|
8月になりました。8月は終戦記念日があります。
昭和20年、東亜子は小学校入学前で。ラッキーの第一妻に攫われて、東京・江戸川にあった吉原関係者関い係者に借金の形として、引き渡された。
引き渡された先は、私が東京に来て住むことになった家の近くで、その家の一家はちょうちんは古くからの知り合いであった。
ラッキーの第一妻が東亜子を引き渡したのは第一妻もその家と知り合いであったということだ。
つまり、ラッキーの第一妻も第ニ妻であるちょうちんもみんな知り合いだということだ。
私は東亜子が殺害されて、いくらもしない頃、この家を訪ねた。この家の主人夫妻は80歳過ぎになっていた。「もう、年なので、今、話しておかなければね。話す機会がなくなるかもしれないから洋ちゃんに全部話すからね」と、言ってくれた。
最初、ラッキーと第一妻の借金の形に東亜子を連れてきたときの様子を話してくれてた。そして、第一妻とラッキーがなぜ、そんな借金を作ったかも話してくれた。
借金はラッキーが仕事もしないで、九州から出てきて、まだ、その頃は第一妻はほかの人の妻であのに、ラッキーと仲良くなってしまって、一緒に生活していたことによるものだった。さらに第一妻も浪費家で、若い学生などにおごってやっていたそうだ。
東亜子を連れた第一妻は江戸川の土手(寅さんの映画に出てくる場所)を行きつ戻りつしてから、近所の人形やさんに行ってから、ここに連れてきてもらったそうです。
引き取られた東亜子は、この家の主人が東北・秋田に連れていくのであった。秋田はいずれ吉原にやる子供たちがその時までいる場所であった。
東亜子が少学校入学前であった。小学校の入学の写真があった。そこには校長先生らしき人が映っていた。そして、担任の女教師が映っているので、この二人を探して、秋田に行った。
校長先生の方はなくなっていた。女性教師には面会できた。下を向いて何も話しませんでした。
|