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東日本大震災で発生した岩手県の
災害廃棄物(がれき)の受け入れを発表した東京都に対し、
『放射能を拡散させないで下さい』などと反対するメールや
電話が寄せられていることが30日わかった。
都環境局によると、受け入れが発表された9月28日夜以降、
29日に<電話129件・メール33件>
30日に<電話222件、メール61件>の苦情が寄せられ、
大半が、『被災地支援もわかるが、子供がいて不安』
『放射能を入れてくるな』と言う反対意見の内容。
来年3月までに岩手県宮古市のがれき計1万1千トンを処理する予定。
鉄道で都内の民間破砕施設に
輸送して処理後、東京湾に埋め立てる。
このがれきを処理した焼却炉を岩手県が検査した所、
1キロ当たり133ベクレルの、放射線セシウムが検出されたが
国が災害廃棄物の広域処理で定める基準値
1キロ当たり8千ベクレルを大幅に下回っている。
都は30日、岩手県などと災害廃棄物の処理基本協定を締結。
今後は宮城県とも同様の協定を結び、岩手、宮城県のがれき役50万トンを
受け入れる方針。
何度となくこういうニュースを聞きますけど、
そのたびに怒りが静かにこみ上げてしまいます。
自分の住んでいるところじゃなく、
被災地に押し込んでおけといいたいのですか?
『被災地支援もわかるが、子供がいて不安』>
全然被災地支援解っていないじゃないですか。
被災地に子供がいたら放っておくのですか?放射能があると言うことで。
是非お聞かせ願いたい。
『放射能を入れてくるな』>
レントゲン検査をした事無いのでしょうね…
つまりは自分の為ですよね。
こういう反応はね世界から
日本は何て冷たい国なんだろうと言われ
失笑されるだけです…
その放射能があるだろう所にボランティアの方
自衛隊の方、そして御皇族の方も
行かれました。
もう一度言います。
自分の生活だけが安泰ならそれでいいのですか?
情けも優しさも無い日本になってしまったようです。
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天災・地震・事故・事件
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地震や自然災害、事件事故などを綴りました。
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九電社員、農家装い「売れ行きに原発影響ない」
九州電力の「やらせメール」問題に関する
第三者委員会の調査結果で、
またも驚くべき事実が判明した。
2005年のプルサーマル発電を巡る佐賀県主催の公開討論会で、 県と九電が事前に進行を打ち合わせ、
九電社員が農家になりすまして発言するなど
巧妙な世論操作の実態が浮かび上がった。
◆周到な準備◆ 討論会は05年12月25日、佐賀県唐津市のホテルで開かれた。 科学ジャーナリストをコーディネーターに、推進派と慎重派の学者ら6人が
パネリストとして参加した。
第三者委の調査結果によると、九電は討論会を成功させるため、 県に対する全面的な協力体制を敷いた。
事前の県との打ち合わせで質問者の配置を決め、
議事録にまとめていたという。
3連休の最終日で、クリスマス当日だったこともあり、 来場者が少なくなることを懸念し、社員らを徹底して勧誘。
その結果、約700人で埋まった会場の半数を九電関係者が占めた。
6ブロックに分けられた会場で「仕込み質問者」を分散させ、 それぞれに支援部隊を20人ずつ配置。
プルサーマル発電の安全性を印象づけるため、
最後は「推進の質問」で終わるようなシナリオを作成し、県に渡していた。
「コーディネーターに質問者の着席位置を伝えておく」
と記載された社内資料も残っているという。
◆7人が九電関係者◆ 討論会では、18人が質問に立ち、 賛成派8人のうち7人が九電関係者だった。
ほとんどが九電が用意した原稿を読み上げる形で発言。
最初に質問した社員は手帳を見ながら、 「危ない、危ないと言われて、玄海1号機が運転を開始して30年近くたつが、私の家で作っている米とか野菜が放射能の影響で売れなくなったことはない」と農家を装った。
怒りがこみ上げる…
そのやらせのせいで何人が犠牲になったか。
農家の苦労も知らないで農家のフリをするなんて。
全て利益を得んがための行為。九電!あんたらだ!!
