全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

イメージ 1
 
最後にMiracle Kidzの今後の予定を話してくれました。
「ダウンタウン熱血物語2、3」、「時代劇」、
そして「1人から作っていくのもいいんじゃないか?」という考えから始まって
「みんなで集まって1個のゲームを作る」イメージの
「『ダウンタウンツクール』のような…」というコンセプトのゲームも考えているらしいです。
「やっとゲームが作れるようになったんで、これからも頑張りたいです」でイベントが終わりました。
 
ここでファン達が売店のグッズを買いに行ったり、
ゲストのサインをもらいに出たりしていました。
自分も控えめにサインをもらおうとしましたが、
がっつきすぎだからというわけじゃなく
本人が開発に関わってないゲームにサインをねだらないように気を使おうとしてました。
自分の前の人がファミコン版の「熱血硬派くにおくん」を吉田さんにサインをもらおうとして
「あー、ちょっとこれは自分はやってないんで…」でも一応サインをしました。
 
イメージ 2
 
これは確実にやっていたので問題はなかった…のですが、
 
イメージ 3
 
実は最初っからこっちの方のサインを狙いにこのライブイベントに行くことを決めていました。
自分は確かに「くにおくん」シリーズに関しては全然浅いです。それは否定しません。
でも自分は「くにおくん」よりも「双截龍」シリーズのファンでしたから。
 
 
大体テクノスがMiracle Kidzに変わっていたことを最初は知っていませんでした。
 
イメージ 4
 
すべては「双截龍アドバンス」のスタッフロールの一ヶ所から始まってました。
「この『Miracle Kids!』って表示、なんか変だなー?」と思っただけでそれで終わりだったんですが、
3月末の「GRASSTREAM2」でテーブルの上に置いてあった別のチラシに
「Miracle Kidz」の文字が書いてあって、「あー!そんなのあったなー!?」で思い出したんですよ。
この「吉田さん」と同一人物でした。
 
今でも自分のDSのアドバンススロットに半永久的に刺さっている「双截龍アドバンス」ですが、
やっぱり吉田さんから聞きたかったことがあったんですよ。
 
イメージ 5
 
このゲームの一番の功労者・メインプランナーの海老沼宗樹さんの行方がどうしても知りたかったんですよ。
 
ググっても一番上がダブドラアドバンスの情報ページに彼から特別にもらったメッセージと、
 
次に出るのがアングライベントのホームページにある
2003年のイベントのレポートくらいのものでした。
同じスタントマンだから協力したんでしょう。
 
吉田さんから分かることはなんとか聞けました。
現在はテクノスの版権会社・ミリオンの契約社員ではなく、
むしろ今は「仕事のムリがたたって療養中です」と教えてくれました。
しかし「海老沼さんはとても情熱的な人で…」も言ってくれました。
あれだけの制限の中でも今でも遊べる面白いゲームを作ったくらいだからそうなんでしょう。
 
イメージ 6
 
サインをするときも「海老沼さんを差し置いてとてもサインできません…!」と言ったくらいで、
本ゲームのプロデューサーとして本当に控えめにサインしてくれました。
 
 
トーク中で判明したこともありました。
当時スタッフは新宿と仙台のオフィスにいて、
仙台のスタッフはゲームボーイアドバンスの「ダウンタウン熱血物語ex」、
新宿のスタッフはゲームボーイアドバンスの「双截龍アドバンス」を担当していました。
しかし吉田さん達は監修をしようにも新宿⇔仙台の移動は自腹だったらしく
また仙台の方はまだ経験が浅いスタッフが多い上に、
「『くにお』がついてたら売れるんだろう」という思い込みもあったようで
exの評価が微妙だったのがそれの結果なんでしょう。
 
でも「双截龍アドバンス」は傑作ですよ?
今でも中古の裸のカートリッジでも平気で定価いったりするくらいの傑作です。
 
 
 
