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私たちは 何の罪も無い方を十字架につけました
その時だけでは無いのです
今も
私たちはイエスを十字架につけて
苦しませています
苦しませたくない!
そう思ったならイエスの愛を
受け止めましょう
そしてお互いに愛し合いましょう
限りなく愛し合いましょう
愛は征服とは違います
愛はその罪も、不完全さも
全てを受け入れその心に抱く事です
愛は愛すれば愛するほど
心に愛が溢れ出て
心が豊かに潤います
愛を貯金したら心は渇いて
愛を求めているのかも解らない
孤独になります
愛して下さい
人を 日々の恵みを
イエスを…
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教会のこと
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教会に行った時の事や、教会の祝日などカトリック教会に関係する記事を書いています。
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『また教会に聖体訪問行きたいな。ふたりで。』
今の花橘の望み。
けれど
『人々がイエスの愛から離れて、権威や身と心を低くし
謙虚やへりくだること、
何より神様に感謝している事を忘れてしまっている
気がして。』と、教会への不安を募らせているのも真実。
ただ、花橘は『教会内の人間関係への不安』はあっても
イエスの教えや聖書の教え、
神からの愛に不安をみじんも感じていないのです。
この間つい、花橘の叔母のことを口に出した時。
『何を悩むのおばあちゃん!神様がいるじゃないの!』
私はクリスチャンではないので(??)でしたが
『お姉ちゃんと会いたいな。私から出掛ければいいの。お姉ちゃんが
来てくれてもいいわ!そしてお姉ちゃんの手を握って
微笑んでお姉ちゃんの好きな歌を歌うの。』
『寝たきり、起きたりだって出来る事はたくさんあるのよ♪』
この言葉にまさに目からうろこになる姥桜なのですが、
教会内の人間関係の円滑を祈りましょう。
お祈りの仕方は教えてもらったので。80の手習いですわ…
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私が日曜教会に聖体訪問をしに行きました。
教会の名前は出せませんが…
花ちゃんと静かに祈って感謝の言葉を告げようとして帰ろうと
信徒会館によりましたら
『あなたはどなた?どこの教派?どこからいらしたの?
神父様はいらっしゃいません!』
と、たたみかけるようにお話されたのでまぁびっくり★
『洗礼はお受けですか?そこの小さい方はどなたですか。』
花ちゃんは怯えて私のスカートをつかんだまま。
私は『洗礼は受けております。洗礼名はエリザベツ、
堅信名はアシジのクララです。』
するとご婦人は急に態度が変わり、
『神父様とお話していかれますか?』
…いないのではなかったのかと一人心の中でツッコミつつ
『いえ、今聖体訪問をしてお礼を言うだけでしたし、この通り娘も
(花ちゃんのこと)
怯えていますので帰ります。』と一礼して帰宅しました。
『花はわるいこ?せんれいってしてないから。』
『花ちゃん、よ〜く聴いてね。イエス様は子供が大好きなの。
花ちゃんみたいなね!』
聖書にもありますね。
マタイ18章1節〜4節
その時弟子たちがイエスのところに来ていった。
『それでは天の御国では誰が一番偉いのでしょうか。』
そこでイエスは小さい子供を呼び寄せ、彼らの真ん中に立たせて、言われた。『まことに、あなた方に告げます。
あなた方も悔い改めて子供のようにならない限り、
決して天の御国には入れません。だからこの子供のように、
自分を低くする者が天の御国で一番偉い人です。』
マルコ10章13節〜16節
さてイエスに触って頂こうとして、人々が子供たちをみもとに連れて来た。
ところが、弟子たちは彼らをしかった。イエスはそれをご覧になり憤って、
彼らに言われた。
『子供たちを私の元に連れて来させなさい。止めてはいけません。
神の国はこのような者たちのものです。
まことに、あなた方に告げます。
子供のように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこには入れません。
そしてイエスは子供たちを抱き、彼らの上に手を置いて祝福された。』
人の地位を見て、態度を変えるのは正しいクリスチャンでしょうか。
クリスチャンと呼べるでしょうか…
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私の一番の心配は『教会のあり方』です。
この間いらして下さった神父様はとてもお人柄物よい神父様でした。
