花徒然

小さな愛を持ち寄れば美しい大きな愛の花に平和の実になります。 http://www.269rank.com/

平和の祈り

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世界の平和を祈りつつ出来る事から家庭内の事まで
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 僕が初めて窯に行ったのは、26歳の時でした。そこで、いろいろと学び、社会構造の縮図を見たと確信しています。釡のおっちゃんたちはもちろん。今も、いろいろと僕に教えてくださっているカトリック司祭 釜ヶ崎反失業連絡会共同代表・釜ヶ崎ふるさとの家を運営なさっておられる本田哲郎氏司祭を僕は心から尊敬しています。今年、本田司祭は、僕にいつどこでも殺される覚悟と司祭だけでなくカトリックから追放される覚悟ないとできないよって話してくださいました。こんな弱音をはく本田司祭を始めてみて、とても、心配しています。カトリック・フランシスコ会の日本管区長(日本のカトリック・フランシスコ会でトップ・リーダー)を若きながら重職を務めていたにも関わらず、その座をすて労働者と同じ視点でともに闘ってきた本田司祭。いつまでも僕の師でいてくださいね。

 
「痛みの共感」から真の連帯へ
カトリック司祭 釜ヶ崎反失業連絡会共同代表 本田哲郎氏

東京の山谷、横浜の寿町と並ぶ 「日本三大 寄せ場」の一つとして知られる大阪の釜ヶ崎(西成区)には、約二万人の日雇い労働者が「ドヤ」と呼ばれる 簡易宿泊所などに集住している。雇用の減少や高齢化により、職を失った多くの労働者が路上生活を余儀 なくされ、行き倒れとなるケースも後を絶たない。この街に、当時カトリック・フランシスコ会の日本管区長を つとめていた本田哲郎神父が初めて足を踏み入れたのは、約二十年前。この地で宗教者としての転機となる 体験をした本田神父は、同会の運営する「釜ヶ崎ふるさとの家」を拠点として長年にわたり労働者たちの支援に 携わる一方、専門的な知見と独自の視座に基づき、聖書と福音の再解釈を行なっている。「神は一番貧しく 小さくされた者と共にはたらく」――。イエスの原点に立ち返り、従来のキリスト教理解を根本から問い直す 近著『釜ヶ崎と福音』(岩波書店刊)が静かな反響を呼んでいる本田神父に話を聞いた。 (聞き手=高橋由香里)
(平成18年9月9日の中外日報紙面から)


釜ヶ崎との出会いについて。

本田   私は大学卒業後、カトリックのフランシスコ会に入会して神父になり、はた目には順調に修道者の道を歩んでいました。ある時、会の役目がら釜ヶ崎に立ち寄ったのです。それまで長い間、私は宗教者でありながら、祈りや瞑想によっても解放や救いの手応えが得られないという忸怩たる思いがありました。それが、釜ヶ崎で夜まわりをしていた時、一人の野宿者との出会いを通して、私は解放されたのです。初めは納得できませんでした。聖職者である自分が誰かを元気づけたとか救ったというのなら、すんなり納得したと思いますが、まったく逆でしたから。
それで、思い切って山谷に行って、ほんの二、三日でしたが、日雇いの仕事を経験しました。見ず知らずの労働者と一緒に働くうちに、世間的には軽く見られがちな彼らがどれほど気遣いに満ちた人たちかということが少しずつ見えてきて、こんなふうに痛みの分かる人というのは、ひょっとして他者を解放する力があるのかなと思ったんですね。

そのころ、聖書の徹底した再読もなさったそうですね。

本田  私の体験したことは、それまで教会で学んだり神父として信者に教えたりしてきたこととはかみ合わないので、おかしいと。そこで従来の訳や神学にとらわれず、原文にこだわりながら聖書を丁寧に読み直すことを始めたのです。その過程で、それまで見えていなかった聖書の一貫したメッセージがはっきり見えてきた。それは、神は一番貧しく小さくされた仲間たちを選んで、その人たちを通して救いの力をすべての人に伝えようとなさる方だということ。聖職者だからとか、洗礼を受けた信者だから神のはたらきを人々に伝えることができると考えるのは、根本的なところで間違っていた。私は釜ヶ崎での体験が強烈だったので、新たな赴任先に釜ヶ崎を志願しました。

