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Miracle Kidzの吉田さんは大半の人が知らないだろう
くにおくんシリーズの裏話をジャンジャン出してくれました。
アーケードからおなじみのファミコン頭身になる前は
「子供にも遊んでもらいたかった」の願いでの変化で、
「3頭身への変化にはかなり抵抗があった」といってました。
「忍者龍剣伝」から「じゃじゃ丸くん」に変わるくらいのイメージチェンジでしたからね。
それに関しては当時テクノスジャパンの社長でもあり
くにおのモデルでもあった瀧邦夫社長も「責任が取れるのか?」と聞いてきたくらいであり、
「君達だけじゃ取れないぞ?」の後に「俺にまかせろ」なことを言ってたらしいんだ。
「社長は厳しい時は厳しい」と吉田さんも言ってたんで、
生き方までくにおだということか。
自分がチームを説得するときは「一人対全員」状態だったとき、
「いいから吉田の言うとおりに作れ!」と助け舟を出すこともあったらしい。
それだけ信頼されていた。
 
しかし吉田さんの「仕事の7・8割は上司を説得していた」のには笑い、
「なんでくにおくん達がスポーツやってたんですか?」には「たまたま…」と答えて爆笑し、
サッカーなどを作るときも「サッカー作ってもいい?」なノリで企画出していたらしいです。
『大運動会』では裏方に回っていたと話したり、
「『くにおのおでん』に関して…」には
「作ってません…!」とはっきり答えてくれました。
 
あの頃はスタッフロールでの名前は「もけけ」とかのあだ名ばかりだったんで
どこに誰が何を作ったのかを知るのは難しかったですが、
吉田さんは自分の昔の仕事を一部教えてくれました。
本当に言えないことは「いやー、大人の事情で…」と言ってなかったんですが、
あれだけ大人の事情にあふれていたトークは聞いたことがなかったんだよねぇ…
 
たとえば「ドッジボール」を作ったあとはチームが
あの天下のスクウェアに行ってしばらく後に辞めたことがあると明かしたし、
「燃えろプロ野球」に関わったことを明かしたり、
デジタルハリウッドでも勤めていたこともあったを教えてくれました。
 
後は自分の過去の作品へのダメ出しも言ってました。
「『時代劇』ではキャラのセリフが一個ずつずれていたことで
ちゃんとプレイしてもストーリーが追えないから
いずれは作り直すことを考えています」と言っていた。
 
くにおくんシリーズの復活も計画しています。
ちゃんとした復活です。
「最近ではゲームの開発にはあまり時間をかけたくない流れがあります」との懸念や、
「最近くにおくんの評判が悪いと言うんで…」とのコメントも。
自分もそれほどプレイしたことはなかったんですけど、
確かにファミコン版とくらべてゲームボーイアドバンス版の微妙さや
アークシステムワークスのDSリメイクがコレジャナイ感があったのは理解できます。
くにおの版権はミリオンという会社が持っていて、開発会社ではなく
単に窓口の役目を果たしています。携帯電話・パチンコなどの乱発はそこからなんでしょう。
 
そして今年の3月で発表されたようです。
Wiiウェアで「ドッジボール」の新作と
「ダウンタウン熱血物語2」の製作発表でした。
そもそもファミコンの「熱血物語」は3部作の第1部で
東西南北に分かれた町の南地区の話だったらしいです。
どこのオウガバトルだ。
ようやくゲームを作れる環境が整ったらしいんで
オリジナルチームの逆襲と成功を願ってます。

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ファミコン芸人・フジタさんの次が、
 
イメージ 1
 
ファミコンミュージック演奏家のサカモト教授だった。
頭の上にファミコンが乗っていて、
そのファミコンにカートリッジを挿すとそのゲームの音楽を演奏する人だ。
ニコニコ動画の方で有名なゲーマーなのね?
そういや最近のファミ通でこのサカモト教授がDSとかPSPのゲームに
作曲担当になったらしいな? 
 
