの共感」を深めるには。日本語の聖書ではそれを「深くあわれまれた」と訳していますが、「あわれみ」とは上から下へという、一方の優位性が前提になった発想ですから、そのような表現ではイエスが本当に伝えたかった、放っておけないという気持が逆にゆがめられることになる。そういうところは、原文に忠実であるべきだと思います。
本田 痛みを否応なく見せつけられるような場に自分も立ってみるということが有効な方法かもしれませんが、それだけでは不充分です。大事なのは、自分の人生の中で極度に落ち込んだり、つらかったりした体験を思い起こして、その時に自分は何が見えただろうとか、本当に支えになってくれたのは誰だっただろう、というかかわりの本質のようなものを丁寧に受け止め直す努力をしてみること。その痛みや苦しみ、さびしさ、悔しさ、怒りの深さ、重さは、ゆとりの中で生活している自分と野宿を強いられるまでに社会から切り捨てられた労働者とでは違うかもしれない。しかし、悲痛としては必ず共通するものがあるわけです。自分が経験した数倍、数十倍の思いをこの人たちはしているということが分かれば、何をなすべきか、何をしてはならないかということが見えてくる。自分の中の負の部分をしっかりと受け止める勇気を持つことが、ある意味で痛みの共感・共有につながるのではないでしょうか。
路上生活者支援の望ましいあり方とは。
本田 衣料や毛布を配布したり炊き出しをしたりするのももちろん、緊急避難として必要なことですが、そこに終始するような支援というのは、労働者が一番必要としている仕事を作り出すことにはつながらない。例えば、一九九三年に私たちが始めた「釜ヶ崎反失業連絡会」では、行政から振り向けられる仕事の受け皿として「NPO釜ヶ崎支援機構」という組織をつくり、一回四時間の地区内の清掃の仕事枠を一日二百十四人分獲得しました。そこに野宿の労働者が三千人近く登録していて、輪番制で一ヵ月に一人三回くらいは確実に仕事が回ってきます。年を取っても体力が落ちても、炊き出しに並ぶのではなく、自分に見合う仕事をして飯が食いたいというのが本当の望みなんです。だけど日雇い労働者は住民票や身元保証人などがハードルとなって定職に就くことが容易ではない。他に選択肢がないので野宿せざるを得ないという事実を受け止め、そうならずに済むように、就労や福祉による生活をともに実現させるようなかかわり方を模索することが必要ですね。
宗教者にはどのようなかかわり方を期待されますか。 本田 釜ヶ崎に限らず、何の恩恵もなく貧しい中でひたすら耐えているような社会の底辺に立たされている人たちに、どんなポジションからでも連帯してほしいですね。
例えば浄土真宗ならば親鸞聖人の「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」という悪人正機説は本当にすばらしい逆説で、真実をついているわけですね。そういうことをもっと多くの人に伝えて、社会一般の偏見を崩していく砦になってほしい。
そもそも改善するべき問題は釜ヶ崎にあるというよりも、釜ヶ崎を必要とする社会の構造にあるわけです。ですから宗教者にしても、政治家や医者や教師にしても、それぞれが自分の社会的立場で、一番底辺に置かれている人たちの視座に立って、与えられた能力や技術や人脈を有効に生かして、彼らの真の願いの実現に協力していただきたいと思いますね。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
全1ページ
[1]