「ふるさとの家」ではどのような活動をしてこられましたか。

本田  当初は仕事を得る上で不利な高齢の日雇い労働者に、せめて安くて栄養のあるものを食べてもらうために食堂として、四十年ほど前に始まりました。しかし不況で仕事が減るようになると、一番来てほしい貧しい労働者たちは来られず、多少ゆとりのある人が特権的に利用するということになってしまった。
そこで、お金がなくても誰でも気兼ねなく利用してもらえるように、数年前に食堂はやめ、食料やボランティアの支援は近くの公園で行なっている炊き出しに統一することにしました。現在は、日雇い労働者たちの生活相談や安否確認、労働者同士の情報交換の場になっています。野宿を強いられた労働者の散髪もしています。

宣教については。

本田   釜ヶ崎では、炊き出しを組み込んだ礼拝集会をして、洗礼を授けるというような団体もいろいろあるようですが、それはあまりあるべき姿ではないという気がします。私は、痛み、苦しみ、さびしさ、悔しさ、怒りを身をもって知る人はみな、本物の洗礼を受けていると考えています。むしろ、宗教者たちが、もっと人の痛みに敏感になって、小さくされているがゆえに本物と偽善を見分けることのできる野宿者たちの鋭い感性や洞察力を学ぶことの方が大切なのではないかと思います。

近著『釜ヶ崎と福音』では、独自の福音解釈をされていますね。

本田  「福音」というのはキリスト教の専門用語ですから、もう少しかみ砕いて、どこの宗教の人たちにとっても違和感なく共通する言葉を本当は探し当てなくてはならないのではないかと思っているのです。人を元気にさせる知らせ、とかね。イエス自身、さまざまな宗教や文化をオープンマインドに認めていた。そして特定の宗教の人に対してではなく、すべての人に向けて福音を告げたのです。そういう意味で、福音の中身、エッセンスは、超宗教的で普遍性があるということですね。

福音は言葉以上に「身をもって告げ知らせる」ことが大事だと指摘されていますね。

本田  例えば、飢餓やエイズに苦しむアフリカの人々のために、と日本で讃美歌を歌ってお祈りをしても、現実的な結果や効果はないわけですね。イエスが教えたのは、あなたたちが祈ることはすでに聞き入れられていると信頼して行動を起こしなさい、ということだった。神は常に、人間を通してはたらかれる。行動を起こすまで行って、それが本当の祈りだということですね。

私たちを行動に踏み切らせるのは「痛みの共感」だとご著書で言及されていますね。

本田   イエスは、打ちくだかれた貧しい民衆を勇気づけ、希望を抱かせるような、当時の人々に奇跡と呼ばれた行為の前に、しばしば「彼らを見てはらわたを突き動かされた」と聖書の原文には書かれています。ギリシャ語で「スプランクナ」という「内臓」を意味する言葉が動詞として使われている。それは、痛みや苦しみに直面して、やむにやまれず、何かせずにいられないという感情ですね。イエスの福音活動は、いつもそのような痛みの共感から始まりました。
日本語の聖書ではそれを「深くあわれまれた」と訳していますが、「あわれみ」とは上から下へという、一方の優位性が前提になった発想ですから、そのような表現ではイエスが本当に伝えたかった、放っておけないという気持が逆にゆがめられることになる。そういうところは、原文に忠実であるべきだと思います。