人の安全よりも儲けが第一…
一番危険なのはやる気の無い政治家と
足の引っ張りあいの政治屋。
そして何より九電!あんたらだ!!
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自衛隊讃歌(一献歌)
「自衛隊員のみなさん ありがとう」
一 献 歌(いっこんか)
東日本大震災の
瓦礫(がれき)の山に 胸痛む
不眠不休の自衛隊
いざ鎌倉と奮い立つ
君盃をあげ給へ
いざ吾が伴よ
先づ一献
雪舞う海に身も凍る
国の防人(さきもり)の勤めだと
唇かんで 眉あげて
多くの屍抱いて泣く
君盃をあげ給へ
いざ吾が伴よ
先づ一献
ああ・・わが父母(ちちはは)よ、わが子よと
思えば涙込み上げる
無念の姿に手を合わす
ああわれ「国軍」の誇りあり
君盃をあげ給へ
いざ吾が伴よ
先づ一献
国の大事に惜しむな命
熱い血潮をたぎらして
冷たき夜空の月を見る
男命は国のため
君盃をあげ給へ
いざ吾が伴よ
先づ一献
(吉水神社 宮司 佐藤 素心 作)
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「大地震お祝い」に全北謝罪 C大阪社長「国のこと言われれば抗議」
27日に韓国・全州で行われたACL準々決勝・全北―C大阪戦で、
全北サポーターが東日本大震災で
被災した日本をやゆするメッセージを掲げた問題でC大阪関係者は28日、
全北側から謝罪があったことを明らかにした。
「一部の心ない人たちのために、申し訳ないという話でした」。 会場の応援席には「日本の大地震をお祝います」(原文のまま)と
日本語で書かれた幕が掲げられ、
C大阪のスタッフが運営側に指摘し試合中に掲示をやめさせた。
藤田信良社長は 「心ない人はどこにでもいるし、全ての全北サポーターがそうではない。
ただ、国のことを言われれば、われわれとしては抗議しなくてはいけない」
と話した。
既にAFCに抗議文を提出しており今後の処分などはAFCに委ねられる。
被災メッセージ問題 韓国でも批判「常識ないサポーターが国に恥かかせた」 27日に韓国・全州で行われたACL準々決勝・全北―C大阪戦で、
全北サポーターが東日本大震災で被災した日本を
やゆするメッセージを掲げた問題で、
韓国の一般紙「朝鮮日報」のホームページは29日の日本語版で、
チャン・ミンソク記者の署名記事で
「日本のスポーツ紙、スポーツニッポン記事」として、
問題の事実関係や日本ファンや、C大阪の反応などを報じた。
その上で、記事の後段では、日本の反応の中には 「その怒りは全北現代サポーターにとどまらず、
韓国全体に対する露骨な非難にもつながっている」と指摘。
さらに「韓国人からも“常識がない少数のサポーターが国に恥をかかせた
”“絶対にしてはならない行動だった”などの声が上がっている」と結び、
韓国内の反応を伝えた。
「大地震お祝い」の垂れ幕問題、全北が公式謝罪27日に全州(チョンジュ)ワールドカップ競技場で開かれた
アジアサッカー連盟(AFC)チャンピオンズリーグ全北現代
(チョンブク・ヒョンデ)とセレッソ大阪の試合で、
全北の一部ファンが日本の大地震を祝うという内容が書かれた垂れ幕を
掲げ議論を呼んでいる。
このニュースは複数の日本のスポーツ紙を通じ報道され、 このニュースに接した日本のネットユーザーだけではなく、
韓国のネットユーザーらも激怒し、理解できないという反応を見せている。
一部ファンの非常識な行動が物議を醸すと全北球団は28日午後に 球団公式ホームページを通じ、
「一部ファンの不適切な行動で物議を醸した点を頭を下げて謝罪申し上げる」と謝罪した。
また、「今回の件で失意に陥った日本国民とサッカーファンに 深く謝罪の言葉を伝える。
今後こうしたことが再び起きないようより一層努力する」と付け加えた。
全北は問題の垂れ幕を製作・掲示した人物の身元を把握し次第、 競技場出入り禁止などの制裁措置を取る計画だ。
