平成の巌窟王・福迫雷太氏はなぜ獄に

1994年2月23日(ハワイ時間)姉・藤田小女姫(フジタコトトメと読みます)こと藤田東亜子はホノルルの自宅コンドミニアムで惨殺さ

被害者・藤田小女姫の真実

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 ラッキーは最初東亜子をさらって、江戸川縁の吉原関係者に引き渡し,自身と第一妻の借金の形にした。
 ところが終戦で吉原は焼け出された。
 
 ラッキーは、まわりのものに脅されたせいもあるのだろうが、私ども親子をむさぼった。
 
 
イメージ 1
 これ写真は東亜子がベッドサイドに飾ってみていた物です。私は戦後に成長しましたから、この写真を見て、他人が差別的に思うとは考えられませんでした。だから、この写真は我が家の玄関を入ったところで、お客様を出迎えるように飾ってあります。
 誇りにこそ思っています。
 
 東亜子はその差別的のことばを投げかけられていたのでしょうか・・・ベッドサイドで、一人密かに思っていたのでしょう。
 世間的に名を知られた母の夫のことを考えたら,何も言えなかったのでしょう。
 
 
 

無心

 東亜子がいつから、占い師として街頭に立ったのか、残された写真等で見てみると、今で言う小学校上級か中学生のはじめの頃が一番最初であろう。旅から旅へ歩いていたようだ。
 名前は「小乙姫」と書いて、「コトトメ」としていたようだ。そして、監視役だろうか・・・大人の女性(30歳過ぎ)の女性が「小姫」としてついてまわっていた。他にも同年代の恩何の子が数人同道している。おそらく、群馬から上京してきたのだろう。
 昭和20年3月、東京大空襲で焼かれなかった江戸川縁(後に私が住むことになる)で、ラッキーの第一妻によって、吉原関係者に引き渡された後、秋田、群馬に連れられていたが、吉原は消失していたので、一応、占い師としてつれられてきたと思われる。
 私もこの吉原関係者とは長い間、つきあっていた。ラッキーが小岩駅近くで、暴行をされた。俺を実行したのはこの吉原関係者であった。戦後になって、世の中は一変してしまったので、女の子を「占い」と称して連れ歩いていたのだ。
 
 
 さらわれた子がこのようにして、金を稼がされた。
 私とて、ラッキーやちょうちんがなにかさせて、金をと思っていた。東亜子が実の母に発見されて、マスコミに登場してから、3年くらいたった頃だろう。
 中学生になったばかりの私は「豆腐売り」をさせられて、最初の仕事をした。
 我が子と行き別れした女性は即座に別れた子の年齢を言えるそうだが、そういう我が母から子をだしにして無心をしておいて、かつ、さらった子を働かせるのだった。
 
 大きな金を動かせるようになった東亜子からは、もちろん、母や私からもラッキーとちょうちんは無心をしてくるのであった。東亜子の方は第一妻が加わったのだ。
 
 ラッキーが小岩駅頭で、暴行を受けたのは、私やちょうちんが上京してから、すぐだった。これは、ちょうちんが吉原関係者に頼んで、文無しのラッキーから金を取ることだったが、無料でこんなことをしてくれる人間はいない。
 金額は家一軒相当であった。
 
 
 被害者・藤田小女姫こと藤田東亜子には肉親がいないと世間には喧伝されていた。
 
 ハワイでの事件が報道されてから、すぐに地元の警察署に出かけて、、身分を名乗り、これから、どうしたらいいか尋ねた。
 これは一番に外務省邦人保護課でと言うことでした。
 
 続いて、一応マスコミの方にも連絡を取った。それで、私が身内と言うことで報道された。
 
 相続と言うことになれば、故人の遺産というより負債の始末をしなければならない。ここが一番重要だ。
 いろいろな経験豊かな中学時代の恩師を訪ねて、事情を説明して、どうしたものか教えを乞うた。
 「サラリーマンとか勤め人だった人が亡くなった場合と違って、自分で仕事をしていた人が、こんな風に死んだ場合、必ず、遺産は負債の方が多くなるものだからね。そういうものなんだよ。人というのは! 亡くなった人に金を貸していた人は必ず申し出るよ。ところが、反対に借りていた人は、決して、申し出ないから、・・・・
 「人というものはそういうものなんだよ」
 
 この恩師の言葉は、まさに至言であった。
 
 私が東亜子の身内であるとわかって最初に申し出てこられたのが、東亜子が成田からハワイに向かう前に東京駅側のデパートで、ハワイへの土産にするために買ったものであろう海苔とお茶であった。
 概算で50,000円ほどであった。これをカードで支払っていた。
 事件が報道されて、買い物をした当人が死亡したと知ったデパートは早速、私のところに、債権の確認をしたのであった。
 生まれたときはどうであったかわからないが、物心ついてから、電話で、一度話したきりで、ちょうちんが亡くなり、今、まさに『会いに行こう』と思っていた矢先のことだった私にとって、亡くなる寸前の東亜子の行動の一面を見た。
 この支払いはすべての財産の詳細がわかってから支払うことになるだろうが、一応、マスコミの方にハワイに到着した直後の東亜子の様子を確かめると「コンドミニアムの管理人さんが大きな荷物を持ったコトトメさんを見てるそうです」とも、ことでした。
 
