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実は花橘に内緒にしていたことがある。
今日婿殿は時間休もらって早く着く事
余程高速飛ばしてきたのか汗だくだった。
病院について早速電話。
『今どうしてる?』 『髪の毛とかしてたの、仕事は?休憩中?』
『あぁ今日は早く終わりそうで』 『明日会えるね…
『明日はいーから窓から下、見てみな。』そこには愛する婿殿の姿
『えっ…うそ…』 『お前に逢いたくてすっとばして来たよ。』
『うそ…』と言ったまま嬉しすぎて泣いちゃった花橘さん
可愛過ぎでしょ(^^)v
『逢えて嬉しい?』 『うん…』 『じゃ泣くなよな』
これ以上やり取り書いてたら地球温暖化にしてしまうので…(^▽^;)
会社が終わり、こっちに向かうと電話があり私と姥桜さんでサプライズ決行
思った以上の可愛い花橘さんの反応に私と姥桜さんで
ムフフ(^m^)笑いしてハイタッチ
愛し愛されているふたりを見てるとついついにやけちゃいます。
そこだけ空気が違うのよね。
本当に逢いたかったんだなという想いや、
大切にし合っているんだな
と言う愛情。
それを病気を超えて育むことは並大抵じゃない。
健常者だって並大抵じゃない。
ハンデがある中で愛し合う二人がいる事を幸せに想います。
まぁ、看護師さんとかに『当てられっぱなしなんですよ〜』とは言われるけれど
それはそれでいいと想うの。
だって愛って溢れちゃうんだよね
ただキスするときは人がいないのを充分確かめるように!
以前目撃して、す〜ごく当てられたので
ごゆっくり〜(^m^)ムフフ…
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今日もてくてく
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日頃思った事や気が付いた事を書き連ねています
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<「庚寅」干支入り大刀>福岡で出土 日本書紀裏付け
福岡市教委は21日、同市西区の元岡古墳群G6号墳(7世紀中ごろ)で、
干支(えと)で570年を意味する「庚寅(こういん)」の文字を刻んだ
象嵌大刀(ぞうがんたち)が見つかったと発表した。
記された月日の表記は、朝鮮半島の百済から暦を導入したとする
日本書紀の記述を裏付けるもので、
暦使用の実例としては日本最古となる画期的な発見となった。
古墳出土の銘文入りの刀剣の発見は今回で7例目、 うち干支や年号が入った紀年銘は4例目。
いずれも1980年代までの発見で、出土自体も非常にまれ。
市教委によると、G6号墳(直径約18メートル)の横穴式石室を調査中、 7世紀中ごろの土器と共に鉄製大刀(75センチ)が見つかった。
X線撮影の結果、大刀の根元の背の部分に、
「大歳庚寅正月六日庚寅日時作刀凡十二果□」(□は「練」の可能性)の
19字が、1文字5〜6ミリ四方の大きさで約12センチにわたり見つかった。
表面を細い溝で刻み、中に金か銀とみられる文字を作っていた。
日本製の可能性が高い。
年号の干支を示す最初の「庚寅」と、「正月六日」の干支の「庚寅」から、 年代は570年と判明。意味は「570年1月6日に刀を作った。
およそ12回鍛錬した」という。大刀の製造は570年だが、
同古墳造成の7世紀中ごろまでと時間差が認められる。
日本書紀によると、日本は553年に百済に暦博士の派遣を要請、 翌年、暦博士が来日する。この時もたらされた暦は、
中国・南北朝時代の宋で作られた「元嘉(げんか)暦」とみられる。
元嘉暦は、5世紀の雄略天皇の時代から既に使われていた 可能性が指摘されている。
今回の大刀に書かれた「庚寅正月六日庚寅」のうち、
570年と1月6日の干支が「庚寅」というのは、いずれも元嘉暦と一致する。