一方、セレッソ側は試合後にAFCに公式提訴し、 今後AFCの決定により全北球団はホーム試合の管理責任を問われ
懲戒を受ける可能性がある。
その場で垂れ幕を掲げた人物を捕まえなかった。
それだけでも私は日本を馬鹿にしているのでは?と言う不信感を抱いた。
本当に心からの謝罪なのか。
申し訳ないが疑ってしまう。我が家の花ちゃんも今回の震災で両親を亡くした。
そんな人はたくさんいる。それが悲しい現実であり事実。
生活が破綻して何もかも失った人は多い。けれど復興に頑張っているからこそ
今回のことは真摯に受け止めて今どれだけ悲しく怒りの声を
あげているか…
きちんと目をそらさずに受け止めるべきだと想う。
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こんな記事を見つけましたので、掲載します。
僕は、仕事より家族優先で今までやってきましたから、そんなに思わないけど、あの日以来、多くの人は価値観が変わったのでしょうね。
仕事観、人生観
震災は人をどう変えたか
東日本大震災を契機に、多くの日本人が自らの働き方を見つめ直し始めた。アンケートの結果を基に、どのような価値観が重視され始めたのか、震災後の労働観の変化を考察する。
■7割が家族との時間を重視し始める 東日本大震災後実施されたアンケート調査で、多くの人の仕事観や働くうえで求めるものに変化が起こっていることを示唆する結果が出ている。 私が見つけられる限りで最も大規模なのは、アクサ生命保険が、震災3カ月後に行った20〜50代までの生活者約1万人を対象に行った調査であり、ここでは大きく3つのパターンが観察されている。
第一が、安心・安全など、エイブラハム・マズローの言葉を使えば“低次元”の欲求だとされる要因の重要性が認識されたことである。 例えば、自分や家族の将来に不安を感じると答えた人が70%を超えており、さらに日本という国についての不安を感じる人はさらに多く、約80%である。また、その逆の動きとして、自分のことは自分で守るしかないという自分頼みの傾向が観察されている。
大震災は、多くの人にこれまで盤石だと思っていた身の回りの安全が脅かされる可能性を認識させたのであり、その意味でマズローの言う欲求段階の回帰(高次元の欲求から低次元への移動)が瞬間的に起こったのだろう。 実際、これ以降行われた調査を見ると、安全・安心欲求への回帰はあまり目立っていない。
これに対して、アクサ調査で見ることができ、その後の調査でも観察される第二の変化に、社内での評価や処遇への関心の低下と、「家族・家庭」への強い志向がある。 例えば、アクサ調査で震災前と後の変化を尋ねたところ、働くうえで高収入が重要だと答えた人が10%以上減少し、社内での出世や昇進などを重要視する割合も5%程度減少している。
逆に増加しているので目立つのが、家族の近くで働ける仕事の重要性である。数字としては5%程度の増加ではあるが目立っている。
他の調査でも同様である。転職支援会社ビズリーチが、同社に登録している会員約1300人を対象に行った調査では、震災後に「ワークライフバランスを考え、家族とのプライベートな時間も大切にするようになった。」と答えた回答者が65%もいるのである。明らかに仕事で重視する要素として、「家族のためになる」、または「家族と一緒にいることができる」という点が強調されているのである。 本誌が行った調査でも、震災後、家族と過ごす時間が増えたと答えた回答者(既婚者のみ)は69%である。企業の節電対応のなかで必然的に家族と過ごす時間が増えた人もいるだろうが、多くの人が、震災後、家族との時間を重視するようになった可能性がある。 ■社会貢献への意識が2倍以上増加 そして第三の傾向が、仕事の内容に関して、他人や社会への貢献や自己実現といったやや青臭い要素が重視されるようになったことである。 この点は、先にも述べた高収入や昇進・出世などへの関心の低下と際立ったコントラストを見せている。どの調査を見てもほぼ同様に、仕事の社会的意義や社会的貢献、または自己実現が強調されているのである。