 50,000円分の海苔とお茶は土産だったのだろう。時差の関係で、何日とはいえないけれど、大荷物を抱えて、自宅に入った日から、翌日には事件になったものと思われることから、真犯人たちへの土産になったのだろう。
 事件後の部屋の様子を写真で見ると、何も残されてはいない。物言わぬ東亜子が発見されたクローゼットには衣類がなにも残されていなかった。
 
 この請求書とか東京の自宅に残されたメモ等から、日本での東亜子の足取りをたどることができた。
 
 東京駅から成田に向かう東亜子を追っているものがいたのが目に浮かぶようです。
 
 50,000円分の海苔とお茶は嵩としてどのくらいになるんでしょうね?
 

暴走族

 故・吾郎の事件時年齢は、20歳でした。
 
 普通なら大学紙の年齢なんでしょうが、何もどこにも所属していませんでした。ハワイにはよく行っていたようです。日本の大学に来たかったようで、東亜子が知り合いに裏口入学の依頼を何件かしていたようです。
 しかしながら、ほとんど、小学校から学校らしきところに行っていなかったようです。在籍はしていたようですが、登校はしていなかったようです。
 東亜子のところに呼び出し状が束になって出てきました。
 吾郎の住所は東京ですが、実態は名古屋に暮らしていたみたいです。それも実親と一緒だったのでしょう。
 
 事件後、某週刊誌には名古屋で暴走族に加盟していたとの記事もありましたし、それらしきものもありました。
 
 

星の数ほど

 と言う言葉は多数を意味します。
 
 ちょうちんは私ども(私と家内)に向かって、何度もこう言いました。「あんたら!ラッキーさんには気をつけた方がいいよ。何人子どもがいるかわからないんだから……借金を残されるよ!」
 
 結論から言います。
 東亜子を惨殺した犯人は,このちょうちんが言う「何人いるかわからないほどのこどもたち」がやったと私は思っています。
 
 このこどもたちはほとんど母親は違うでしょう。別々の母親から生まれた子ども同士は非常に仲が悪いのです。
 母親達の代理戦争をこどもたちがやっている。そんな具合でした。
 
 ラッキーが福岡から東京に出てきたときは第一の妻が蒲田で所帯を持っていました。もちろん、ラッキーとではありません。子どもが何人かいました。
 第一の妻とラッキーとは一回り以上違います。もちろん、ラッキーの方が年下です。私の母親になっているちょうちんとは第一妻の長女と同い年です。
 このことを東亜子の事件の後,私は電話で第一妻の長女言いました。
 
 ラッキーも第一妻も容姿は白人でした。
 
 その後、ラッキーが明治鉱業の庶務課でクラブつまり会社専属の保養所の開設するのですが、高田協業所は貝島炭鉱と合併したので、その用意のためにラッキー達は採用されたようです。
 何はなくても、保養所をと言うのでしょうね。
 
 女性を集めて、作業員のための保養所を作って、開坑を待ったのでしょうが、このころから、ラッキーが沢山のこどもたちを作ることになります。
 
 子どもが出来たからと言ってラッキーは責任を取るような男ではなかった。産業廃棄物のように捨て去った。
 ところが、母親は一生懸命子を育てた。
 このこどもたちは戸籍のないのが沢山いたし、どこかの戸籍に入れ込んだのもいた。それと、母親の親族の戸籍に入れたのもいたようだ。
 このこどもたちは母親に「あなたの父親はラッキーさんよ」と言い聞かされて育った。
 
 戦後になり、こどもたちも大きくなって、東亜子が藤田小女姫として,活躍している姿を見て、大勢の彼ら、彼女らは東亜子の周りを徘徊した。
 
 ラッキーの戸籍にはラッキーの子は誰一人として入れてないのに、私どもを入れていた理由はいろいろあるでしょうが、私の推測では日本人の容姿であったのも一つでだったでしょう。
 特に私は祖父とよく似ていると四国の親戚のかたが言います。
 
 沢山のラッキーのこどもたちは仕事を持たなかったので、生活が成り立たない。そして、目に付けたのが際立つ資産と収入を持つ東亜子であった。
 
 別々の女性から生まれた沢山のこどもたちはそれぞれに東亜子に,悪く言えば「集る」生活をした。それぞれ反目していたので、「あいつの方が多い」とかいがみ合ったでしょう。
 
 数多いたかりの人間はラッキーの子どものみならず、子どもの子どもつまり、孫も含まれるようになっていった。
 
 こんな状態だったようです。東亜子の金がつきたときが惨殺だったのです。
 
 亡くなった吾郎も獄にいる福迫君もこの一員であることは確かでしょう。
 
 おぞましい事件です。ある方は言います「日本の恥部です」と、・・・・
 全ては嘘の戸籍から発生しているのです。
 

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