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秋篠宮ご夫妻の長女眞子さまが23日、20歳の誕生日を迎えた。
天皇、皇后両陛下の4人の孫のうち、成人となるのは眞子さまが初めて。
誕生日に先立ち会見し、
今後は「さまざまな行事に参加していきたい」と
成年皇族としての抱負を語った。
眞子さまは、国際基督教大(ICU)2年生。 「できるだけ多く自分の興味のある科目を履修し、
学びの機会を得ている状態」といい、
将来の夢や目標は「学生生活を通していろいろと考えつつ、
徐々に考えをまとめていけたら」と述べた。
東日本大震災当日は宮邸にいて机の下に避難。 テレビを見て「被害の規模の大きさに驚きました」と振り返った。
夏には被災地の岩手県山田町、大槌町、
宮城県石巻市にボランティアで訪れ、子供たちと触れ合った。
今後も震災復興に「何らかの形で携わっていきたい」という。
秋篠宮さまについて「厳しくしつけていただいたことに感謝している」 とする一方、しかられた体験について
「かつては導火線が少々短いところがあった」と、
ちゃめっ気をのぞかせる場面も。
結婚はあまり考えたことはなく、
理想の男性像は「確たるものはございません」とした。
皇族という立場を意識し出した時期については「小学生のあたり」と明かし、「時には不自由に感じることもないことはございませんけれども、その代わりさまざまな機会を与えていただいている」と語った。 皇族のうち、天皇の娘と孫にあたる「内親王」が成人するのは、
黒田清子さん以来22年ぶり。
眞子さま:20歳の誕生日 記者会見でのやり取り問1)
ご成年を迎えるに当たっての感想をお聞かせください。成年皇族として、
公務に臨まれる機会も増えますが、今後の抱負もお聞かせください。
眞子さま)
この度、成年という一つの節目の年を迎えました。
成年というと大分まだ先のことのように思っておりましたけれども、
過ごしてきた歳月を思いますと、あっという間であったと感じております。
これからは成年として、ふさわしい行動を心がけていきたいと思っております。大学が3学期制で、学期ごとの履修でございますので、
予定が立ちにくいところもございますけれども、公的なものを含め、
さまざまな行事に参加していきたいと思っております。
問2)
国際基督教大学では具体的にどのようなことを学ばれていますか。
特にご関心があり、今後専攻される予定の分野もお聞かせください。
スキーサークルに入られていると伺っていますが、
趣味など学業以外ではどのような大学生としての生活を送られていますか。
眞子さま)
国際基督教大学は2年次の終わりまでは専攻を決めず、
さまざまな分野を学ぶことを通して自らの
興味を深めていくというシステムですので、
現在2年生に在学しております私はできるだけ多く自分の興味のある科目を
履修し、学びの機会を得ている状態でございます。
また大学内外を問わずさまざまな人々との交流が自分の身になっていると
感じております。学業以外ではスキー部に所属しておりますけれども、
シーズン中には合宿などに行くこともあります。
またそれに関連するかもしれませんけれど、
スポーツ全般は好きで楽しんでおります。
問3)
将来についてお伺いします。
秋篠宮、同妃両殿下は学生時代に出会い、結婚されました。
女性皇族として、将来のご結婚についてどのようにお考えですか。
理想の男性像と合わせてお聞かせください。
将来の夢や目標についてはいかがでしょうか。
眞子さま)
両親、特に父は私の年の頃には結婚を考えていたようですけれども、
私はまだあまり結婚については考えたことはありません。
理想の男性像に関しましては、確たるものはございません。
将来の夢や目標につきましては、学生生活を通していろいろと考えつつ、
徐々に考えをまとめていけたらと思っております。
問4)
ご家族についてお伺いします。
両殿下は日々公務で多忙な生活を送られていますが、
眞子さまにとってどのようなご両親ですか。
佳子さま、悠仁さまとは普段どのように過ごされていますか。
エピソードを交えてお聞かせください。
眞子さま)
両親とは気軽な話、重要な話の双方話し合える
関係であると思っております。
また自分にさまざまな機会を与えてくれていることをありがたく思っております。父に関しましては、かつてはよく怒る父親でございましたけれども、
最近はすっかり丸くなっております。
母に関しましては、一緒に美術館などに行って楽しむことがあります。
妹は年が近いこともあって年齢を重ねる度に仲良くなり、
今では妹でありながら友人のような関係です。
時には夜遅くまで2人で話していることもございます。