けど、
なかには注意しなければいけない教会も悲しいけれどあると言う事です。
信者との距離がありすぎる
教会の敷居を高くしてしまっている。
その結果、人が来なくなる、教会のイメージが『お金持ちが行く所』
と想われてしまう。
イエスは罪人と共にありました。
貧しい人と共にありました。 イエスを十字架につけたのは私たちだと言う
謙虚の念を忘れてしまい、兄弟姉妹のあら捜しをする場にもなっています。
このような時司祭は何をすればいいでしょうか。
司祭は人に仕える方々です。その司祭が信者や初めて教会に来て下さった
方々のために、愛と柔和と謙虚さ、親切を怠らないように祈る事が大切です。
そして私たちも微笑んで挨拶をして、自ら腰を低くして
手を握ろうではありませんか。
その方々の祝福を祈りましょう。
せっかく神がご自身に似せて私たちを形造られたのですから。
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http://blogs.yahoo.co.jp/hanatatibana05/30125267.htmlの続きです第3章3:1
時にしゅうとめナオミは彼女に言った、 「娘よ、わたしはあなたの落ち着き所を求めて、
あなたをしあわせにすべきではないでしょうか。
3:2 あなたが一緒に働いた女たちの主人ボアズは わたしたちの親戚ではありませんか。
彼は今夜、打ち場で大麦をあおぎ分けます。
3:3 それであなたは身を洗って油をぬり、 晴れ着をまとって打ち場に下って行きなさい。
ただ、あなたはその人が飲み食いを終るまで、
その人に知られてはなりません。
3:4 そしてその人が寝る時、その寝る場所を見定め、はいって行って、 その足の所をまくって、そこに寝なさい。
彼はあなたのすべきことを知らせるでしょう」。
3:5 ルツはしゅうとめに言った、「あなたのおっしゃることを皆いたしましょう」。 3:6 こうして彼女は打ち場に下り、すべてしゅうとめが命じたとおりにした。 3:7 ボアズは飲み食いして、心をたのしませたあとで、 麦を積んである場所のかたわらへ行って寝た。
そこで彼女はひそかに行き、ボアズの足の所をまくって、そこに寝た。
3:8 夜中になって、その人は驚き、起きかえって見ると、 ひとりの女が足のところに寝ていたので、
3:9 「あなたはだれですか」と言うと、彼女は答えた、 「わたしはあなたのはしためルツです。あなたのすそで、
はしためをおおってください。あなたは最も近い親戚です」。
3:10 ボアズは言った、 「娘よ、どうぞ、主があなたを祝福されるように。
あなたは貧富にかかわらず若い人に従い行くことはせず、
あなたが最後に示したこの親切は、さきに示した親切にまさっています。
3:11 それで、娘よ、あなたは恐れるにおよびません。 あなたが求めることは皆、あなたのためにいたしましょう。
わたしの町の人々は皆、あなたがりっぱな女であることを知っているからです。
3:12 たしかにわたしは近い親戚ではありますが、 わたしよりも、もっと近い親戚があります。
3:13 今夜はここにとどまりなさい。朝になって、もしその人が、 あなたのために親戚の義務をつくすならば、よろしい、その人にさせなさい。
しかし主は生きておられます。
その人が、あなたのために親戚の義務をつくすことを好まないならば、
わたしはあなたのために親戚の義務をつくしましょう。
朝までここにおやすみなさい」。
3:14 ルツは朝まで彼の足のところに寝たが、 だれかれの見分け難いころに起きあがった。
それはボアズが「この女の打ち場にきたことが人に知られてはならない」
と言ったからである。
3:15 そしてボアズは言った、「あなたの着る外套を持ってきて、それを広げなさい」。彼女がそれを広げると、ボアズは大麦六オメルをはかって彼女に負わせた。彼女は町に帰り、 3:16 しゅうとめのところへ行くと、しゅうとめは言った、「娘よ、どうでしたか」。 そこでルツはその人が彼女にしたことをことごとく告げて、
3:17 言った、 「あのかたはわたしに向かって、
から手で、しゅうとめのところへ帰ってはならないと言って、
この大麦六オメルをわたしにくださいました」。
3:18 しゅうとめは言った、 「娘よ、この事がどうなるかわかるまでお待ちなさい。
あの人は、きょう、その事を決定しなければ落ち着かないでしょう」。
第4章4:1
ボアズは町の門のところへ上っていって、そこにすわった。 すると、さきにボアズが言った親戚の人が通り過ぎようとしたので、
ボアズはその人に言った、
「友よ、こちらへきて、ここにおすわりください」。彼はきてすわった。
4:2 ボアズはまた町の長老十人を招いて言った、 「ここにおすわりください」。彼らがすわった時、
