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失業者であるラッキーとちょうちんの争いの中でも月日は容赦なく過ぎていきました。小学校に通い始めた私どもは昭和331年を迎えました。ラッキーは何処かに行っていて江戸川の自宅には帰ってきません。
この年出された経済白書はもはや戦後ではないと書かれていたそうです。失業者であるラッキーはどこからか金を工面して、送ってきたようでした。偽名でした。
そんなある日、突然、ラッキーが私が中学に入るのだから、学生服を買おうと言って帰ってきました。これは私がうかつだったのでしょうが、ラッキーとちょうちんを親だと信じていたからです。
生きて子別れした女性は、即座に別れた子の年齢を言えるそうです。そして、一緒に生きているつもりなのだそうです。
私は何人もの子と生き別れた女性にそのことを聞きました。みなさん、「忘れられるわけがないでしょう。こんな酷いことはないんです」と言います。
私の親も例外ではなかったのでしょう。ラッキーに金を渡したと考えるのが自然でしょう。それより、これを見たちょうちんはラッキーの先にいる私の親や東亜子に金を取る照準を合わせたのでした。
我が母も女性なら、ちょうちんのも同じ女性なのに、金づるにしたのです。こうして、収入が皆無なのに餓死しないで今日まで生きました。
そして、私は金のために働き始めました。
実の母がラッキーに渡した金は私の学ラン代になったのはわすかでしょうが・・・
大学生になるまで着用しました。
中学に入ったときに袖口を幾重かに折り曲げていました。袖口を見て下さい。まだ、長かったです。
そして、この後、ちょうちんは家に放火はするし包丁は投げるし、大変荒れ狂ったのです。マッチや包丁を隠していたラッキーを見て、なんにも感じませんでした。
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2012年05月12日
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