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天皇、皇后両陛下は18日、皇居・宮殿で、
平成23年度農林水産祭の天皇杯受賞者らと懇談された。
陛下は「さまざまな困難を乗り越え、研究や努力によって大きな成果を上げ、農林水産業や地域社会の発展に寄与されたことをうれしく思います」
とお言葉を述べられた。
陛下は皇后さまとともに、
農業や水産業など7部門の受賞者からそれぞれの取り組みを聞き
「どういうところを苦心されましたか」と質問された。
両陛下のこうしたお言葉で、頑張ろうと言う気持ちが湧きます。
そしてその結果が国の繁栄をもたらしています。
今回の地震の時もまず、動かれたのは両陛下でした。宮様方でした。
秋篠宮紀子妃殿下は、津波のショックで喋れなくなった女性に
手話を交え「しゃべれなくても、お話ができますよ」とお伝えになったそうです。
そしてその手話を皇后陛下がお覚えになり、阪神淡路大震災の時に
活かされたのでした。
私も見習いたいものです。
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皇室関係
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皇室での出来事を書いています。
常陸宮ご夫妻が福島お見舞い常陸宮ご夫妻は17日、福島市松川町の仮設住宅を訪問し、
福島第1原発の事故で避難している飯舘村の人々を見舞われた。
東日本大震災以降、ご夫妻が福島県を訪問されたのは初めて。
常陸宮さまは「一番大変なのはどういうところですか」と被災者に声をかけ、菅野典雄村長に対しても「田んぼの除染は難しいですか」と尋ねられた。
常陸宮妃華子さまは地元の漬け物の話をした荒サキイさん(74)に
「早く安心して故郷で料理を作れるといいですね」と話された。
常陸宮さまは別れる際、
「この寒さに負けないで、明るい、
平穏な暮らしができる日を待っていてください。
日本中、世界中の人も願っています」
とお言葉を述べられた。
いつも心のケアをして下さる、天皇皇后陛下。宮様方々…
本当に頭が下がります。
悲しんでいる人々に私も心を寄せたいと思います。
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皇居・宮殿で10日、天皇、皇后両陛下が学問の権威者から
説明をお聴きになる「講書始の儀」が行われ、皇太子さま、秋篠宮ご夫妻、
常陸宮ご夫妻、寛仁親王殿下の長女の彬子さま、高円宮妃久子さま、
長女の承子さま、次女の典子さまが列席された。
明治2年に原形となる儀式が始まったとされ、
昭和28年からは現在のように
人文科学・社会科学・自然科学の3つの分野から
説明が行われるようになったという。
2日後の12日には「歌会始の儀」が宮殿で行われた。
開催される日付は毎年異なるものの、新年に行われる一連の宮中行事は、
歌会始の終了でようやく一段落つくといわれている。
昨年成年を迎えた秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまについては、
今年初めて出席される新年行事が相次いだ。
歌会始には出席しなかったが、歌会始の場でお歌を初めて披露された。
そのお歌は
「人々の想ひ託されし遷宮の大木(たいぼく)岸にたどり着きけり」。
20歳となった翌月の昨年11月に伊勢神宮を参拝した際、
5年前に見た「御木曳(おきひき)」の川曳の光景を思い出し、
20年に1度お宮を建て替える、
式年遷宮に対する多くの人々の気持ちに思いをはせられたという。
御木曳は遷宮に伴って必要となるヒノキの用材を内宮、外宮まで
運ぶ行事で、内宮用の用材については五十鈴川をソリでさかのぼるため
川曳と呼ばれる。
眞子さまは秋篠宮さまと一緒に平成18年7月にご覧になったという。
写真:秋篠宮眞子内親王殿下
一般からの入選歌の倍率は1883倍。
終了後、入選者10人による記者会見では、
「夢だった」「光栄」などと感激する声が続出した。
