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かつて、私は心中を持ちかけられたことがあった。
ラッキーには、戸籍に入れた人数だけでも生涯3人の妻がいた。
女1・・・東亜子
私
ラッキー 女2・・・子A(女児)
子B(女児)
女3・・・子3(女児)
となっていたが、ラッキーの子は誰もいなかった。もちろん、ラッキーには、子供がいないわけがなかった。私が一緒に過ごした女2(提灯としておく)が言うには、「数え切れないほど」と、いつも言っていた。
ラッキーと女1は女1が一回り(つまり12歳)年上だ。東京で同棲していて、この女との間に何人も子がいたが、女1は夫がいて、ラッキーとの間に子ができたとしても、女1の戸籍に入籍する。しかし、それはまずいのでどこかに入籍するか闇から闇へとなるのでしょう。ラッキーより12歳年上と言うことの意味が重要だ。
女2は私と生活をともにした。いろいろありました。ラッキーより一回り年下でした。つまり、女1と女2とは24歳差でした。女1の長女と同い年だった。
日本の戸籍はでたらめのきわみではあるが、弁護士事務所などで、戸籍の問題を話すとき、女は何歳で出産可能だとか、男は何歳で可能だとかそんな話をする。
考えてみてください。女1の出生届が少し遅れて出されたとしたら、女1にはにはラッキーと同い年の子がいたとしても不思議ではないでしょう。
女3については後にして
私の下には女2が連れてきた子Aがいました。いつも、「後で、役に立つから・・・」と、口癖だったように、なにか利用するために連れてきたのでしょう。
そして、子Bは女2の子であった。これは確かです。しかし、ラッキーの子とは限りません。
ラッキーが子Bが自分の子ではないと知ったとき、
寒いときのことだった、真夜中、ごそごそ、なにか話し声が聞こえてきた。突然、ラッキーの声で「馬鹿!なにをする!」と言う声で、私は飛び起きた。
女2が子Bの首に手をかけた。子Bは6歳、泣き声はしなかったので気絶したのだと思う。でも、生涯、子Bはそのことを覚えていると思う。
念を押します。子Bは女2の実子です。
女2は「この子はがいなければいいんでしょう」とばかり、子Bの首に手をかけたと思う。人というのは自分の立場を守るためなら、自分の子にてをかけるんですね。
私はそれが人間だと思う。自分が食べなくても我が子にはというのはまだ余裕があるときだと思います。
その後、女2は江戸川に行ったので、私は追いかけて、江戸川の土手に行った。長い間、黙って歩き回っていた。なにか、考えている風だったが、突然、「○○ちゃん(私のこと)、一緒に死のう」と、言い出した。
冬の江戸川に飛び込めば、おそらく、おぼれるとかではなく死ぬでしょう。私が死ぬのは嫌だと考えている間に、人がやってきた。
酔っ払いだった。「よう、ねえーちゃん・・・」と声をかけてきた。
この酔っ払いがいなければ・・・女2の道連れになっていたのかと、
人間は自分が一番かわいいのです。切羽詰まったときの行動でした。
昨今、幼児の虐待死が起こっていますが、それは虐待する方に精神的、経済的に苦しいことや辛いことがあるのでしょう。
私のところのみならず、東亜子のところも同じだったんでしょう。そういえば、小学校も行っていなかった。
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