他者への「痛みの共感」を深めるには。

本田   痛みを否応なく見せつけられるような場に自分も立ってみるということが有効な方法かもしれませんが、それだけでは不充分です。大事なのは、自分の人生の中で極度に落ち込んだり、つらかったりした体験を思い起こして、その時に自分は何が見えただろうとか、本当に支えになってくれたのは誰だっただろう、というかかわりの本質のようなものを丁寧に受け止め直す努力をしてみること。その痛みや苦しみ、さびしさ、悔しさ、怒りの深さ、重さは、ゆとりの中で生活している自分と野宿を強いられるまでに社会から切り捨てられた労働者とでは違うかもしれない。しかし、悲痛としては必ず共通するものがあるわけです。自分が経験した数倍、数十倍の思いをこの人たちはしているということが分かれば、何をなすべきか、何をしてはならないかということが見えてくる。自分の中の負の部分をしっかりと受け止める勇気を持つことが、ある意味で痛みの共感・共有につながるのではないでしょうか。

路上生活者支援の望ましいあり方とは。

本田  衣料や毛布を配布したり炊き出しをしたりするのももちろん、緊急避難として必要なことですが、そこに終始するような支援というのは、労働者が一番必要としている仕事を作り出すことにはつながらない。例えば、一九九三年に私たちが始めた「釜ヶ崎反失業連絡会」では、行政から振り向けられる仕事の受け皿として「NPO釜ヶ崎支援機構」という組織をつくり、一回四時間の地区内の清掃の仕事枠を一日二百十四人分獲得しました。そこに野宿の労働者が三千人近く登録していて、輪番制で一ヵ月に一人三回くらいは確実に仕事が回ってきます。年を取っても体力が落ちても、炊き出しに並ぶのではなく、自分に見合う仕事をして飯が食いたいというのが本当の望みなんです。だけど日雇い労働者は住民票や身元保証人などがハードルとなって定職に就くことが容易ではない。他に選択肢がないので野宿せざるを得ないという事実を受け止め、そうならずに済むように、就労や福祉による生活をともに実現させるようなかかわり方を模索することが必要ですね。

宗教者にはどのようなかかわり方を期待されますか。

 本田  釜ヶ崎に限らず、何の恩恵もなく貧しい中でひたすら耐えているような社会の底辺に立たされている人たちに、どんなポジションからでも連帯してほしいですね。
例えば浄土真宗ならば親鸞聖人の「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」という悪人正機説は本当にすばらしい逆説で、真実をついているわけですね。そういうことをもっと多くの人に伝えて、社会一般の偏見を崩していく砦になってほしい。
そもそも改善するべき問題は釜ヶ崎にあるというよりも、釜ヶ崎を必要とする社会の構造にあるわけです。ですから宗教者にしても、政治家や医者や教師にしても、それぞれが自分の社会的立場で、一番底辺に置かれている人たちの視座に立って、与えられた能力や技術や人脈を有効に生かして、彼らの真の願いの実現に協力していただきたいと思いますね。

転載元転載元: 祈り長崎・長崎浦上の松尾竹文が全世界・全国の皆さんに呼びかけます

 
 
 
 
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新渡戸涼恵さん
 
 
古来より、わが国の美称として、「豊葦原瑞穂国」と言ってきましたが、正式には、「豊葦原之千秋長五百秋之水穂国」(とよあしはらの ちあきのながいほあきの みずほのくに)と言い、千年も五百年も悠久に続く、 稲穂の実る美(うま)し国という意味でもあります。
 
その「豊葦原の瑞穂の国」を言霊にし唄う神職、新渡戸涼恵さんは、新渡戸稲造氏の子孫でいらっしゃいます。新渡戸稲造氏は『武士道』を著し、戦前には昭和天皇陛下のご意向を受けて、日米戦争を回避するためにアメリカにわたり、日本の立場を訴え、多くのアメリカ人の心を揺り動かした人物です。

 
≪涼恵さんのプロフィール≫

スタヂオ言霊(ことだま) 唄ひ手
小野八幡神社【兵庫/神戸】権祢宜(ごんねぎ)
山川草木の語らいに耳を澄まし、「自然とヒトとの関係」
「ヒトとヒトとの関係」で生じる
葛藤を唄う彼女の音楽は国内外の人々に
深い感銘を与えている。