以上で、
5月5日の上京でエルシャダイカフェと
Miracle Kidzのトークライブの長すぎて長すぎた1日が終わりました。
 
…いや、もう一つあるか。
自分は「エルシャダイ」と「シャドウ オブ ザ ダムド」で
地下ライブハウスのロフトプラスワンに2度行ったのは知ってるかもしれないが、
この日に何があったのか寄ってみたら、
 
イメージ 7
 
これはこれで面白そうなイベントがやってました。
 
イメージ 8
 
これで本当に「熱血浄化いいのくん」は終わりです。

この記事に

開く コメント(4)

次にやったのがファミコン芸人・フジタさんと
ゲームミュージック演奏家のサカモト教授とのコラボライブでした。
フジタさんがゲームを消音でプレイしながら漫談をし、
サカモト教授がエレクトーンでBGMを演奏のセットだ。
撮ったのはすべて動画だったから写真はないが、
上の文の通りだったからしょうがない。
「スターソルジャー」、「アトランチスの謎」、
「スペランカー」と「ドラゴンズレア」の4本でした。
 
しかしこの後がこのイベントのヤマ場でした。
 
イメージ 1
 
なんと当時開発中の最新のドッジボールを体験させてくれました。
ファミコンの「熱血高校ドッジボール部」とか「スーパードッジボール」とか
色々ありますが、今回のはWiiWare専用ソフト、
「ダウンタウン熱血どっじぼーる」です。
もう発売されているからこれは多分大丈夫のはずです。
 
後から知ったんですが、先月の「どっじぼーる」の発売記念イベントが
同じ場所のネイキッド・ロフトであったと知ったんですが、
当時金欠の上に節電の振替休日で普通に出勤日でどうみても無理でした。
「ダウンタウン熱血物語2」もやりそうなんで、それを期待して待っています。
 
話を戻そう。
この体験会はトーナメント式になっていて、上位3位まで勝ち残れたプレイヤーには
この「どっじぼーる」の動画データなどが入っているディスクをプレゼントとしてもらえました。
「Youtubeとかに上げてはいけませんよー?やっても誰かは分かるんで(笑」とのこと。
 
イメージ 2
 
かくして10数人の平均20代後半の男達が
ドッジボールの経験量云々に関わらずのガチンコの闘いが始まりました。
自分は勝てる気がまったくしなかったんで吉田さんの後ろで見ていました。
 
凄い試合が幾つかありましたね。
2対1の状態にまでなってタイムアップ寸前に
1人のチームが連続シュートを決めて1秒残して逆転勝利をしたり、
小細工なしにただボールをリーダーに投げてはキャッチ、投げてはキャッチで
お互いダメージを受けずの長い攻防もありました。
 
今回の「どっじぼーる」では今まで内野だけでしかプレイできなかったのが
「外野専門」というスタイルも選べたり、チームの総合力に差があっても
AIバランスがとってあったり、4・50人くらいのプレイヤー1人1人
吉田さんが名前・性格・血液型をすべて自分で決めていたと知りました。
その「性格」でもAIの戦法が変わるらしいです。
 
ゲームを作れる環境になるまで3年はかかったと言ってました。
2008年のMiracle Kidz設立からですね。
だからあれだけお腹を痛めて生んだゲームなんで
吉田さんはトーナメント中はずーっと熱心に画面を見ていました。
 
そしてトーナメント中に
「『りき(鮫島 力)』にはじつはモデルがいます。
瀧さん(元テクノス・瀧 邦夫社長、くにおくんのモデル)の古い友人です。」
という爆弾発言も。
マリオ、くにお と りきのモデルとなった人の顔は一度は見たいもんです。
 

この記事に

開く コメント(0)