弟は逆に年は離れておりますけれども、
一緒に走り回って鬼ごっこのようなことをしたり、
また最近はいろいろなものに興味があるようで、
図鑑に登場する植物や動物などについて話してくれることがございます。
問5)
3月11日の東日本大震災後
、被災者が使うタオルの袋詰め作業を紀子さま、
佳子さまと一緒に手伝われました。
両殿下も甚大な被害を受けた宮城、岩手、福島の被災地を訪れ、
被災者を励まされました。
未曽有の災害となった今回の震災をどのように受け止められていますか。
震災を通じて感じたことや、今後なさりたいことを、
震災当日の体験談を交えてお聞かせください。
眞子さま)
震災当日は家におりました。揺れがひどくなってまいりましたので、
最初は机の下に避難いたしました。
そのあと、多少、揺れが収まってきたので、家族と庭に出て様子をみました。
しばらくしてからテレビを見て、
今回の震災の被害の規模の大きさに驚きました。
私は両陛下はじめ、ほかの皇族方のようにお見舞いという形の
被災地訪問はいたしませんでしたけれども、
夏にボランティアの一人として被災地でお手伝いする機会がございました。
東京で関係者の方にお話を伺ったり、
またメディアの報道を通して震災の状況について
理解しているように思っておりましたけれども、
実際に行ってみないと分からないことがあると実感いたしました。
また、先日は「文化による復興支援シンポジウム」に
行く機会がございました。地域に根ざす文化を継承、
保存していくことが震災の復興に寄与するということが理解できました。
私自身も今後、何らかの形で携わっていきたいと思っております。
関連質問)
皇族という立場にお生まれになって、大体おいくつぐらいから、
一般とは違うというふうに、ご自身の立場を意識なさいましたか。
皇族に生まれてご不自由に感じたことがありますか。
逆に良かったなというように思ったことをお聞きしたいのですが、
よろしくお願いします。
眞子さま)
そうですね、大体小学生のあたりではないかと思っております。
皇族として不自由に感じたことはあるかというご質問でしたか。
そうですね、時には不自由に感じることもないことはございませんけれども、
その代わりさまざまな機会を与えていただいている事が、
できていると思っております。
関連質問)
先ほどお父さまのことで、昔と違って最近は丸くなってきた、
とおっしゃっていましたが、
どのような時にそのようなことをお感じになりますか。
何かエピソードがあれば教えてください。
眞子さま)
難しいですね、なかなか……。
全般的に、昔はよく怒る、本当にそれしか言いようがないのですけれども、
厳しいこともありましたし、
厳しいことに関しては、厳しくしつけてくれたことに
感謝しているんですけれども、
導火線が少々短いところがあったと申しますか……。
でも、最近はめったなことでは、すぐには怒らなくなったので。
そういうことだと思っております。
関連質問)
例えばどんなことで怒られたのですか。ちょっとしたこと、というのは。
眞子さま)
どんなことで……。エピソードがありすぎて、ちょっと絞れませんので、
失礼いたします。
関連質問)
先ほど被災地のボランティアのお話が少し出ましたけれども、
多分お一人ではなく仲間の皆さんと行かれた、
というようなことをお伺いしていますけれども、
地域としてはどの辺に行かれて、被災地を見た時にどう思われたか、
どのような活動をされたのか、教えていただければ。
眞子さま)
はい。地域としては岩手県の山田町、大槌町、
それから宮城県の石巻市の方で、子供に関連する活動をしておりました。
どのように感じたか、
というのは先ほどの質問にお答えさせていただいたように、
東京でいろいろな方にお話を伺ったり、
またメディアを通して知るということと、また、
実際に行くことでしか感じられないことがあると、そういうふうに思いました。
関連質問)
その実際に感じられたことというのは。
眞子さま)
そうですね。被災した方にお話を伺ったこともございますし、
あとまた、言葉にするのが難しいですけれども、
実際自分の目で見てみないと、どういう状況か、
というのは感じ取れないのじゃないかと私は思いました。
関連質問)
かなり、がれきとかが残っている状況の時に行かれたのですか。
眞子さま)
そうですね。
関連質問)
子供に関する活動というのは、例えばどんなことでしょうか。
眞子さま)
そうですね。
夏休みの出前講座のお手伝いという形で参加させていただきました。
関連質問)
お勉強のお手伝いですか。
眞子さま)
そうですね。ただ単にお勉強というのではなく、
夏休みの思い出になるような形の、そういう出前講座。
関連質問)