例えば、JTBモチベーションズが大震災から2カ月後の5月中旬に約1000人を対象に行った調査では、「社会に貢献する仕事をしていきたい」という回答が2010年12月の調査に比較して2倍以上に増えており(11.8%→27.4%)、また役職が高いほどこうした意識は強い(部長クラスで37.8%)。 同様の結果は、本誌調査でも強く見られ、1年ほど前の調査に比較して、モチベーションの源泉として「社会や他人への貢献」を挙げる割合がほぼ2.6倍増、「仕事自体のおもしろさ」を挙げる人がほぼ1.5倍増である。 本誌調査は、他の調査に比べて時期が新しいので、こうした傾向が比較的持続していることがわかる。
いうなれば、仕事観や働き方についての考え方は、震災直後大きく安全・安心にふれたがその後その傾向は弱まり、そのなかで家族や家庭志向、そして社会貢献志向、社会に役に立つことによる自己実現が強いまま維持されたということかもしれない。仕事観のなかで新しく重要になってきたキーワードは、家庭・家族、他人や社会への貢献、自己実現などだろう。 ここに示したような傾向がどこまで維持されるかは、時間がたたないとわからない。だがひとつ言えることは、今回の大震災直後、多くの日本人が、自分たちの働き方について少なからず疑問をもち、「何のために働いているのか」を問いかける瞬間を経験したのは恐らく間違いない。自らの働く意味についての小さな問いが生まれた、という言い方でもいいのかもしれない。 いうなれば、これまで多くの人が何を求めて働くのかをきちんと考えることなく、なんとなく会社と仕事を選び、会社に入ってからは企業が提供する昇進や処遇を、自らの目標だと定めて職業生活を過ごしてきたのが、今回の震災はそうした選択で前提としていた大切なものを疑わせる結果となったのだろう。 またはこれまで薄々感じていた自分のなかの仕事観の変化が一挙に顕在化したのかもしれない。ここしばらくワークライフバランス議論などを通じて、仕事生活における家庭や家族の重要性が指摘され、また社会的貢献の意義などについても強調される環境で、一人ひとりに少しずつ染み込んでいたものが、大震災で一挙に現実感を帯びたのである。 やはり、仕事はカネのためにやるのでは意味がなく、家族のためや、社会に貢献するためにやるのであった……。少しずつ蓄積されていた変化が一挙に凝固したのかもしれない。 ちなみに、内閣府の世論調査によると、「何か社会のために役立ちたいと思っている」と答えた人の割合は、1990年代以降に急上昇している。80年代は軒並み4割程度だった社会貢献意識が、91年のバブル崩壊後に63.9%まで上がった。 その後は、08年まで60%台後半を維持し、10年には65.2%と若干低下したものの、全体的には高い傾向が続いている。社会貢献欲求の高まりにも予兆があったのだ。 実はこのほうが現実的な解釈かもしれないとも思う。私の想像だが、恐らく70年代あたりの高度成長期にこの大震災が起こっていたら、今回多くのデータで示された、深く心の内側を見つめあうような変化は見られなかったかもしれない。 落胆か反発か、いずれにしても、もう少し震災に対するストレートな反応が見られた気がする。その意味で日本の社会のゆっくりとした、でも大きな変化と連動した動きなのかもしれない。 ただ、考えてみると「自己実現」という極めて個人的な欲求と「社会貢献」という社会性を帯びた欲求が同居しているのは不思議な感覚でもある。また家庭・家族回帰と人のために役に立つ仕事をしたい、という2つも場面によっては矛盾があるだろう。家族・家庭という極めて個人的な場を守るという考え方と、社会に対して役に立つことが相反する状況はいくらでも考えられるからだ。 ■ワークライフバランスへの取り組みが企業の課題 恐らく、現実は、多くの人のマインドのなかで、自分の仕事の社会的意味を問い直し、社会的貢献を通じて自己実現をしたいという欲求が芽生えたのであろう。