東京某チャンネルテレビの特集番組で紹介しておりましたが、
今年から、公立高校の英語授業は、読む事から、話せる事へ重点を置き、
生徒の質問から先生の説明まで、全て英語で行う事なったそうです。
話せる英語を目的にする。この試み、個人的には大賛成です。
小学校高学年から、英語の授業が始まるのも、良いことだと思います。
国内の大手企業が、社内公用語を英語にするという、愚行の影響もあってか、
幼少期から英語を話せるように、教育する家庭も増えて来ました。
番組の中では、園長先生を含め、先生の全てが、
おそらく英語圏から来たであろう、外国人で構成された幼稚園を紹介されていて、
入園希望者も多い様です。
幼稚園内は、全て英語。
幼稚園からの教育ですから、発音は確かにネイティブ並になります。
英語を話せるようになる。
それは、大変素晴らしい事なのですが、そこまでして発音に拘る必要はあるのか、
少し疑問に思います。
日本人には英語の「R」と「L」、「B」と「V」の含まれる単語の発音。
その違いを聞き分けられないと言われますね。
幼少期であれば、日本人でも聞き分けられるようですが、成長と共に聞き分けが出来なくなる。
原因は、脳が 「日本人として生きるのであれば、必要のない能力」 として削除するからだそうです。
そして、聞き分けの出来る、年齢的リミットが「九歳」。
「九歳の壁」 と言われ、英語学習のネイティブ発音に拘る方にとっては、大変深刻な「壁」です。
だから、高い授業料を払ってでも、子供の頃から習わせたいんですね。
でも、一方で、聞き分けは耳の良さ(実際は聞き分けの出来る脳)によるという説もあります。
歌手の故・美空ひばりさんの耳は、驚異的に良かったらしく、聞き覚えた英語の発音は、正確だったそうですし、
小林克也さんも、アメリカのプロDJやアン・ルイスさんに、
「私より英語が上手い」と言わせる位に、綺麗な発音が出来ます。
二人とも、幼少期にネイティブ化教育は受けていないそうなので、
発音に関しては、一概に年齢のせいとも言えないかも知れません。
「我が子に、ネイティブ並の英語力を身に付けさせたい」
気持ちとしては解らなくもない面もありますが、そんなに重要なことなのでしょうか?
番組の中で、英語の話せるコメンテーターのお一人が、
「ネイティブな発音に、そんなに拘る必要もないと思います。
発音が良くても、会話の内容が稚拙な人も多くて、大切なのは会話の内容なんですけどね」
とした、意味の事を仰いました。
(この、コメンテーターさん、他にも、既に通訳なし、タブレット端末やスマホで会話出来る時代だから、余計必要なくなるのではないか? とも言って居られました。実際、広末涼子さんのCM「はなして翻訳」に見る様に、スマートフォンを通じて、借金のような、込み入った会話も出来る時代になって来ています。ま、CMの表現としてですが)
私も同感です。
極端な例えですが、日本語がネイティブ並に話せる外国の方が居たとして、
でも、話す内容はエロい話ばかりだと、日本語が上手いだけに、返って人間のレベルは疑われると思います。
渡米して俳優にでもなるのなら、話は別の様にも思えますが、
アーノルド・シュワルツェエネッガーさんのように、
米国人に「ドイツ訛がある」と言われながらも、スター俳優になった方も居られるし、
日本人なら、ショー・コスギさんの例も有るので、発音の善し悪しはそれ程、問題とも思えません。
同じ英語圏でも DAYを「デイ」と発音する地域と「ダイ」と発音する地域もありますし、
英語ではbutterの「t」の部分は強く発音するが、米語ではほぼ発音しないなど、国によって訛もあります。
canが「カン」や「キャン」だったり、様々です。
だったら、日本語なまりの英語だって問題ないんじゃないですかね?
外国の方で、日本人並みに日本語の上手な方も増えました。(特にオーストラリア人に多いですね)
そんな彼らからしても 「橋」と「箸」、「雨」と「飴」、「雲」と「蜘蛛」 の音は聞き分けにくいそうですが、
だからと言って、それが問題になる事はないそうです。
会話の状況や、文の前後で解るので、問題になるわけはありません。
「外、アメが降ってるぞ」
と言われて、キャンディーが降っていると想像する人は、まあいないでしょう。
訛っているんじゃなくて、本当に飴が降っていたら、凄いですけど…
大阪弁の「橋」は、会話の状況で、標準語の「箸」に近い時がありますが、会話では特に問題にもなりません。
スティーヴン・セガールさんの様に、標準語より大阪弁の方が上手くたって、
日本人時代の彼にとって、特に不利になった事が有った様にも思えません。
番組では、ネイティブな英会話教育に詳しい方の、カリキュラムも紹介されておりました。
幼児期にリズムなどに乗せて、アルファベットや英単語を覚える。
幼稚園〜小学校で、日常的な英会話を覚え、
中学生頃に、文法をやる事で、ネイティブ並の英会話が出来ると言いますが、
正直、笑ってしまいました。
これって、日本人が日本語を国語として学ぶカリキュラムを、
そのまま、英語に置き換えているだけですよね。
つまり、国語として英語を学ぶカリキュラムなわけです。
だったら、もう、日本国籍を捨てて、英語圏の国籍になった方が良いと思いますけど…
多分、想像ですが、ここまで、英語の発音に拘り、
幼児期から英語を学ばせる事に躍起になっているのは、日本人だけではないでしょうか。
ネイティブ並に日本語の話せる人が比較的多い、オーストラリア人でも、
「子供の頃、家庭内は、日本語だけでした」
という人は、まず居ないとおもいますよ。(本当は居るかもしれませんけどね(^^ゞ)
実際、英語の上手な通訳さん(日本人男性)が、日本語が下手くそで、
米国人有名マジシャンに、失望されるシーンを見た事があります。
私は英語は出来ないのですが、
「プライオリティーは日本語で何て言う?」
と聞かれて、
「プライオリティーはプライオリティー」
と答えたらしく。
「ポリシーは日本語で何て言う?」
と聞かれて、
「ポリシーはポリシー」
と答えて、
「…もう、君はいいよ…」
みたいな事を言われた。と聞きました。
欧米人は、自国の文化を語れない人を軽蔑するとは聞きますが、
欧米人でなくても、発音の良さよりも、どんな内容の会話が出来るか? を求めているものですよね。
アイデンティテーとして、日本語を軽視しますと、諸外国人から軽視されると思います。
余談ですが、日本は明治維新の頃、一時期ですが、
本気で日本語を撤廃し、国語を英語にしようとした事があります。
ここまで、アイデンティティー(独自性、主体性)に対して、無頓着な国民も珍しいのではないでしょうか?
(ま、それだけ柔軟な国民性とも言えますが)
英語の上達を目指すのは、一概に悪いとは言いません。
幼児期から英語教育ネイティブ化に熱心すぎると、母語が二つになり、
論理的思考が低下するとも言われて居ますから、気を付けて欲しいとは思います。
とは言っても、ネイティブ化に拘る親御さんは、拘ると思います。
大変さが増しますが、
「君、英語上手いね…でも、話は幼稚だね」
と言われないように、母国語(日本語)もしっかり勉強させてあげて欲しいですね。