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占い師・藤田小女姫(フジタコトトメ)として、長い間、仕事をしてきた東亜子が残した写真は、押し入れにいっぱいあったそうです。私が成城の自宅を入った時にも、押し入れ半分くらいはありました。
管財人が選ばれて、東亜子の自宅と名古屋の別荘に入りました。ところが、女中とか秘書とか名乗る女性が事件後、ほぼ1年間、入り込んで、ロックアウトした状態で過ごしていました。その間、いろいろなものを外部に持ち出していたとのことでした。
裁判所により、管財人が派遣された日に、女中ないしは秘書の方は、遺族と顔を合わせることを避けて、早朝、マンションの管理人室に鍵を預けて消えました。
私は弁護士を通じて、立ち退きの要請を頻繁にしていました。
近所の方や東亜子の知り合いによれば、この女中さんは、どこかから、車でやってくる男に荷物を運び出させていたと、伝えられています。
成城の自宅にあった写真でも,私が驚くようなのがたくさんありましたが、ここではハワイからの裁判記録と共に手に入れた写真について書きます。
事件後、ハワイ州が、無遺言遺産は州のものと言い張り、東亜子の資産に食指を動かしたのは以前に書きました。
この件について、殺害されているのに、無遺言遺産云々とは、どうしても、納得いかないし、殺人事件でこういうことを言い出す非常識を弁護団で、非難しました。
そうしたら、いつの間にか立ち消えになりました。
ハワイからの裁判記録はA4の紙で、積み重ねると20センチくらいの高さになりました。もちろん、全部英文で書かれています。
写真の方は、主に遺体となった東亜子です。それと、事件現場の写真です。
裁判記録は翻訳をしました。
弁護士(福迫君側)や検察官とのやり取りを記録したものです。
私が注目したのは殺害方法です。事件当初、マスコミによって、流されたのは福迫君が拳銃によって、殺害したといわれてきました。
ところが、それを否定するかのように、
「太い腕が寝ているコトトメの首を絞めて・・・」というやりとりがありました。
そして、遺体の写真では、猿轡を咬まされた東亜子の顔写真がありました。つまり、太い腕で、首を絞められて東亜子は猿轡を咬まされたのです。
見るに堪えない写真でしたが、気力を振り絞って次を見ました。
猿轡をかまされて、東亜子は酷い暴行を受けていたのです。
描写するのはつらいですが、東亜子はの背中には釘状の者でジグザグにひっかかれた傷跡がついていました。
そして、全裸にされた遺体は、足の先が、焼かれて、炭化した焦げ跡がついています。このことは生活反応がないとかあるとか争われています。
こんな惨いことが、常夏の島ハワイで行われていたのですね。
私は犯人たちの予想はついています。
彼らに言いたい!!
寝ている老女を多人数で、こんなことをするのですね。翻訳した人は≪東亜子さん、悔しかったでしょうね。起きていれば、一人くらいは道連れにできたのに!!」と、
東亜子の周りの方がおしゃるには「コトトメちゃんは体力が凄かったのよ。あの年で、股割ができるのよ。そこで、みんなに見て!見て!と言って、やっていたのよ」と、
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