坂上康俊・九州大教授(日本古代史)は 「干支の入った確実な日付としては初の発見。
具体的な暦が分からないと刻めないので、元嘉暦を知っていた証拠だ。
暦博士の来日後、元嘉暦が普及したことを初めて確実に示す極めて
貴重な資料」と話す。
大刀は9月28日〜10月9日、 福岡市博多区の市埋蔵文化財センターで展示される。【大森顕浩】
◇「空白の6世紀」埋める 暦使用の実例としては日本最古となる貴重な文字が、 古墳から見つかった大刀に刻まれていた。
福岡市西区の元岡古墳群G6号墳(7世紀中頃)で出土した
「庚寅」銘の鉄製大刀。文字資料が極めて少ない時代で、
年代が確実に分かる新たな文字資料であると同時に、
朝鮮半島からの暦の導入も証明する画期的な資料だ。
大刀には「570年1月6日」を示す 「大歳庚寅正月六日庚寅」の文字が刻まれていた。
平川南・国立歴史民俗博物館館長(日本古代史)は
「大歳」という文字に着目する。
日本書紀が引用する百済の歴史書「百済本記」に同様の使用例があり、
百済の寺跡から出土した石造舎利容器にも刻まれ
「567年」を示す例があるという。
「百済の暦の使い方と同じ。
百済から暦博士が来たという日本書紀の記述の正しさを証明した大発見だ」
と驚いている。
日本の文字資料について、6世紀は空白の時代と言われる。 日本書紀(8世紀)以前では、7世紀は木簡があり、
5世紀には埼玉県・稲荷山古墳の鉄剣▽熊本県・江田船山古墳の大刀▽
千葉県・稲荷台1号墳の鉄剣などがある。
しかし6世紀には島根県・岡田山1号墳の大刀程度しかない。
「6世紀は日本の国家の転換期。日本書紀の記述が事実かどうか、
当時の資料で確認する必要があるだけに、今回の発見は非常に重要」という。
大刀の性格について、福岡市教委の菅波正人係長は、 古墳の場所に注目する。一帯は当時、
日本が朝鮮半島に軍を派遣した際の根拠地だった。
古墳からは今回12センチの銅製の鈴も出土しており、
古墳時代では国内最大級。大きな権力を持った被葬者の存在を示す。
「大和政権が、関係が深かった地元の有力豪族に授けた大刀だったのでは」
と指摘する。
坂上康俊・九州大教授(日本古代史)は 「大和政権の九州支配強化のためではないか」と想像する。
これに対し、平川館長は「朝鮮半島に近く、 当時の高度な技術が北部九州にはあった。
それを基に地元の有力者が大刀に銘文を刻んで残す文化があったのだろう」と推測する。
すごいものが発見されましたね。
歴代天皇の功績をめぐって、第二代天皇綏靖天皇(すいぜいてんのう)から
欠史八代と言われ、その八代の天皇の資料が未だ不明と言う中、
雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)から継体天皇(継体天皇まで)
ほぼ、謎とされていて、日本書紀と古事記、
続・日本書紀との一致が無かった。
だが今回日本書紀との一致はとても大きな意味を持ち、考古学的にも
歴史的な発見と言うのは間違いないだろう。(花橘:談)
上画像:日本書紀写本平安時代のものとされている 雄略天皇:
日本書紀
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雨です。
急いでベランダの鉢植えを家に非難させ、
急な気温低下で毛布と長袖のネグリジェを引っ掻き回して探したけれど
無い…これでは私たちも花橘も困る…
と言う訳で買出しに行って貰いました。
そうしたら婿殿からお電話。『そっちにあいつの着る物送りました。』
何て気の利く婿なんだっ…(感涙)(^▽^)
宅急便で送られてさっき着いてみたら、長袖のものや、ブランケット
ショールなど入用なものばかり。
花ちゃんに長靴と傘も。花ちゃんは大喜びで長靴と傘挿して
『にいにに逢いに行く!』とまで(^m^)
助かった〜これで洋服のローテション組めるね!