イメージ 1
 
Youtubeリンクで動画も見ました。
 
イメージ 2
 
オープニングがなんと実写の「熱血硬派くにおくん」の攻略ビデオ
…とはいっても特に攻略につながる助言がない内容でした(笑
「Pアイテムで相手が吹っ飛ぶぞ!アイテムは自分で探せよな!」とか。
それに吉田さんが画面を指差しながら「彼らはうちのスタッフだった」というコメントも。
あとは販売店用にゲーム内容の説明ビデオなどがありました。
日米両方の「ダウンタウン熱血物語」がありました。結構丁寧な説明でしたね。
ここでも吉田さんは「物を持ち上げて投げることに気を使っていた」とか、
「熱血行進曲などの風も本物っぽく計算して入れてました」など。
 
「くにおくん」シリーズではシンプルだが奥が深いものがあるんでしょうね。
説明書を読まなくても「A、B、AB同時押し」だけでもなんとかなるし、
地面に落ちているものを拾って使うのにも
「落ちている時は背景扱い、拾ったらキャラの一部に」とかデータ容量を調整したりで。
テクノスが「くにおくん」で「ベルトアクションゲーム」のジャンルを作ったからねえ?
 

この記事に

開く コメント(0)

自分がイベントで大急ぎで書きとめていた
グチャグチャのメモから書き起こしているから、
実際に言ったセリフとはちょっと違っていたりするからそこんとこよろしくです。
でも「ダウンタウン」シリーズは構想だけでも9部まで考えているそうです。
Wiiウェアの2と未定の3はそこはカバーするのか、さらに出る続編に紹介されるのか?
 
イメージ 1
 
その一部は「ダウンタウン熱血物語2」と「3」の「げんさくぼん」に収録されています。
ゲームがいつ作れるようになるかは分からなかった時期に
せめて何を作ろうとしているのかをファンに知ってもらいたいと思って
資料本を作ったそうです。
 
イメージ 2
 
自分も1と2の本は買ったんですが、3は買ってなかったですねぇ。
実はというと、自分はくにおくんシリーズには疎いほうで
正直「このイベントにいてもよかったのか?」と思ったくらいです。
 
そりゃしょうがいないだろう?
北米には「FURYO」とか「BANCHOU」とかいうのがなかったんだからさー。
「くにおくん」が「レネゲイド」、「ダウンタウン熱血物語」が
「リバーシティ・ランサム(リバーシティ人質事件)」という名前になったんだから。
「くにおとりき」が「アレックスとライアン」になり、ストリートギャングになってた。
それと「ドッジボール部」、「熱血新記録」以降は北米リリースはなかったはず。
しかし吉田さんが言うに「米国では日本より2倍売れた」と。
あとは…あのころではかなり珍しい日米同時発売で、
向こうのスタッフから知った「Downtown」は普段使われる「都会」と違って
「下町」の意味として逆輸入して国内のタイトルにつけたらしい。
 
向こうの人は「あの8ビットのケツが一番記憶に残っていた」というコメントがあった。
確か、銭湯に入った時だったか?

この記事に

開く コメント(0)

イメージ 1
 
次にゲスト達が「ダウンタウン熱血行進曲 それゆけ大運動会」で勝負しました。
ちょっきゅうくんが「ダウンタウンで誰を選ぶかで性格を知る占いを考えたんですけど、
吉田さんは普段どのチームを選びますか?」と聞くと、
「いや…自分が作ったゲームはあまり遊ばないんで…」で調子がやや崩れ、
クロスカントリーで吉田さんが途中退場で空気がやや重くなってました。
 
しかし気を取り直して続きました。
次が昔のテクノスジャパンの本拠地・テクノスビルの紹介動画でした。
 
イメージ 2
 
ちょっきゅうくんがその身をもって紹介してくれました。
 
イメージ 3
 
しかも、
 
イメージ 4
 
イメージ 5
 
「クロスカントリー」と同じ地形を走り抜けていました。
あの格好で。
 
イメージ 6
 
テクノスの名前はまだ残っているようです。
 
ちなみに自分はファミコン版はやったことないですが、
ゲームボーイ版の「格闘パン食い競争」にはそれなりに自信がありました。

この記事に

開く コメント(0)

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]


.


みんなの更新記事