代表曲「豊葦原の瑞穂の国」「花の祈り」「天地への祈り」
「水の惑星」など多数
昭和53年1月、ブラジル・サンパウロで生まれ、帰国後は
東京、青森、神戸で育つ。
カトリック系の高校卒業後、平成9年、

神職資格・直階を習得。

平成12年に上京し、翌年より「スタヂオ言霊」にて
音楽活動を開始。

平成14年、高山稲荷神社【青森】で実習、権正階を習得

同年、自信初のCDアルバム「うましあしかび」発表
ピアノ、ヴァイオリン、チェロの洋楽器に笙、太鼓、竜笛、
神楽鈴といった雅楽の楽器を取り入れた独自の
音楽世界を創造し、各方面から高い評価を得る。

平成18年1月、日本の文化・習慣を広める神主として、
唄ひ手として一年間NYに渡米。
同年開催された世界宗教者平和会議(WCRP)の
第八回世界大会では小泉首相(当時)の前で、
オープニングを歌い拍手喝采を浴びた。
平成19年1月にはカーネギーホール(NY)でソロコンサートを
行い、スタンディングオべーションを受けるなど、

世界にたった1人の神職の歌手として 、絶大な支持を受けている。
 
 
 
 
やまとのこころを「言霊」にし、唄う神職・新渡戸涼恵さんに古の日本を感じます。 応援していきたいですね。
 
やまとのこころを取戻す為にも・・・
 
 
 
 
 

転載元転載元: 美しい国

願いよ 届け!

平和への願いが届くといいですね。
 
高校生平和大使
7万人超の核廃絶署名、国連軍縮次長に
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サレバ国連軍縮会議事務局次長(左)の激励を受ける菊地将大さん
 
 長崎の被爆体験を核兵器廃絶につなげるため毎年選ばれている高校生平和大使一行は18日、スイス・ジュネーブの国連欧州本部を訪れ、この1年間に集めた7万人超の核廃絶を願う署名をサレバ国連軍縮会議事務局次長に手渡した。
 一行は高校生大使12人・同使節4人と被爆者で団長を務める川副忠子さん(67)ら。開催中の軍縮会議を傍聴した際、議長の徐世平・北朝鮮大使から、場内の各国大使に一行の訪問が紹介された。

 サレバ氏との会見では、各人が核兵器廃絶への願いを暗記してきた英語でスピーチ。
 大使の一人、長崎西高2年、浦川祐可さん(16)は「日本でも被爆地でない所では、原爆の恐ろしさをよく知らない人が多くいます。被爆のむごさを日本に、世界に、後世に伝えるのは、今を生きる者の責務です。」と述べ、世界平和を訴えた。
 今回は特別に、東日本大震災の津波で両親を亡くした岩手県立高田高3年、菊地将大(まさひろ)さん(17)=岩手県陸前高田市=も、平和を願う同じ目標を持つ仲間として大使の一人に選ばれた。
 菊地さんは自ら体験した大災害の恐ろしさを生々しく報告。「世界中からの支援が生きる勇気、明日への希望を与えてくれた。」と国際支援への感謝を述べ、復興の決意と平和への希望を語った。

転載元転載元: 日々燦々 − はぁ〜、のんびり のんびり -

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永井博士を見舞われた昭和天皇陛下 御尊影
 
 
 
永井隆博士という人を皆さんはご存知だろうか。長崎では知らない人はいない。恥ずかしいことに、私はこの記事を作成するにあたって初めて知りました。
永井隆博士は、助教授をつとめる長崎医科大学付属病院で被爆されました。
 自らも重い傷を負ったその直後から、負傷者の救護や原爆障害の研究に献身的に取り組まれたそうです。
 やがて、彼の思いは医師としての役割から、長崎の町と文化の復興、そして平和の願いへと広がっていきました。
 被爆以前から患っていた白血病が次第に悪化するが「余命3年」、病床についてからも、執筆活動を通してその実践を貫かれた。
 