病人は清潔と保温が大切だし助かりました。
台風それてくれます様に…こればかりは何とも言えない。
今日はこの雨で様子を見ながら茶々さんが面会に行くそうですけど、
季節の変わり目、何処にいても人騒動です。
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東電、企業年金を減額へ 数千人の人員削減も
東京電力が、社員やOBの企業年金の支給額を削減する方針を固めた。
人員も数千人規模で削減する。原発事故の賠償問題で政府支援を受けたり、
料金を値上げしたりするには、5月に公表した合理化策を積み増して、
世論の理解を得ることが必要と判断した。
企業年金は、給付額に影響する利回りを引き下げる方針だ。
現在は現役社員が年2.0%、OBが最高で年5.5%。下げ幅は調整中だ。
引き下げには社員やOBの同意が必要となる。
約3万7千人いる社員(今年3月末時点)も、今後減らす。
ただ、当面は賠償支払いの業務に約3千人をあてるため、
人員削減には数年かかる見通しだ。
1100人を予定していた来春入社の新卒採用は中止を決めている。
今後、希望退職を募ることも検討する。
本来なら率先して行う事ではないですか?
世論の理解が必要と言う事はまだ何か隠しているんでは…と
疑いたくなってしまいます。
東電の責任は大きいのですからきちんと認識してもらわないと困ります。
海外でも評価は厳しくなっていますから。
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朝鮮式の水の飲み方を本会議場で披露する人たち。
なぜか?
何のために?
誰に見せるために?
普通に考えたら日本の国会議員であれば公の場でこういう恥ずかしいことはしないはずです。
しかし、これが現実なのです。
こういうことをして日本国民がどう思うか、考えが及ばないようです。
それほどまでに感覚がマヒしているとしか思えない。
こういうことは堂々とやっても、靖国神社への公式参拝はしない。
「国に殉じた方には敬意は当然」と言いながら、「公式参拝はしない」と表明した野田総理。
しかし、敬意とは公式参拝してこそ言える言葉ではないでしょうか。
公式参拝もしない総理が「敬意している」と口先で言っても何も伝わってくるものがありません。
総理としての自覚を欠いているとしか思えない。
政治家、特に総理になった人間は近年、靖国神社には公式参拝しない日本。 その姿勢は国が靖国に祀られた英霊たちを認めないと言っているに等しいことともいえます。
しかし、これほど冷たい仕打ちはない。
もはやA級戦犯など日本にいないことはすでに広く知れ渡っており、これは理由とはならない。
英霊たちの死を総理が、つまり日本という国が受け入れないということです。
英霊たちは誰のために、何のために、散華されたのでしょうか。
御国のために散華されたのです。
そのことを認め、国家として参拝するのが国の責任であり国の長の務めであるはずです。
総理になる者は口先だけではなく黙って行動で示してこそ日本国の総理といえます。
他国が何を言おうと毅然と参拝することが本来あるべき姿なのです。
そして、英霊がきっとお望みされている天皇陛下の御親拝こそ政治が決断すべきことです。
しかし、政治のふしだらさは冒頭の写真の通りであります。・・・
思うに、英霊たちも本当はもっと生きたかったに違いない。
妻や子供たち、父や母とともに暮らしていたかったはずです。
しかし、「国」が戦争という非常事態であり、
国がなくなるかどうかの事態であったからこそ、
「私」をすてて「公」のために自分の命を捧げたのです。
これを、好戦的であったとか、軍人が悪かった、などという人間がいますが、
国のために殉じた死者に鞭打つその姿勢は、もはや本来ある日本人の精神に反するもので、
チャイナや朝鮮の精神と同じではないかと思うところです。
英霊たちが涙をのんで潔く戦ったからこそ今の日本があることに感謝もできない。
戦わねば今の日本はなかったのは誰でも理解できるはずです。
そして、本来そこをきちんと教えるのが学校教育であるべきであると思います。
戦わねば植民地の生き地獄を味わって日本がすでに消滅していたかもしれない。
あり得ないことではなかったはずです。
我々の先輩たちはかつてアジアの植民地支配からの独立にご尽力されました。
我々日本人は、先輩のやってきた大義を忘れ、
その先輩たちを悪いやつだと批判し、散華した先輩たちを感謝することもせずに、
日本は平和憲法という名のもとに民主主義という名の社会主義と、
平和という名のひ弱で道徳観のない堕落しただらしのない国になっていることの自覚もなく
平和を謳歌していると錯覚しているのです。
チャイナがチベットや新疆を併呑した植民地主義に対しても何も言えず、
我が同胞を北朝鮮から救い出すこともできない日本。 そんな今の日本が先輩たちを、悪い、悪い、と責めることができるのか・・・ 考えて欲しい。 ・・・・・・
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