4:3 ボアズは親戚の人に言った、 「モアブの地から帰ってきたナオミは、
われわれの親族エリメレクの地所を売ろうとしています。
4:4 それでわたしはそのことをあなたに知らせて、ここにすわっている人々と、 民の長老たちの前で、それを買いなさいと、あなたに言おうと思いました。
もし、あなたが、それをあがなおうと思われるならば、あがなってください。
しかし、あなたがそれをあがなわないならば、
わたしにそう言って知らせてください。
それをあがなう人は、あなたのほかにはなく、わたしはあなたの次ですから」。彼は言った、「わたしがあがないましょう」。
4:5 そこでボアズは言った、 「あなたがナオミの手からその地所を買う時には、
死んだ者の妻であったモアブの女ルツをも買って、
死んだ者の名を起してその嗣業を伝えなければなりません」。
4:6 その親戚の人は言った、 「それでは、わたしにはあがなうことができません。そ
んなことをすれば自分の嗣業をそこないます。
あなたがわたしに代って、自分であがなってください。
わたしはあがなうことができませんから」。
4:7 むかしイスラエルでは、物をあがなう事と、権利の譲渡について、 万事を決定する時のならわしはこうであった。
すなわち、その人は、自分のくつを脱いで、相手の人に渡した。
これがイスラエルでの証明の方法であった。
4:8 そこで親戚の人がボアズにむかい「あなたが自分であがないなさい」と言って、そのくつを脱いだので、 4:9 ボアズは長老たちとすべての民に言った、 「あなたがたは、きょう、わたしがエリメレクのすべての物
およびキリオンとマロンのすべての物を
ナオミの手から買いとった事の証人です。
4:10 またわたしはマロンの妻であったモアブの女ルツをも買って、 わたしの妻としました。これはあの死んだ者の名を起してその嗣業を伝え、
死んだ者の名がその一族から、
またその郷里の門から断絶しないようにするためです。
きょうあなたがたは、その証人です」。
4:11 すると門にいたすべての民と長老たちは言った、 「わたしたちは証人です。どうぞ、主があなたの家にはいる女を、
イスラエルの家をたてたラケルとレアのふたりのようにされますよう。
どうぞ、あなたがエフラタで富を得、ベツレヘムで名を揚げられますように。
4:12 どうぞ、主がこの若い女によってあなたに賜わる子供により、 あなたの家が、
かのタマルがユダに産んだペレヅの家のようになりますように」。
4:13 こうしてボアズはルツをめとって妻とし、彼女のところにはいった。 主は彼女をみごもらせられたので、彼女はひとりの男の子を産んだ。
4:14 そのとき、女たちはナオミに言った、 「主はほむべきかな、主はあなたを見捨てずに、きょう、
あなたにひとりの近親をお授けになりました。
どうぞ、その子の名がイスラエルのうちに高く揚げられますように。
4:15 彼はあなたのいのちを新たにし、あなたの老年を養う者となるでしょう。 あなたを愛するあなたの嫁、
七人のむすこにもまさる彼女が彼を産んだのですから」。
4:16 そこでナオミはその子をとり、ふところに置いて、養い育てた。 4:17 近所の女たちは「ナオミに男の子が生れた」と言って、彼に名をつけ、 その名をオベデと呼んだ。
彼はダビデの父であるエッサイの父となった。
4:18 さてペレヅの子孫は次のとおりである。ペレヅからヘヅロンが生れ、 4:19 ヘヅロンからラムが生れ、ラムからアミナダブが生れ、 4:20 アミナダブからナションが生れ、ナションからサルモンが生れ、 4:21 サルモンからボアズが生れ、ボアズからオベデが生れ、 4:22 オベデからエッサイが生れ、エッサイからダビデが生れた。 これが旧約聖書の『ルツ記』ですが
私はナオミの悲しみがどんなものであったのか解りかねますが、
夫と息子に死なれて帰る道のりは何と足の重いことでしたでしょうか。
しかしナオミは悲しみに有っても人に祝福を、神に従順であった事から
神様は『知恵』をお授けになり
ルツは人にも神にも従順で全て言われた事をこなした良い嫁であり
感謝を忘れない、働き者の嫁でもありました。
そこでボアズは当事の習慣に従い、ナオミとルツをその家に引き取りますが
ナオミには借金がありました。当時その借財をも背負わなくてはならず、
また元の名前をも残さなくてはならないため、一人の親戚は断っています。
けれどボアズはナオミとルツを家に迎える事で多大な祝福を受けます。
それは神への従順、人への寛容、祈りがもたらしたとは思えませんか?
この物語はただの『ハッピーエンド』ではなく、現代社会に生きる私たちへの
手本ともいえると想います。 代筆:茶々
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