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明けましておめでとうございます。
早いもので、藤田小女姫殺害事件から、20数年過ぎました。
ハワイの裁判所から裁判記録を取りよせるためと被害者藤田東亜子の在外資産を日本国に移すために、渉外弁護士に依頼しました。
その時に、弁護士さんたちは戸籍を見て・・・法務省の役人たちは『世界に冠たる日本の戸籍制度』と胸を張るけれどなぁ・・・と呆れていました。
それから、少しして、日本通で、元米軍情報将校だったサイディンスッテカー氏にお目にかかった時に、・・・「戸籍がでたらめであったので、私は東亜子と異母弟だとばかり思っていたせいで、生前、会うことが出来ませんでした」と、・・・
すると̪氏は「日本の戸籍?あれは出たらねです」と、流ちょうな日本語で、言われました。
それから、この20数年の間になにか変化があったかと言おうと何もないような気がします。
昨今、話題になったことですが、現在の戸籍制度では
婚姻関係にある男女の間で、妻が婚姻関係でない男性の子を産んだ場合でも、夫の戸籍に入れるか、生まれた子を無戸籍にするかになるかですね。
どうすればいいのでしょうか?
皆様ご意見をお聞かせください。
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★ 占い師・藤田小女姫がなぜ惨殺されたか・・・
★ 服役している福迫雷太氏でないというならば、どんな人物達がやった のか・・・
2点について考えると
ちょうちんはいつも「ラッキーさんはあんたらの考えているような人ではなか! 何人子供がいるかわからないし、数えきれないくらいなんだから!!」を口癖だった。
事件後、色入りな人物に会って、ラッキーの子があちらこちらにいると思えるようになった。ちょうちんの言っていたことは大げさではなかったと納得した。
そして、その全部が戸籍がでたらめであるし、無戸籍であるかだった。
ラッキーの戸籍に入っているのは誰一人としてラッキーの子はいないのであった。
ラッキーも私どもにこう言っていた。「みんなに『この馬鹿親父!」』われてまいっているんだよ」と、
生活できないラッキーの子達が東亜子のところに行って居候や金品をむさぼったりして生きていた。
ところが、数多く子供たちはラッキーの子とは言え母親はいろいろいて、同じラッキーの子と言っても反りが合わなかった。
福迫君や吾郎は仲が良かった。つまり、東亜子の資産を多くとっていたのだろう。みんな仲良くはできないのは当たり前であった。
東亜子と吾郎をを殺害して、犯人として福迫君を・・・と言うわけであったのだろう。
以上のように推測しています。
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福迫君がアメリカに移送されるときに東京高等裁判所で移送の可否について審判が行われ、私も傍聴した。
そこで、私が福迫君の父上を見かけた。マスコミの方が注目していたので、あぁ この方が福迫被告のご両親だなとわかったのだ。
しかし、母上は初めてだったが、父上は以前に何回か会ったというより、見かけた。いずれもラッキーと一緒であった。言葉を交わしたことはなかったし、私ども見ているようだった。
ラッキーは不動産の学校ごっこみたいなことをやっていて、この講師として福迫君の父上が来ていた。
「あぁ〜そういうことだったのか」と思った。
審判が始まって、福迫君が証言したことで、どういうことだと思ったのが、この証言だった。
「僕は吾郎君とは親しくて、食事を作ってやったり、仲良くやっていたのに殺害するわけなないし、吾郎君と僕とは『双子の兄弟』と言われるくらい似ています」と、証言した。
私はこの言葉に驚いた。
私が被害者・吾郎を新聞やテレビで知った時、「なんとラッキーと似ていることだろう。どういうわけだろう」と思った。
それに福迫君の父上と一緒にいる姿はまるで親子だった。私とラッキーが肩寄せあったことなどただの一度もないのに、あれは何なのだと思ったのに。
吾郎も雷太君もラッキーも近い血族なのだろうか?
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先の「同い年」の項で、ラッキーの第一妻の長女と私の母親になっているちょうちんが同い年であることを書きました。
ここで疑問なのですが、
第一妻の長女ではあるが、ラッキーの子ではなくて、第一妻の先の夫と第一妻の子であるわけですから、ラッキーとは親子関係はありません。
だとすれば、ラッキーが第一妻と離婚後は第一妻の長女と婚姻関係を結ぶことはできるでしょうね?
東亜子は第一妻とラッキーとの間の子として戸籍に記載されているのですが、私は第一妻の長女と同い年のちょうちんとラッキーの長男として戸籍に記載されています。
どうか、よろしくご教示のほどをお願いいたします。
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