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ラッキーとちょうちんに攫われていたのを知らない私も日々の生活をしていた。
ラッキーの戸籍に載っている長女(東亜子)、長男(私)、二女(これはちょうちんが連れてきた)、三女(提灯の子で、ラッキーの子ではない)、四女(ラッキーが連れてきて第三妻の子にしてある)がいた。だから、全部、ラッキーの子ではないし、三女だけがちょうちんの子である。これは私が出産しているのに居合わせた。
東亜子が亡くなった後、福岡の明治鉱業の社宅があった場所で、いろいろ聞いた。
驚くべきことに、みなさん、ラッキーが自分の子ではないのにいろいろ攫ってきていたのを知っていたことであった。
東亜子も最初、篠栗の社宅で監禁されていたのを皆さん知っていた。その後、終戦まじかに東亜子を連れて、小倉に転勤になった。
終戦になって、篠栗の鉱業所に、クラブが再開されると、また、篠栗の鉱業所に帰ってきた。その時、私を連れていて、妻も新しくなっていた。
みなさん、このことを揶揄して
・・・・転勤してたら 女の子が 男の子に なっちゃって 年も小さくなちゃった・・・・と、言っていたそうだった。
社宅に住んでいたほとんどの方が知っているのに、当人の私は知らなかった。子供のころ、白人様のマスクをしているラッキーを見て「この人、本当にお父さんなのかな?」と、思うことはあった。
私が笹栗に来てから二女はいつの間にか、一緒に住んでいた。
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拉致、誘拐
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「驚くべきことに、みなさん、ラッキーが自分の子ではないのにいろいろ攫ってきていたのを知っていたことであった」、確かに「驚くべきこと」ですねぇ。長閑というか、おかしなことがあるんですねぇ。まさに「事実は小説より奇なり」ですねぇ。
2016/5/17(火) 午前 7:57
> mineさん、今晩は!
でも、よく考えたら、今でも、虐待児童がいても、あまり届けないですよね。まして、社宅ですから、隣近所で噂をして、笑っていても届けるということはなかなかできないでしょうね。
後年、ちょうちんは、妻に「社宅って嫌なところよ。いろんな噂をされて…気づまりだった」と、言っていたそうです。
千葉大生の事件も、あのアパートの前はよく通るのですが、わからなかったのでしょうね。わかったとしてもとどけるというところまではいかないと思います。
コメントありがとうございました。
2016/5/17(火) 午後 7:22 [ hannreinakinisimo ]