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向日町の住友大阪セメント向日町サービスステーション専用線のスイッチャー。
1999(平成11)年6月までは、セメント輸送があったのですが
このスイッチャーが動いている姿は、ほとんど見かけませんでした。
2006(平成18)年3月に、貨物列車の設定が廃止されて
スイッチャーも用途を失い、姿を消しました。
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国鉄・JR
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詳細
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杉本町駅から分岐していた連合軍専用側線。 駐輪場になっている部分が怪しいと睨んでいたのですが、少々違うようです。
1947年頃と1975年の航空写真を見比べてみると
跨線橋付近で分岐して、東駅舎付近を通り
後に出来る阪和貨物線の敷地を横断して延びていたようです。
連合軍専用側線は、この住宅の真ん前を
軒をかすめるようにして曲がっていたようです。
阪和貨物線は、黄色いテント屋根の住宅の横を抜けています。
杉本町から分岐して、曲がって来た専用側線は
どうも、この道路の南側半分か、歩道部分を通っていたようです。
そう言えるのは、この先にある「杉本霊園」の位置が
明治末から変わっておらず、北側に拡げたとは思えないため。
北側に拡がって無いとすれば、南側に拡げられたとしか考えられず
その際に、専用側線敷地が転用されたのではないかと。
まぁ、決定的な資料が無いので、すべては想像でしかないのですがね。
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阪和線杉本町に残る謎の空間。
なんだ、阪和貨物線の跡じゃないかって?
いえいえ、それは画像の右側、空き地と東駅舎のある場所です。
私が言っているのは駐輪場になっている場所。
阪和貨物線があった頃から、貨物線に沿うように空き地がありました。
「官報」によると、昭和22年2月25日から
車扱貨物の取り扱いが開始されたようです。
いつもの通り、国土地理院の航空写真です。
左側に杉本町駅、そこから上に延びるのが阪和線。
右へとカーブしていくのが阪和貨物線です。
その貨物線と市立大学との間に「空き地」があるのがわかりますね。
この空き地は連合軍専用側線の痕跡ではないでしょうか。
連合軍専用側線が何時廃止されたのかは、未だに不明ですが
昭和32年発行の地図には、専用側線が貨物線と共に描かれているものの
分岐箇所が杉本町駅では無く、貨物線の我孫子大橋付近になっており
この頃には廃止されていたのかもしれませんね。
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