<秋田竿燈まつり>復興への願いこめ約1万個のちょうちんが夜空を照らす「秋田竿燈(かんとう)まつり」が3日、
秋田市で始まった。今年の竿燈は過去最多の255本。
「東日本大震災からの復興の灯に」との願いを込めて
「がんばろう東北」と書かれたちょうちんも上がった。6日まで。
午後7時半、同市中心部の竿燈大通りでまつりはスタート。 おはやしと「どっこいしょー、どっこいしょ」の掛け声が響くなか、
はんてん姿の差し手が竿燈を額や腰で支える妙技を披露すると、
カメラのフラッシュが次々にたかれた。
竿燈は1人で持つが、最大のものは高さ12メートルの竿(さお)に
46個のちょうちんが付けられ、重さは約50キロにもなる。
今回、秋田市は震災の被災者約1600人を無料招待。 人出は4日間で例年並みの約130万人を見込んでいる。
東日本大震災:陸前高田の被災者に秋田の「竿燈」披露仮設住宅で暮らす被災者を勇気づけようと23日、
岩手県陸前高田市の「陸前高田オートキャンプ場モビリア」で
秋田県の夏の伝統行事「竿燈(かんとう)」が披露された。
秋田市の青年会議所竿燈会の青井智さん(44)らが今年5月、
キャンプ場にあった避難所をボランティアで訪れた際、
「今年は祭りができない」と残念がる声を聞いて企画した。
キャンプ場には約60戸の仮設住宅が完成し、約200人が暮らしている。
秋田から運ばれた高さ12メートルの竿燈2本が
「どっこいしょ」のかけ声とともに立ち上がり、
ちょうちんの明かりがゆらめくと拍手が起こった。
続いて、仮設住宅の入居者らが地元の盆踊りを披露すると、
会場は夏祭りムード一色になった。
仮設住宅に住む菅野洋子さん(75)は
「いつか秋田に見に行きたいと思っていたけれど、
津波で家が流されてしまいました。ここまで来てくれて感激です」と話した。
お祭りと言うのはその由来も大切です。
けど、祭りと言う事で人の心が優しい灯りを、または力強い灯りを灯し
それを伝えます。
被災地の方々にとってこのお祭りは本当に大切なものですね…
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真夏の夜空を彩る「PL花火芸術」が1日、
大阪府富田林市のPL教団大本庁であり、
浴衣姿の親子連れら約11万人(主催者発表)が、
ヒマワリやアジサイをイメージした
約2万5000発の花火の競演に歓声を上げた。
東日本大震災を受け、兵庫県などでも花火大会が自粛される中、 同教団はこの日、震災で親を失った遺児たちを支援しようと
会場で募金を集めた。
きれいですね〜★
思わずたまや〜と叫びたくなります。
この行事を通して、被災している方々の気持ちも明るくなりますように…
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45歳年下妻は綾菜さん 加藤茶「静かに温かく見守って」45歳下の23歳美女との結婚が明らかになったタレントの加藤茶が1日、
マスコミ各社あてにFAXでコメントを発表した。
加藤はご報告として、 「この度、私、加藤茶と綾菜は6月23日に入籍致しました。
本来ならばこのような、おめでたい出来事は、
真っ先にご報告しなければならないところですが、世間の状況にも配慮し、
遅くなってしまいました。献身的に私を支えてくれる彼女とのこれからを、
静かに温かく見守っていただけたらとうれしいと思います」とした。
色々大変な中で幸せを掴んだ加藤茶さん。
おめでとうございます!
しかし45歳の年の差は驚きましたけれど、
愛があれば年の差なんて…♪ですか?