社会に役に立つことを通じての自己実現という感覚だろうか。でも、この両者は少し考えると矛盾する要素を含むものであり、両者の間に折り合いをつけるにはかなり高度なレベルでの思慮と覚悟が必要なはずだが、それを抜きにして、安易に社会貢献による自己実現が可能だと考えてしまうことに危うさが潜んでいる気がする。 そこには大震災の前から議論されている「自分に合った仕事」が与えられなかったから早期に退職する若者たちと同様の構造が隠れていないか。 「自分に合った仕事」も「人の役に立つ仕事」も、それが自己実現につながるためには、それなりの投資が必要で、押しつぶされそうになる「自分に合ってない感覚」や「人の役に立ってない感覚」を乗り越えないと獲得できないものなのだ。 また、家族・家庭を大切にするということも、単純に家族と一緒にいる時間を多くすればいいということではない。過度に走った感は否めないが、高度成長期の猛烈サラリーマンは、家族と過ごす時間は少なかったけど、家族・家庭を守るという「心のなかのワークライフバランス」を重視していた人が多かった。 今回の震災は、ある意味では働き方を見直し、また生き方を再考するいいきっかけである。働き方の選択には、「仕事をするうえで何を大切にするか」という選択と、「それをどう実現していくか」という2点があり、大切にするものの選択は、必ずしもそのまま実現の方法と同じではない。両方の選択が揃ってはじめて働き方の選択になる。大震災がゆさぶりをかけたのは、「大切にするもの」のほうなのであろう。 これまで自分が大切だったと思っていたものが、案外もろいものだと知り、本当に自分が何のために働いているのかを知りたくなった。そのなかで、震災前からの社会的なトレンドと一致したのが、家族であり、社会貢献だったのかもしれない。 ただ、それをどう実現していくかについての思考はあまり進んでいない気がする。キャリア形成において言われるように、何を大切にするか(キャリア論の世界では、例えばキャリアアンカーと呼ばれるもの)の選択と、それを実現するための実現戦略とが両方必要なのである。 後者がないと、時間がたつにつれて、企業が達成への道筋をある程度提示する目標(昇進や高収入)を自分の目標として受け入れ、そこに邁進するようになる。またはそうでなければ夢のような“適職”を求めて、転職の迷路をさまようことになる。 仕事を通じた自己実現のためには、そのための戦略が必要なのだという単純な事実である。 せっかく節電対応で家にいる時間も多くなったのだから、仕事で大切にしたいものとその実現の仕方をもう一度考えてみよう。
また企業のほうもこれに対応する必要がある。働く人はそれでも社会への貢献感や家族を守ることを求めているからである。また、前記JTB調査によると震災後の企業対応の評価が、働く人のモチベーションに影響があるという結果も出ている。
家族との時間については、一層のワークライフバランス・ニーズへの対応が必要だろう。例えば在宅勤務の進展なども大切で、情報技術の発展によって、生産性を落とさず工夫できる余地が大きくなり、現実的になってきた。 でも、本当に重要なのは、ワークライフバランスといっても、家族と一緒にいる時間の提供だけではないということだ。本当に必要なのは、家族が安心して暮らせる基盤を確保するためにどこまで企業が支援できるかであろう。 また、社会貢献については、単純なボランティア休暇などだけではなく、企業のビジネス自体がどのような形で社会に貢献しており、またその程度を高めていくためにはどうすればよいのかを社員と共有することだろう。 企業の本来の仕事は経済活動である。本来の業務活動を通じて社会に貢献する姿を働く人に見せ、その動きに従業員を組み込む。実際、大震災後、それができている企業では活き活き働いている人が多かった。それが仕事を通じた社会貢献を願う従業員が最も求めることかもしれない。 |




