花徒然

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本当の尊い捧げもの

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出エジプト記
35:5 あなたたちの持ち物のうちから、主のもとに献納物を持って来なさい。すべて進んで心からささげようとする者は、それを主への献納物として携えなさい。

神様は、自分が愛しているものを捧げることを人に望まれる、。

自分が有り余るほど持っているから、
少しくらい捧げても良いと想うものを、
神様に捧げたからと言って神様はお喜びになられない。

有り余るものの中から捧げても、
捧げたものには、何の愛も籠っていない、。

別に手放しても、、惜しいとか大変だとか想わないもの、、、
大きな御利益を得たいから、
人より多めにお賽銭を出すとか、、、、
なにか打算的な想いばかりで、
愛が籠っていないものを捧げるなら、
どんなに、人から観て沢山のものを捧げていても、、、

神様が一番喜ばれる愛の想い、愛の心は捧げられていない、。

自分の持っている大事な持ち物の中から、
神様の為に喜んで捧げるということが大事なこと、。

自分から、進んで心から捧げようとするのは、、、
自分の持ち物の中から、
神様に捧げても惜しいと思わない位に神様を大好きだから出来る。

昔は、動物はとても貴重な財産、
おいそれと殺せるようなものではない位に大事なもの、。
それでも、、神様の為になら、、と喜んで差し出し捧げたものが、、
最高の奉げもの。

今は、、、動物を捧げる必要はなくなった、。
イエス様が、体を、捧げものとして捧げ血を流して下さったから、、。
そして、、全ての被造物への愛を捧げて示して下さったから、。

イエス様が、神様に捧げられたのは、、大きな愛の捧げもの
、。
人は、、、
心からの愛の想い、
愛の行い、
愛の言葉で、
神様に愛を捧げることが出来る、。

神様に捧げる特別な儀式をしなくても、、。
人が人を思いやって助けあう時、愛しあう時、支え合う時、、

大きな愛の捧げものが神様に捧げられる。
人が人に対してしていることは、、
そのまま神様に捧げていることと同じ、。

だからね、、、
互いに愛し合いなさい、。
互いに助け合いなさい、。
互いに支え合いなさい、。

人にしてあげていると思うと腹が立つものだから、、。
人にしてあげていると想う事は止めなさい、。

人に対してしているのではなく、
神様に対してして差し上げていると、、、
神様にお仕えしているのだと、想いを改めなさい、。

そうすれば、人に対してしていると考えるなら、
してあげていると傲慢になれても
神様に対してなら、
お仕えする事は当たり前なのだから、傲慢にはなれない。

相手が神様だと想うならば、
多少、手厳しいことを言われたとしても
忍耐して黙って聞くしかない、。

愛したくない人は、、
神様からの御使いだと思えば良い、。
神様の御使いに逆らいたい人はいないでしょう?

我慢して耐えるしかない、。
我儘な神様にお仕えしているのだと、
それが自分の与えられた仕事だと受け入れるしかない、。

我慢して耐えているうちに、、、時期が来たら状況は変わるものだから、。
神様に対して奉仕させて頂いていると考えれるようになれたなら、
もし、実情が憎たらしい人が相手でも、
神様がお相手ならば仕方ないかと諦めてしまえるものです。

神様に愛を捧げて神様に喜んでもらえたら、嬉しいでしょう?
相手が我儘な神様だから、愛さないというならね、。
愛さない自分も同じように、我儘だから愛さないし、赦さないと
父さまに言われてしまう事になるのだから、。

貴方の持てる精一杯の愛を、
自分の周りにいて自分が関わる方々へ捧げるなら、。
それは、神様へ捧げた愛と見なされる、。

人に対して捧げていても、、神様へ捧げていることとなる。
それは、、
人は、神様から与えられている魂を、命として持つ。

人に対してしていることは、、、
神様へしていることと同じ意味を持つ。

だからね、、、
イエス様は、互いに愛しあい、愛を捧げ合う事を教えておいででした。

互いに仕えあうことが、神様へ仕えることとなり、
神様へ愛を捧げることになるからです。

お捧げましょう☆
貴方の愛を、貴方の隣に居る人へ、。
それが、神様へ愛を捧げることになるのですから、、。

自分の持てる愛を人へ向かって捧げることが、、
神様へ動物の捧げものをするより、
沢山のお金や物を捧げるより、
何よりまして、尊い愛の捧げものとなる、。

自分から進んで貴方の愛を、人に対して心から捧げなさい。
それが、人を介しての、、
神様への最高の尊い愛の捧げものとなる。

マグダラのマリア






転載元転載元: マグダラのマリアの部屋☆(Mary Magdalene)