きっと天国でいかり屋さんも荒井注さんも喜んでいるのでは。
45歳下の23歳美女との結婚が明らかになったタレントの加藤茶が1日、マスコミ各社あてにFAXでコメントを発表した。
良かった良かった! これからもお体を大切に! http://www.269rank.com/
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新郎新婦は寄り添っていました。
新郎の婿殿はタキシード。神父は真っ白なネグリジェに花の刺繍がして
マリアベールの変わりに、ミサでかぶるベールを被って時を待ちました。
そして神父様がいらっしゃいまして、
まず『おめでとう』とひとりひとりに抱擁して下さいました…
そして新郎には祝福を、神父には祝福と御聖体を与えてから
祈り、式がはじまりました。
ヘブル人の手紙を読んで下さいました。
ヘブル人への手紙 13章1節〜6節
兄弟愛をいつも持っていなさい。
旅人をもてなすことを忘れてはいけません。
こうして、ある人々は御使いたちを、
それとは知らずにもてなしました。
牢に繋がれている人々を、自分も牢にいる気持ちで思いやり、
また、自分も肉体を持っているのですから、
苦しめられている人々を思いやりなさい。
結婚がすべての人に尊ばれるようにしなさい。
寝床を汚してはいけません。
なぜなら、神は不品行な者と姦淫を行う者をさばかれるからです。
金銭を愛する生活をしてはいけません。
今持っているもので満足しなさい。
主ご自身がこう言われるのです。
『私は決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。』
そこで確信に満ちてこう言います。
『主は私の助け手です。私は恐れません。
人間が、私に対して何が出来ましょう。』
この時頂いたメッセージはとても解りやすいものでした。
『二人の結婚は今、寝床にある人の希望です。
そして絶望している人たちの希望となるでしょう。
なぜなら二人は何も無い、手で心を求めたからです。
金銭ではなく、この人に何が出来るかではなく、
『この人だから』籍を入れることを決めました。』
そして二人は祝福された指輪を交換して
お互いの指にはめました。
花橘の顔をふとみたら、うれし泣きで大粒の涙が溢れていました。
そして『ありがとう…』と婿殿に言いました。
まるでダイヤモンドのような、真珠のような涙でした…
そして神父様はまた聖書を開いて読んで下さいました。
詩篇23章1節〜6節
主は私の羊飼い。
私は乏しい事がありません。
主は私を緑の牧場に伏させ、
いこいの水のほとりに伴われます。
主は私のたましいを生き返らせ、
御名のために、私を義の道に導かれます。
たとい、死の影の谷を歩くことがあっても、
私は災いを恐れません。
あなたが私とともにおられますから。
あなたのむちとあなたの杖、
それが私の慰めです。
私の適の前で、あなたは私のために食事をととのえ、
私の頭に油を注いでくださいます。
私の杯は、あふれています。
まことに、私のいのちの日の限り、
いつくしみと恵みとが私を追ってくるでしょう。
私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。 『この詩篇の中にある『主』と『神』と言う言葉をあなたの大切な人の
名前に置き換えてみましょう。そういわれたので
二人は熱心に読んでいました。
どんな情熱的なラブレターにも勝ります。
そしてその中には愛する人を信じ、平安を与え、とこしえに愛すると言う
とても素晴らしい人生が現れてきます。
この二人が新たな人生を送るにあたり、このような想いを忘れずに。
結婚おめでとう。』
そして茶々夫妻は婚姻届に証人として名前を書き、
教会に置かれる結婚証明書にサインをしました。
二人はまた、『ありがとうございます』と言いました。
こうして二人は神の名の元に、律法の元に夫婦である事が決まりました。
何も無い結婚式でした。
けれど家族一同、心が温かくなりました。
そして花のブーケトス!
あれれ何処へ行くのかな〜と想いましたら、花橘の実父に。
それでも花は喜んで家族が出来る事を自慢していました。
本当に幸せな入籍式でした…
バラ 『ピンク ブライド』
このたびこのような入籍が出来た事、
皆様のお祈りのおかげだと心から想っております。
これから生きていく上で困難もあるでしょう。
その時、皆様の優しさ、ご心配、祈りを想い出して歩んで行って欲しいと
願うばかりです。このたびは本当にありがとうございました。
家族一同代表祖母
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福島県の伝統行事「野馬追」の舞台・相馬地方は、津波犠牲者も多いうえ、原発事故で今も大勢の被災者が避難生活を強いられている。
騎馬武者役の一人、南相馬市鹿島区の会社員、中橋安彦さん(49)は、
亡き妻の供養と自分自身の勇気を取り戻すため、今年も参加した。
午前6時、中橋さんは父親と兄弟に囲まれて甲冑(かっちゅう)を着込んだ。「うまく着られているかな」。そうつぶやき、妻かつえさん(46)の遺影に 何度も目をやった。結婚して25年。
着付け役は毎年、かつえさんの仕事だった。「出陣」は今年で33回目。
同市原町区の実家も例年7人が出陣する「野馬追一家」だ。
沿岸部にある自宅は津波で全壊し、がれきだけが残った。 津波到来直前、近所の住民が車で自宅に戻るかつえさんを目撃。
3月12日朝、がれきにうずもれたかつえさんを中橋さんが見つけた。
追い打ちを掛けるような原発事故。 同居する義母と長男は新潟県に避難し、自身は実家の馬の面倒を見るため、人影薄い市街地で世話を続けた。
「伝統は続けることに意味がある。それが復興につながる」。
その思いで、祭り開催が危ぶまれた5月、
地元で染め物店を営む同級生に旗指し物の新調を依頼した。
かつえさんの誕生日は祭り前日の22日。準備で例年忙しく、 結婚以来まともに祝うことができなかったという。
「野馬追のせいで私の誕生日がなくなった」と恨み節を言われたこともあった。今年の誕生日は小さなケーキを二つ遺影に供えた。
この日は甲冑を着け終えるのに1時間ほどかかった。 昨年までのようにうまくひもが結べない。失って、妻の大きさに気付く。
遺影を見つめた中橋さんは言う。
「落ち込んでばかりもいられない。これで一歩踏み出せる。
俺はもう大丈夫だと、どこかで見てくれている嫁にこの甲冑姿で伝えたい」
奥様の事は謹んでご冥福をお祈り致します。
けれど復興の為に、自ら甲冑を着込んだ貴方が本当に侍、武士に
想います。悲しみや苦しみを背負い、明日へと導く武士に。
でも私が奥様なら『やれやれ、私が着せないとダメですね』
と微笑むでしょうね。
姥桜拝
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