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母が亡くなって3週間が経ち、弔問の来客も落ち着き1人で過ごす事が多くなった。
一人とはこういうことか、
誰とも話さない、TVをつけなければ音なし、笑いなし黙っていればそれで一日が終わる
私が忙しがっていたころ母はこんな日々を過ごしていたのか
夜遅く帰ってきても食べてお風呂に入って部屋に入ってしまう娘を母はどう思っていたのだろう
孤独だったろう
マイがいたから笑顔になれた
そのマイが逝ってしまった昨年から母の具合は悪化した。
マイはどんな薬より母には効いていたのだ。
私には兄も姉もいる
正確には一人になったわけじゃない
でもそれぞれにすでに自分の暮らしを確立している
自分の空間があってたまに母に会いに来ていた
戻れば自分の暮らしがある
今はそれが羨ましい
私はずっと母と暮らしはなれたことが無い
ずっと母と暮らせた
他の兄姉よりずっと長くこれは宝のような時間だ
それゆえに苦しい
笑って話しかけたりボロボロ泣いたりを繰り返す
そう私は一人を初めて経験している
病気の母が自分より早く逝くのは頭ではわかっていても
自分の親はまだ死なないと思っていた
外泊でも良いからと母の帰りたがった家に今やっと戻っている
毎日母が食べたがった物を作って並べている
そうでもしないと何も食べられない
兄も姉も気遣ってくれる
が、皆自分の場所に戻れる
私はここしかない
ここにいるしかない
ずっと向き合って
母とマイと3人で暮らしたこの家に全ての思い出と共に。
去年の今頃はまだ3人で揃って過ごしていた
時は不思議、あれこれ思う
もう3週間、まだ3週間
昨日のことのようでもあり、もう半年経ったような気さえする
母の苦痛は終わった
それを唯一の慰めとして自分の寂しさを胸におさめる
寂しい悲しいは残ったこちらの感覚だ
天国で母は若い健康な体で軽やかに闊歩しているに違いない
マイが一緒に歩いているのは確かな事
母の病の初期に我が家にやってきたマイチンゲールと呼ばれた介護ニャン。
朝から寝るまでいつも母のそばを離れなかった
きっと今もべったりそばにいるのだろう
「ママを宜しくね マイ 頼んだよ」
朝出かけるときにいつも言っていた言葉
もう耳たこだよね
マイ
画像は去年の10月14日母がベランダに出るとヨロヨロと付いて来ます。
マイが亡くなるひと月前。
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ムー亡き後、我が家にやってきたセイ(猫)に舅はいつも、
「俺より先に行くな、なぁ。」と声をかけています。
外猫でもあるし、「大丈夫ですよ。」とは言いにくい・・・
せめてその時まで、お互いに楽しくやってくれたらなあと祈るばかりです。
2012/10/17(水) 午前 11:08
ムーちゃんもビー君もコゴト家の家族でしたよね。
セイちゃんも気ままながら家族として安心しきって暮らしているのだと思います。命の存在感は凄い。互いに影響を与え合っている。
私もマイの一周忌が過ぎたら相棒に廻り逢いたいと願っています。
2012/10/17(水) 午後 11:11
はじめましてーσ(゚ー^*)
han*toa*ia*oさんのブログのファンになったものです!
むしろブログだけじゃなくて、han*toa*ia*oさんのファンになりつつあります(´∀`*)
落ち込んで塞ぎこんでる時にふとヤフブロを検索しました。
そして色んなブログを読ませて貰う中で、han*toa*ia*oさんのブログに偶然出会いました。
派手さはないけど(失礼)でも、読む側をぐいぐいと引き付ける文章。
観察眼が鋭い方なんだというのはすぐに気づきました。
夢中に読んでいくうちに、気持ちのモヤモヤがいつのまに晴れてることに気づきましたヽ(*´∀`)ノ
han*toa*ia*oさんに実は聞いて欲しいことがあります。
何ていうか、このブログの管理人である、han*toa*ia*oさんだからこそ話せることっていうか私の悩みというか。。。
勝手ながら。。。私の連絡先です。
koikaren@i.softbank.jp
もし聞くだけなら聞いてもいいと思って貰えたなら連絡欲しいです。
ご迷惑は絶対におかけしないので(*#′∀`艸)
2015/1/20(火) 午後 5:25 [ u9h**jje ]