本当の尊い捧げもの

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出エジプト記
35:5 あなたたちの持ち物のうちから、主のもとに献納物を持って来なさい。すべて進んで心からささげようとする者は、それを主への献納物として携えなさい。

神様は、自分が愛しているものを捧げることを人に望まれる、。

自分が有り余るほど持っているから、
少しくらい捧げても良いと想うものを、
神様に捧げたからと言って神様はお喜びになられない。

有り余るものの中から捧げても、
捧げたものには、何の愛も籠っていない、。

別に手放しても、、惜しいとか大変だとか想わないもの、、、
大きな御利益を得たいから、
人より多めにお賽銭を出すとか、、、、
なにか打算的な想いばかりで、
愛が籠っていないものを捧げるなら、
どんなに、人から観て沢山のものを捧げていても、、、

神様が一番喜ばれる愛の想い、愛の心は捧げられていない、。

自分の持っている大事な持ち物の中から、
神様の為に喜んで捧げるということが大事なこと、。

自分から、進んで心から捧げようとするのは、、、
自分の持ち物の中から、
神様に捧げても惜しいと思わない位に神様を大好きだから出来る。

昔は、動物はとても貴重な財産、
おいそれと殺せるようなものではない位に大事なもの、。
それでも、、神様の為になら、、と喜んで差し出し捧げたものが、、
最高の奉げもの。

今は、、、動物を捧げる必要はなくなった、。
イエス様が、体を、捧げものとして捧げ血を流して下さったから、、。
そして、、全ての被造物への愛を捧げて示して下さったから、。

イエス様が、神様に捧げられたのは、、大きな愛の捧げもの
、。
人は、、、
心からの愛の想い、
愛の行い、
愛の言葉で、
神様に愛を捧げることが出来る、。

神様に捧げる特別な儀式をしなくても、、。
人が人を思いやって助けあう時、愛しあう時、支え合う時、、

大きな愛の捧げものが神様に捧げられる。
人が人に対してしていることは、、
そのまま神様に捧げていることと同じ、。

だからね、、、
互いに愛し合いなさい、。
互いに助け合いなさい、。
互いに支え合いなさい、。

人にしてあげていると思うと腹が立つものだから、、。
人にしてあげていると想う事は止めなさい、。

人に対してしているのではなく、
神様に対してして差し上げていると、、、
神様にお仕えしているのだと、想いを改めなさい、。

そうすれば、人に対してしていると考えるなら、
してあげていると傲慢になれても
神様に対してなら、
お仕えする事は当たり前なのだから、傲慢にはなれない。

相手が神様だと想うならば、
多少、手厳しいことを言われたとしても
忍耐して黙って聞くしかない、。

愛したくない人は、、
神様からの御使いだと思えば良い、。
神様の御使いに逆らいたい人はいないでしょう?

我慢して耐えるしかない、。
我儘な神様にお仕えしているのだと、
それが自分の与えられた仕事だと受け入れるしかない、。

我慢して耐えているうちに、、、時期が来たら状況は変わるものだから、。
神様に対して奉仕させて頂いていると考えれるようになれたなら、
もし、実情が憎たらしい人が相手でも、
神様がお相手ならば仕方ないかと諦めてしまえるものです。

神様に愛を捧げて神様に喜んでもらえたら、嬉しいでしょう?
相手が我儘な神様だから、愛さないというならね、。
愛さない自分も同じように、我儘だから愛さないし、赦さないと
父さまに言われてしまう事になるのだから、。

貴方の持てる精一杯の愛を、
自分の周りにいて自分が関わる方々へ捧げるなら、。
それは、神様へ捧げた愛と見なされる、。

人に対して捧げていても、、神様へ捧げていることとなる。
それは、、
人は、神様から与えられている魂を、命として持つ。

人に対してしていることは、、、
神様へしていることと同じ意味を持つ。

だからね、、、
イエス様は、互いに愛しあい、愛を捧げ合う事を教えておいででした。

互いに仕えあうことが、神様へ仕えることとなり、
神様へ愛を捧げることになるからです。

お捧げましょう☆
貴方の愛を、貴方の隣に居る人へ、。
それが、神様へ愛を捧げることになるのですから、、。

自分の持てる愛を人へ向かって捧げることが、、
神様へ動物の捧げものをするより、
沢山のお金や物を捧げるより、
何よりまして、尊い愛の捧げものとなる、。

自分から進んで貴方の愛を、人に対して心から捧げなさい。
それが、人を介しての、、
神様への最高の尊い愛の捧げものとなる。

マグダラのマリア






転載元転載元: マグダラのマリアの部屋☆(Mary Magdalene)