一緒に遊ばれたりですか。
眞子さま)
それも、はい、ありました。
眞子内親王殿下、御成年まことにおめでとうございます。
色々な体験を通して眞子内親王殿下が大人の女性になったと
畏れながら感じました。
また、被災地に行き、被災者とふれあい、ボランティアをなさっていた事は
初めて知りましたが、眞子内親王殿下は幼い弟宮もおりますから
子供とのふれあいもおできになられたでしょう。
これからもより健やかに、より可憐に充実した日々が過ごせますよう
心より祈念いたします。
眞子内親王殿下初参内の時
モッコウバラ 眞子内親王殿下のお印 |
皇室関係
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皇室での出来事を書いています。
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天皇陛下の叔父で、昭和天皇の末弟にあたる
三笠宮さまと同妃百合子さまが22日、ご結婚70年を迎えられた。
結婚記念日に先立ち、ご感想を文書で発表し、
70年の歳月を振り返りながら、ご
夫妻そろって「感謝の言葉も見付からない」とお気持ちを述べられた。
三笠宮さまは皇室で最高齢の95歳、百合子さまは88歳。
昭和16年に結婚し戦況が厳しくなる中、新婚生活を送られた。
陸軍大学校を卒業後、陸軍参謀として中国・南京へ赴任した三笠宮さまは
当時を振り返り、
「留守を守っていた妻の労苦は並々ならぬものであったに違いない」
とねぎらわれた。
戦後東大文学部で勉強されていた時期、
公務で授業に参加できなかったときに友人から借りたノートを、
百合子さまが夜のうちに写されたというエピソードも披露。
「教室で筆記するより大変だったろう」と振り返られた。
5人のお子さまに恵まれた百合子さまは戦後、公務と子育てにご尽力。
「70年もたったとは思えません」とし、
「あまり頑健でない私を、いつもいたわってくださった宮様のおかげで
今日まで長生きできましたこと感謝の言葉もございません」と述べられた。
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天皇、皇后両陛下は21日、皇居・御所で、オーストラリアのカウラ市出身で、同市で日本庭園の建設や管理に尽くしたドン・キブラー氏と懇談された。
宮内庁によると、今回は両陛下の強いご意向で懇談が実現した。
その経緯について少し説明したい。
両陛下は皇太子時代の昭和48年、オーストラリア、ニュージーランド
両国をご訪問。その際、カウラ市にも立ち寄られた。
カウラ市にはかつて、日本人の捕虜収容所があった。
昭和19年8月、日本人捕虜らは脱走を計画したものの失敗し、
234人が死亡する事件が発生。死亡した日本兵は、
カウラ戦没者霊園の一角に設けられた日本人墓地に葬られ、
現地の人々により手厚く管理されてきたという。
両陛下はカウラ市訪問の際、日本人墓地で供花されたが、
側近によると、両陛下はそれ以来、カウラで亡くなった日本兵と墓地を
管理してくれたオーストラリアの人々に心を寄せられてきたという。
平成4年には紀宮さま(黒田清子さん)、
7年には秋篠宮ご夫妻が同じカウラ日本人墓地を訪れ供花されているが、
側近は「両陛下はカウラへの思いをお子さま方にもしっかり
伝えられたのではないか」と話す。
側近によると、そのカウラで生まれ育ったキブラー氏は、少年時代、
日本兵脱走事件を目の当たりにし、
日豪の架け橋になりたいという思いを強くしたという。
カウラに日本庭園を建築することに尽力し、現在も日本庭園財団会長、
日本庭園協会会長、カウラ日本協会会長を務める親日家だ。
昨年来日した際、キブラー氏の経歴が新聞で報じられ、
その記事が両陛下の目にとまり、キブラー氏との懇談を強く希望されたという。
両陛下との懇談を終えたキブラー氏によると、両陛下は、
同氏やカウラの人々に対し、
日本人墓地を守っていることや日本庭園を建設し運営してきたことへの感謝の気持ちを述べられたという。
陛下は17日、皇居・神嘉殿で、神嘗祭神宮遙拝の儀に臨まれた。
続いて、宮中三殿の賢所で、神嘗祭賢所の儀が行われ、
陛下、皇太子さま、秋篠宮ご夫妻、常陸宮ご夫妻、寛仁親王殿下、
高円宮妃久子さまと次女の典子さまが拝礼された。
皇后さまは、右膝下の下腿筋膜炎のため欠席された。
がんの手術後、宮邸で療養していた寛仁さまが皇居を訪問されたのは、
9月27日の退院後初めて。
両陛下は18日、皇居・宮殿で、ハイチやゴラン高原、
スーダンなどで活動した国際平和協力隊員124人と懇談された。
陛下はお言葉で
「国際平和協力隊として、ハイチ、ゴラン高原、ネパール、スーダン、
