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ラッキーやちょうちんが私の子に怯えるのは、「瓜の蔓に、なすびはならぬ」の諺のように、自分たちの したことが悪いと承知していて、これを隠そうとして、さらに悪さを重ねるということでしょうが、これを 隠すために、自分たちの孫を東亜子の子として、入籍することを考えた。 と言っても、昔と違って、東亜子の子として、入籍するには出生証明書がいる。ならば、養子として、入 籍してしまえば、世間の芽だけごまかせると思ったのだろう。 もちろん、東亜子の遺産目当ても目的であっただろう。 しかしながら、ラッキーには「数えきれないほど子供がいる」とちょうちんがいつも言っているように、 沢山の子供の中から、選ぶということは子供たちの間で争いがおこるということだった。 この問題は後で、記述する。 吾郎が東亜子の前に現れたのは、ハワイであったそうだ。もちろん、戸籍は東亜子が知らない間に養子縁 組など、日本で、手続きが終わっていた。ラッキーの子である母親を秘匿しなければならなかった。 その時の様子を、東亜子と一緒にハワイに行った方に詳しく聞いた。 久しぶりにハワイの東亜子の別荘に行くと、ラッキーの第一妻と4,5歳くらいの吾郎がいた。そのときは それだけであった。 時がたって、変だと思ったのは,『吾郎』と言う名前は、東亜子が浮名流した二枚目俳優の本名である。 どういうことだろうと思って、その時は、東亜子と一緒に日本に帰ってきた。 何か月かして、又、一緒にハワイの別荘に行った。 その時だった。東亜子がラッキーの第一妻もろ共、吾郎を殴った。第一妻は吾郎をかばうために東亜子 に組み付いていくと東亜子は第一妻を突き飛ばすというよなことを目の当たりにした。 学齢に達した吾郎が日本で、東亜子の家に来てからも、東亜子の暴力は止まらなかったそうです。 そんな具合だったので、吾郎は東亜子の名古屋の別荘にいたそうです。事件の後、名古屋の別荘を引き 払うために、ここに出かけた私が近所の方に、いろいろ聞きまわった。「ここには吾郎さんがお母さんと ご一緒でした」と、…・ 事件の後、東亜子の暴力を教えてくれた方は「いつも吾郎ちゃんが殴られていて、大きくなったら、今 度は吾郎ちゃんが先生を殴っていました。だから、最初にフジタコトトメ死亡のニュースを聞いたときに は、吾郎ちゃんにやられたと思いましたが、ちょっとしたら、吾郎ちゃんも殺されていたと聞いたときど うなったんだろうと思いました」と、 私は、東亜子の辛さ、苦しさ、悔しさ、思うと・・・・ |

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「東亜子」さんの「辛さ、苦しさ、悔しさ」がどれほどのものであったか、想像するだけでも切ないですねぇ。
2017/4/4(火) 午前 8:03
> mineさん,今晩は!
この件は、東亜子もやりきれなかったかもしれませんが、吾郎も大変な人生だったでしょうね。
周りにいらした方のお話ですと、吾郎はいつも「つまんないなぁ〜」と言っていたそうです。
こういうことをするのは、みんなを苦しませるのですね。
2017/4/4(火) 午後 9:19 [ hannreinakinisimo ]
> mineさん、続きです。
東亜子と浮名流した二枚目俳優の方は、自殺(?)されています。自殺の前夜に東亜子と長い電話をしていたそうです。
そして、東亜子の遺骨は、持ち去られています。誰が持ち去ったかは、わかっておりますが、マスコミの方のお話ですと、消えたそうです。
2017/4/4(火) 午後 9:27 [ hannreinakinisimo ]
人は誰でも、「みんなを苦しませる」ようなことをしてはなりませんねぇ。
2017/4/11(火) 午前 8:40
> mineさん,今晩は!
そうですね。人として、やってはいけないことです。「自分はいったいどこから来たのか?」と苦しんでいる私の一番下の妹となっている四女は中学生くらいから、苦しんでいました。当時、大学生だった私のことを「おじさん」と呼んでいました。今思うと、戸籍などは紙だと思っていたのでしょうね。
2017/4/11(火) 午後 9:32 [ hannreinakinisimo ]
> mineさん、続きです。
こういう問題には、どうも、女性の方が敏感ではないかと思いますが、いかがでしょうか…
コメントありがとうございます。
2017/4/11(火) 午後 9:34 [ hannreinakinisimo ]