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日本愛した神父悲運「信者が避難も」と教会へ

「アンドレせんせい」。幼稚園児からそう呼ばれて慕われたカナダ人神父は、
大好きな子供たちから寄せ書きをもらった日の午後、
水没した街で力尽きた。

 東日本大震災は、日本を愛した外国の人たちの命も奪い去った。

 カナダ出身のアンドレ・ラシャペルさん(76)は、
50年前に来日し、中学や高校で教師を務めた後、
宮城県塩釜市で小さなカトリック教会の神父をしていた。

 信者の女性(63)は、11年前に25歳の娘を脳腫瘍で亡くす前、
入院先に通ってくれた時の姿が忘れられない。
<よくがんばっています。早く元気になって〉。
日本語で書かれたラシャペルさんの手紙を、
彼女は大切に病室の壁に貼っていたという。

 ミサの日は、早朝のまだ暗い時間に起きてストーブに火を入れ、
約50人の信者一人一人を玄関前で迎える。
月に2〜3回は隣の幼稚園で英語を教えた。

 先月11日の午前中には、
翌日に卒園式を控えた園児たちから感謝の寄せ書きを受け取った。
ラシャペルさんが驚きと照れの交じった穏やかな笑みを浮かべるのを、
周囲は覚えている。

 激しい揺れが東北を襲ったのはその午後。
仙台市内の系列の教会にいた。
車に乗り込もうとして他の神父から「危ない」と止められると、
「教会に信者さんたちが避難してくるかもしれないから」と言い残し、
塩釜市へと車を向けた。

 翌日、同市内の路上で、ラシャペルさんの遺体が見つかった。
車は離れた場所で見つかり、周囲の道路は水没していた。
津波にさらわれたのか。死因は分かっていないが、
1キロ先の高台で被害を免れた教会に向かって、
懸命に進もうとしていたようにも見えた。
 
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神様、お願いです。この神父の高貴で清らかな魂を
天国にお連れ下さい。
苦しみも痛みも省みず、ただ人の為に身を危険にさらしても
たくさんの人を助けた司祭の魂を憐れみ、
今被災している方々の心に灯りを灯してください。
このような司祭が日本にいて下さいました神様の
お計らいに感謝します。
聖なる清らかな魂を憩いの泉で癒してください…
イエス・キリストの御名によって…アーメン+
 
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愛する聖母よ
日本を愛し人を愛しそのまま 愛のまま息を引き取り給もうた
司祭の痛みと魂を貴女が腕に抱き給へ
そして危険を顧みず人を助け、父の家にいる信徒を
助けたこの司祭を愛し、被災地と被災してる方々に
愛を注いでください…
聖母よ御子にお取次ぎ給へ アーメン +
 
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この司祭のことを忘れる事はないでしょう…
天国で挨拶をする事でしょう。
その日まで…お休みなさい。
天国でお会いしましょう…
 
 
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カトリック調布教会

先年カトリック調布教会<http://chofu-church.ciao.jp/
に聖体訪問に行きました。
この画像を見て、被災されたクリスチャンの方や被災された方の希望に
なるようにお祈りします。
 
 
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聖堂の十字架
 
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幼きイエズス
 
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洗礼版
 
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聖堂内の聖母
 
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聖堂全景
 
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聖家族
 
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神学院
 
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神学院前にあるドン・ボスコ像
 
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神学院の道にあるルルドの聖母
 
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尊者・ヴィンセント・チマッチ神父像
 
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地下聖堂のチマッチ神父の墓。その体は腐敗されていないという。
 
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聖遺物ー古いものが多く形は崩れているがその精神は崩れてはいない
 
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聖遺物。古いものだが心に迫るものがある
 
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地下聖堂におられるイエスの御心
 
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地下聖堂のキリスト信者の助けの聖母子
 
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被災地におられる全ての方、被災地に関係者の方がおられる方、
被災地におられるキリスト信者の方、悲しみ絶望の中におられる方々の為に
お祈りしています。
希望の光が射しますように
 
今回の地震でたくさんの方が絶望、悲しみに打ちひしがれています。
人類のみ母マリアよ 御子イエスを示し希望と慰めをお与え下さい。
アーメン + テレジア
 
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カトリック吉祥寺教会

先年の話ですがカトリック吉祥寺教会http://www.svdtokyo.jp/
に聖体訪問に出かけた時の画像です。
とても凛としていて静かだけれど何と言えばいいのでしょう。
静かだけれど心は大いに満たされました。
 
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入り口にそびえる聖母
 
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カフェテリアにある慈しみのイエス。タイルで出来ています。
 
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信徒が描いた聖母マリア。とても見事です。
 
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祭壇全景
 
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祭壇正面
 
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聖堂
 
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祈り
 
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聖家族
この時期はクリスマスの時期でしたので。
 
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皆様に神のご加護と恩寵がありますように!

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花橘乙女
花橘乙女
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