イメージ 2
 
演奏の後は3人でメインゲスト達が来るまでくにおくん雑談をしていた。
MCのちょっきゅうくんは「熱血行進曲で選ぶチームでその人の性格を知る占い」
なネタを準備していたようです。「冷峰高校使う人はガキ大将」とか
「花園高校使う人は普通と違うことを狙ってする人」とか。
 
 
そしてメインゲストが現れました。
 
イメージ 3
 
元テクノスジャパンの初期のくにおくん・ダウンタウンシリーズに関わっていた
現・Miracle Kidz社の代表、吉田晄浩さんが中央に座り、
隣にMiracle Kidzオンライン関係の作業担当の長谷川さんが座りました。
吉田さんは多分、自分が今まで会ったゲーム製作者では一番年上だと思いますね。
喋り方も喋る内容も職人に近い雰囲気でした。
「来る時は問題なかったですか?今の事務所はどこにありますか?」と聞けば、
「…いや、すぐそこで…」と指差してました。
ネイキッドロフトのある道路の斜め反対側にあるくらい近所でした。
それにこのイベントも急に話が上がったから
Miracle Kidzのゲストも特に決まってもなく、看板に名前が書いてなかったくらいでした。
そんなスタートで大丈夫か?でも一応大丈夫でした。

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オーケー、ようやく本命のイベントの話ができる。
 
イメージ 1
 
子供の日の午後4:30、
新宿のネイキッド・ロフトになんとかたどり着いた。
 
イメージ 2
 
イベントは「熱血硬派 東京新宿ゲームショーだよ! 全員集合!!」だ。
「ファミコン25周年で『くにおくん』は僕達の青春だったから何かしよう」で
制作者達を招待するイベントを考えた人がいた。
その前の月の「GRASSTREAM2」でこのチラシを見つけた。
 
スタッフを入れても30人弱はいたか?
ライブハウスよりバーに近い造りだったからね。
 
午後5時になり、
 
イメージ 3
 
MCの毒舌時事漫談芸人・独壇場直球が
「熱血硬派ちょっきゅうくん」として登場しました。
ダンボールのリーゼントと熱血高校ユニフォームのフル装備でした。
 
 
最初のゲストは「ファミコン芸人・フジタ」でした。
 
イメージ 4
 
ファミコン漫談で店内のテンションを上げました。
「コンボイの謎」や「ドラゴンズレア」の理不尽な難易度や
「ボルガードⅡ」の死ににくさをプレイしながらアピールしてネタにしました。
 
イメージ 5
 
もちろん「熱血硬派くにおくん」もやってました。
やられたら「ざけんじゃねえ」のシュールさ。
 
有野課長をゲーム方面に力を全て注ぎ込んだらフジタさんみたくなるんでしょうね。
この人は「ゲーム1万本持っている」と自負してましたが、
紹介VTRでの自宅を見たら納得しました。
玄関から廊下、自室までゲームソフトで溢れていました。
 
この人のゲーム愛は本物だと思いましたね。
ファンの人が作ったファミコンの
「スターソルジャー・フジタ版」をプレゼントにもらってたし、
イベント中でも見ていたけど
この人がファミコンのソフトを立ち上げる時、
1、2回でほとんどのソフトが起動したくらいソフトの扱い方を知っていた。
あれだけ古いゲームソフトだと10回以上抜き差ししても
カセットをフーフーしても立ち上がらないこともあるのに
20年前と同じ感覚でプレイできるのもひとつの才能だな?

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エルシャダイカフェで思わぬ伏兵がいた。
 
イメージ 1
 
「人間の知恵の結晶」だった。
米粉と黒ゴマのパンケーキに柚子カスタードをはさめたデザートだったが…
 
イメージ 2
 
硬かった。多分米粉のもっちり感が火の通しすぎで固めになったかもしれなかった。
フォークもなかなか突き刺せず、ナイフでも切れにくかったから
完食はしてもそれはちょっと汚かった。
 
イメージ 3
 
2回の来店で看板メニューグランドスラム成功させました。
 
 
 
 
新幹線+αでの移動時間4時間以上、待ち時間3時間、食事時間30分。
 
ここで本命のイベントに行きました。

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そういやこの日に並んでいた時、
開店時に店員さんがでっかい米袋を3,4袋抱えて店に入っていったのを見た。
あれが全部2品に使われたんだろうな…
 
看板メニューの2品のうち、
前回ではイカスミカレー「ルシフェルのつぶやき」を食べたので、
 
イメージ 1
 
「イーノックの旅支度」を頼んだ。
ボロネーゼライスグラタンだ。
この写真を撮った時間が15:11。
 
イメージ 2
 
同じく15:11。
 
イメージ 3
 
15:19でした。

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