ご来訪の皆様は昭和天皇陛下が、47年2月の神奈川県を振り出しに、全国を訪問され、戦争で疲弊した国民を見舞われ、励まされたことはご存知だと思います。
長崎県には、49年5月24日から4日間滞在され、佐世保、川棚、大村、島原、雲仙、諫早、長崎などをつぶさに視察し、県民を励まされた。特に長崎市では歓迎に集まった5万人の市民を前に昭和天皇陛下は、「長崎市民が受けた犠牲は同情にたえないが、われわれはこれを礎として平和日本建設のために、世界の平和と文化のために努力しなければならない」と玉音賜りました。
昭和天皇陛下は5月27日永井隆博士を見舞いあそばされました。
 
 
「どうです、ご病気は?」
 昭和天皇は、ベッドのすぐ近くまでお寄りになり永井隆博士をいたわられた。この永井隆博士は、放射線医学の研究家で、原爆で愛妻を亡くし、自らも重傷を負いながらも「己の如く隣人を愛する」という精神のもと救護活動にあたった人物である。その後、被爆による骨髄性白血病で倒れ、病床で『この子を残して』を執筆し一躍世に知られた。巡幸日程が組まれた当初、永井博士は長崎医大附属病院屋上で昭和天皇をお迎えすることになっていたが、容態の悪化を侍従から聞かされた昭和天皇が屋内で出迎えてもよいと指示されたという。
 「あなたの書物は読みました」と昭和天皇がおっしゃると、博士は『この子を残して』に登場する子どもたちを振り返って「これが本の中に出てくる子どもですよ」と紹介した。昭和天皇は、子どもたちをしばらくご覧になった後に、「しっかり勉強して立派な日本人になって下さいね」とお声をかけられた。
 最後に昭和天皇は、博士の主治医影浦教授に「博士の治療を頼みますよ」と言い残され病院を後にされた。博士は「うれしかったですバイ」と感動にむせび泣いたという。この時の印象を博士は後に「天皇陛下にお会いして」という手記に次のように記している。
 「私はあの細やかな心遣いをして、どんな小さなものでも、いたわられる愛情と御態度こそ、今の私達日本人が、毎日の生活にまねをしなくてはならないと思う。今日本人はお互いに分離しているが、陛下がお歩きになると、そのあとに万葉の古い時代にあった、なごやかな愛情の一致が、甦って日本人が再び結びつく」

1948年(昭和23)10月 へレン・ケラー女史が訪れ、1950年(昭和25)教皇ヨハネ・パウロ二世からロザリオを贈られる。首相の表彰を受け、昭和天皇陛下より銀盃を贈られる。
1951年(昭和26)白血球39万となる(正常値7千)。5月1日午後9時50分 長崎医大で亡くなる。著書に「長崎の鐘」「この子を残して」
 
 
昭和天皇陛下の大御心に永井博士が感動し、日本人は斯くありたいと述べられたものです。
現世の我々は昭和天皇陛下、今上天皇陛下の大御心を忘れてはいまいか?
先人の教えを忘れてはいまいか?
日本のこころを忘れてはいまいか?
 
 
 
 

 
 
常に国民とともに、国民は皇室とともに・・これが日本のお国柄です。

皇尊 彌榮 彌榮 彌榮


天皇、皇后両陛下 萬歳  萬歳 萬歳


日本国民は(やまと民族)は皇室と共に
 
 

転載元転載元: 美しい国

命の歌

 
いじめがテーマのミュージカルハードルの中で、総監督である山崎先生が歌われた曲です
この歌を聞くと、あらためて声をあげる大切さを再認識しますよね



大事なものを守る為に声をあげる!





この気持ちが否定されるようでは世も末です





※この曲は、僕らが心から尊敬する山崎先生による大切なメッセージが込められた大事な歌です


ぜひ歌詞に込められた熱い思いを感じながらお聞き頂きたいと思います…

転載先ののURL: http://blogs.yahoo.co.jp/cf0623jp/60979249.html

転載元転載元: 祈り長崎・長崎浦上の松尾竹文が全世界・全国の皆さんに呼びかけます


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