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長らく、ブログを書いてきましたが、私の中では真犯人の面影は、私の身分を知ったころから、推測できました。
事件後、東亜子の知り合いだった多くのジャーナリストの皆さんんのごい絵kンなど伺うと私の考えていたことと一致します。
事件後、私は、四国の阿波を訪ねて、祖父と祖母のことをいろいろ教えていただきました。
ラッキーは、自分の身分を隠すためだったか、写真などを隠していました。ちょうちんと別れて、荷物を新らしい住所に越していってからも、時々やってきては,、何か、持って行っていました。
ですから、私は祖父母の写真を見たことがありませんでした。もちろん、どんな家に住んでいたのかも知りませんでした。
晩年、病院をサロンのようにしていたラッキーが死んで、おっつけ、ちょうちんがガンになりました。
ちょうちんのアルバムに祖父が映っていました。もちろん、私は写真の男が祖父であるとはわかりませんでしたが、妻が「この人、あなたに似ているわね。ひょっとしたら、おじいちゃんかもね?」と言うのです。
次に「でも、変なのよね。だってお義父さん(ラッキーのこと)には、全然、にてないもの・・・人種が違うみたいだよ」と言う。
しかし、その写真にはちょうちんも写っていた。
四国の阿波や讃岐に行って、写真の男が、祖父であるかどうか確かめに行くことにした。
四国には、祖父の姪がご健在であった。
件の写真を見ていただき、「これは私のじいさんですか?」と質問したら、「そうや、○○おじやわ・・・あんたによう似っとたわぁ・・・」と、
この写真は裏書に昭和12年撮影時されていた。大勢の女性に囲まれた祖父は車に乗ってきたらしく今でいうわが御社のような車で運転手が一緒だったのか、祖父よりは若い男性と並んでいた。
私の大叔母にあたる方は「○○叔父は、なんで、あのときに九州に行ったのか、みんなで止めたのに、・・・あの時、行かなければよかったのにね・・・」と言って、残念がった。
ラッキーの実の父親は、戸籍上、何にも記載されないで、祖父の子として、記載される日本の戸籍制度は???
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2018年10月05日
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