最年長の茨城大名誉教授、寺門龍一さん(81)によると、
陛下は「いわきはどういう状況でしたか」と寺門さんに尋ねられた。
かつて校長として勤めていた福島工業高専の卒業生が津波で殉職したため、「心を痛めている」と話すと、
皇后さまは「本当にお辛いことでしたね」と話されたという。
また、海外から唯一の入選となった、
カンボジアで活動するNGO「日本地雷処理を支援する会」の
渡辺栄樹さん(65)に対し、
皇后さまは「雨期になると地雷がたいへんじゃないですか」と
尋ねられたという。
渡辺さんは、現地では円形の地雷が雨によって別の場所に流れ、
子供が遊んで事故が起こっていることを明かし、
「皇后さまが、対人地雷の特性までご存じだったのでびっくりしました」
と述べた。活動に対しては「頑張ってください」との励ましを受けたという。
昭和天皇の命日にあたる7日、皇居・宮中三殿の皇霊殿で、
昭和天皇祭皇霊殿の儀が行われ、両陛下、皇太子さま、眞子さま、
常陸宮ご夫妻、彬子さま、高円宮妃久子さまが拝礼された。
午後の御神楽の儀には、陛下と皇太子さまが拝礼された。
秋篠宮ご夫妻は武蔵野陵(東京都八王子市)で行われた昭和天皇祭山陵に
奉幣の儀に臨まれた。
各宮家は今週もさまざまな公務を果たされた。
秋篠宮ご夫妻は11日、宮邸で、
国立特別支援教育総合研究所理事長から進講を受けられた。
13日には、宮邸で、外務省国際法局長から進講を受けられた。
秋篠宮さまは11日、宮邸で、日本動物園水族館協会会長らと懇談された。
13日には都市センターホテル(東京都千代田区)で、
生き物文化誌学会理事会、評議員会、賛助会員の集いに臨まれた。
高円宮妃久子さまは8日、第一生命ホール(東京都中央区)で、
高円宮殿下メモリアル第12回日本マスターズオーケストラキャンプに
臨席された。
9日、国立霞ヶ丘競技場(東京都新宿区)で、
第90回全国高等学校サッカー選手権大会の決勝戦を観戦された。
11日、帝国ホテル(東京都千代田区)で、
2012年日加協会新年会に臨まれた。
今回は御具合の悪い宮様方が多く心配致しております。
皆様、ご平癒をお祈り下さい。
宮内庁の小町恭士東宮大夫は13日の定例会見で、
皇太子妃雅子さまが体調を崩され、
10日に感染性の胃腸炎と診断されたことを明らかにした。
感染経路は不明で、ウイルスが原因の可能性が高く、
ノロウイルスの疑いもあるとしている。
胃腸の不調や、37度台の発熱などの症状があったが、
すでにほぼ回復し、食欲も戻られてきている。
一時は辛そうなご様子だったという。
しかし、皇太子ご夫妻の長女、敬宮愛子さまは10日、
学習院初等科の始業式を迎えられた。
通学に対する不安は改善し、
昨年末は雅子さまのお付き添いなしで通学する頻度が高くなっていたが、
この日もお一人で登下校し、式典にも出席されたという。
寛仁さまは10日、あごに見つかった腫瘍の治療のため、
入院先の佐々木研究所付属杏雲堂病院(東京都千代田区)で
手術を受けられた。
執刀医の海老原敏院長は翌11日に宮内庁で記者会見を開き、
腫瘍について「がんの再発とみるのが普通」と説明した。
海老原院長によると、寛仁さまの下咽頭を中心に
中咽頭や口腔(こうくう)にがんが広がり、
中咽頭と口腔の右半分を切除して欠損部を腹部の皮下脂肪で再建した。
転移を防ぐため首の両側のリンパ節も一部切除。術後の経過は順調だが、
傷の回復に2、3週間かかり、ご退院の時期は未定という。
手術は約10時間に及び、医師だけでも、麻酔医2人、
形成外科医2人を含む計8人がチームを組んだ。
手術の手法によっては、あごの骨を切り取ることも検討されたが、幸い、
あごを残したまま患部を切除できたとしている。
寛仁さまの顔の表情に影響はなく、飲み込んだり、
話したりされる機能も保たれた。
回復すれば、公務に臨まれることも可能だという。
寛仁さまががんに関連した手術や治療を受けられるのは15回目となったが、海老原院長は、今後同じ場所にがんが再発した場合、
さらなる手術は難しいという見解も示した。