東ティモールにおいて、地域の安定と平和のために尽くしてこられたことを
誠にご苦労に思います。危険を伴う厳しい環境の中での任務には、
計り知れない苦労があったことと察しています。
この任務が滞りなく行われたことは意義深いことでした。
どうかくれぐれも身体を大切にされ、今後も元気にそれぞれの職務に
努められるよう願っております」と述べ、関係者や隊員らに「ご苦労さまでした」と言葉をかけられた。
皇太子さまは21日に山口県に入られた。22日に山口市で
「第11回全国障害者スポーツ大会」の開会式に出席し、同日夕帰京される。
秋篠宮さまは17日、進化生物学研究所(東京都世田谷区)で、
生き物文化誌学会事務局会議に出席された。
19日、山階鳥類研究所(千葉県我孫子市)で、所員会議に出席された。
秋篠宮妃紀子さまは17日、宮邸で、
第59代ホノルル「桜の女王」らと懇談された。
18日、リーガロイヤルホテル東京(東京都新宿区)で、
「第14回秩父宮妃記念結核予防功労賞表彰状贈呈式」に臨席された。
常陸宮ご夫妻は19日、明治記念館(東京都港区)で、
「第23回高松宮殿下記念世界文化賞」の授賞式と祝宴に臨席された。
三笠宮さまは17日、宮邸で、離任する駐日トルコ大使と懇談された。
寛仁親王殿下は18日、宮邸で、離任する駐日トルコ大使と懇談された。
21日、宮邸で、新任皇宮護衛官とお会いになった。
高円宮妃久子さまは15、16の両日、岐阜県をご訪問。
「高円宮牌2011女子ホッケー日本リーグ」最終節を観戦された。
20、21の両日、愛知県を訪問し、
「2011年度国際海洋少年団協会年次総会」のレセプションに臨まれた。
21日午後には国立西洋美術館(東京都台東区)で、
「プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影」開会式に臨席された。
久子さまと次女の典子さまは18日、
千鳥ヶ淵戦没者墓苑(東京都千代田区)で、
千鳥ヶ淵戦没者墓苑秋季慰霊祭に臨席された。
今週も両陛下、宮様方お忙しくていらっしゃいました。
特にお忙しくても宮中祭祀をかかさなかった皇后陛下が
お休みになられたのはとても、ご心配です。
また寛仁親王殿下が、手術のあと、御所にご訪問されたのは
とても嬉しい事です。
そして週に1回は必ず悠仁親王殿下を御所に連れて行かれる
紀子妃殿下。帝王学も自然と身につかれる事でしょう。
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天皇、皇后両陛下は18日、皇居・宮殿で、ハイチやゴラン高原、
スーダンなどで活動した国際平和協力隊員124人と懇談された。
陛下は「危険を伴う厳しい環境の中での任務には、
計り知れない苦労があったことと察しています。
この任務が滞りなく行われたことは意義深いことでした」
と、国連の平和維持活動などに従事した隊員らをねぎらわれた。
本当にお勤めお疲れ様でした。皆様も両陛下に会われ、
労をねぎらわれて本当にお慶びと思います。
また両陛下にはご多忙の中、このようなお時間をいつも作って下さること
心より感謝申し上げます。
皇后陛下の御身がとても気になります。急な寒さの中で
お痛みも激しいと思いますし、足が隠れるスカートをお召しなので
御み足も相当痛いのではとお察します。
どうか皇后陛下の御身が平癒されますように。
両陛下のご健康を心よりお祈り申し上げます。
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寛仁親王殿下の長女、彬子さまが勤務先の
立命館大学衣笠総合研究機構の業務で、11月5日から24日の日程で、
英国・ロンドンに出張されることが18日の閣議で報告された。
宮内庁によると、彬子さまは大英博物館で、
同博物館が所蔵する日本美術コレクションの資料調査を行われる。
彬子さまは大英博物館の日本美術収集・展示から英国人の
日本美術観の変化を論じた論文により、昨年、
英オックスフォード大で博士号を取得された。
今回は博士論文で扱えなかった1930年代以降の収集をテーマにご研究。
同研究について、文科省の補助金「科学研究費」の助成を
平成23〜25年度にわたって受けられるという。
彬子女王殿下は、とても日本文化に対し探究心旺盛でいらして
和楽などの雑誌で連載もしておられます。
その中で解りやすく日本美術や着物について話しておられるので
とても親しみもわく女王殿下ですが、博士号を取得されているのは
皇族では彬子女王殿下と秋篠宮文仁親王殿下だけなんですよ。
これからの健やかな日々とご活躍を祈念します。
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