こんなにお体の悪い寛仁親王殿下がまだ公務や私たちに
お心を寄せられる事は本当に有難い事です。
平癒を祈りましょう。
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新年恒例の「歌会始の儀」が12日、皇居・宮殿「松の間」で行われた。
今年のお題は「岸」。天皇、皇后両陛下や皇族方のお歌のほか、
1万8830首の一般応募(選考対象)から入選した10人の歌が、
古式ゆかしい独特の節回しで披露された。
天皇陛下のお招きで歌を詠む召人は
詩人・小説家の堤清二さん(84)が務めた。
宮内庁によると、陛下は昨年5月6日に東日本大震災の
お見舞いで岩手県を訪れ、ヘリコプターで釜石から宮古まで移動した際に、
上空から見た被災地の印象を詠まれた。
皇后さまは、俳句の季語を集めた歳時記に「岸」の項目がないことをとらえ、季節を問わずに、あちこちの岸辺でだれかの帰りを待つ人たちに
思いを馳せられたという。
皇太子さまは中学3年の修学旅行で東北を訪れたときの光景を
題材にされた。雅子さまは東日本大震災の被害に心を痛め、
平成8年に福島市土湯温泉町のハイキングコースで見た美しい自然と
被災地の人々への思いを歌に込められたという。
雅子さまは体調を勘案し、儀式は欠席された。
歌会始のお歌天皇陛下
津波来(こ)し時の岸辺は如何なりしと見下ろす海は青く静まる
皇后さま
帰り来るを立ちて待てるに季(とき)のなく岸とふ文字を歳時記に見ず
皇太子さま
朝まだき十和田湖岸におりたてばはるかに黒き八甲田見ゆ
皇太子妃雅子さま
春あさき林あゆめば仁田沼の岸辺に群れてみづばせう咲く
秋篠宮さま
湧水(ゆうすい)の戻りし川の岸辺より
魚影(ぎょえい)を見つつ人ら嬉しむ
秋篠宮妃紀子さま
難(かた)き日々の思ひわかちて沿岸と内陸の人らたづさへ生くる
秋篠宮家長女眞子さま
人々の想ひ託されし遷宮の大木(たいぼく)岸にたどり着きけり
常陸宮さま
海草(うみくさ)は岸によせくる波にゆらぎ浮きては沈み流れ行くなり
常陸宮妃華子さま
被災地の復興ねがひ東北の岸べに花火はじまらむとす
三笠宮妃百合子さま
今宵(こよひ)揚(あ)ぐる花火の仕度(したく)始まりぬ
九頭竜川の岸の川原に
寛仁親王家長女彬子さま
大文字の頂に立ちて見る炎みたま送りの岸となりしか
高円宮妃久子さま
福寿草ゆきまだ残る斐伊川の岸辺に咲けり陽だまりの中
高円宮家長女承子さま
紅葉の美(は)しき赤坂の菖蒲池岸辺に輝く翡翠(かはせみ)の青
高円宮家次女典子さま
対岸の山肌覆ふもみぢ葉は水面の色をあかく染めたり
高円宮家三女絢子さま
海原をすすむ和船の遠き影岸に座りてしばし眺むる
花橘一首
秋津島 揺れて押し合う岸壁に
宮城人が今 手たむけん
意味・・・
日本が揺れてみなが不安になった時
まず手を差し伸べたのは、皇居におられる方々です。
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20歳の誕生日を23日に迎えた秋篠宮ご夫妻の長女、
眞子さまは同日皇居を訪れ、さまざまな行事に臨まれた。
眞子さまは午前中、宮中三殿を参拝後、宮殿で行われた天皇陛下による
勲章親授式に臨み、皇后や皇太子妃、親王妃と同様の
「宝冠大綬章」を受け取られた。
その後、宮邸に戻った眞子さまは、
袖無しの夜用礼服「ローブデコルテ」に着替えられ、再び皇居へ。
勲章やティアラなどの宝飾品を身につけ、両陛下にあいさつされた。
あいさつを終えた眞子さまは、
宮殿の車寄せで報道関係者による写真撮影に応じられた。
白地に金糸で小花模様をあしらったドレスに上着を羽織り、
笑顔を見せられた。
何てお美しいのでしょう。
ローブデコルテもお似合いで、凛としたたたずまいでいらっしゃる。
これからご公務も増えると思いますが、
記者会見でのお話を伺う限り、お心丈夫でいらっしゃる。
両陛下も目を細めていらっしゃるでしょう。
おめでとうございます。
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