平成の巌窟王・福迫雷太氏はなぜ獄に

1994年2月23日(ハワイ時間)姉・藤田小女姫(フジタコトトメと読みます)こと藤田東亜子はホノルルの自宅コンドミニアムで惨殺さ

被害者・藤田小女姫の真実

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買い物姿で・・・

 福岡に行って、改めて思い出すのは東亜子がラッキーの第一妻によって攫われたときの様子です。
 
 祖父母の家にいた東亜子が買い物姿のラッキーの第一妻によって、拉致された後のことです。私が小学校高学年まで過ごした明治鉱業の炭住(当地の方は社宅と言っていますが、東京に来て炭住といっていました。2軒長屋です)に連れてこられたのは昭和19年も暮れの押し詰まった頃だ。
 
 この炭住は私が住んでいた炭住とは近かったが同じのではない。そこで、東亜子は軟禁であるから、外には出られなかった。
 同じ頃、東亜子と同じ年頃の子が外から家の中にいるのがわかっても見るだけで,声を掛ける雰囲気ではなかったそうだ。沢山の炭住が並んでいたから子どもは大勢いたので、後に東亜子が雑誌などマスコミに登場するようになると「あぁ、あそこの家にいた女の子だわ」とみんなんで言い合ったそうだ。
 
 その後、ラッキーは小倉に転勤になって、小倉の炭住に行くのであった。小倉は戸畑の祖父母の家から近かった。それに若松も近いので、東亜子を炭住に監禁できなくなった。
 そこで、ラッキーの第一妻に東亜子を東京に連れて行き、自分たちの借金の形に吉原関係者に手渡すのであった。
 その時の追われている様子を東亜子は「幸運への招待」に書いてあった。
 
 その時から,10年くらい過ぎた頃、私は東亜子の売られた場所近くに住むことになった。
 

福岡で・・・

 今月17日に福岡に行ってきました。
 
 明治鉱業・高田鉱業所にあった小学校に私が入学したのは昭和25年4月だった。その時の同窓会が博多で行われました。
 
 私はラッキーとちょうちんの子でないと知ったのは、東亜子がハワイで惨殺された後だった。ところが,明治鉱業の関係者や地元のみんなはそのことを全部が知っていた。
 明治鉱業との閉山とともに廃校になった小学校はほとんどが明治鉱業に何らかのつながりを持った人たちの子弟が通っていた。幼稚園などは明治鉱業立であった。
 
 ところが、みなさんは『私がラッキーとちょうちんの子でないということを知らない』というlことを知らなかった。
 そのことは東京に来てからも同じで、私が近所のおばさんたちに「ちょうちんは私のことを何っていっていましたか?」と聞いたときに上の二人(私と次女)は私のこではないが最後の女の子(三女のこと)は自分の子だと言っていた」と聞いたときに・・・
 私が「えっ、本当に!」というと
 二人いたのですが、二人はいつまでも笑い転げて・・・苦しそうになりながら
 
 お兄ちゃんは人がいいから・・・という。つまり,平たく言えば「お兄ちゃんは馬鹿だから・・・」と言うことだと思う。
 
 私は国家の作った戸籍を信用していました。
 
 東亜子の惨殺事件はここから始まったと思っています。もちろん、福迫君は知って知らずか関係ないとは思いません。
 

リッジウェイ総司令官

 昭和26,7年頃だった。私は小学校の低学年であったので、詳しくはわからなかった。
 しかし、通っていた学校の先生と関連があったのと、ちょうちんの母親(もちろん、実の母親で戸籍上はラッキーの父親夫婦の子である)が、一緒にやったことなので長い間、この話が語り継がれていた。
 
 リッジウェイ総司令官はマッカーサー総司令官の後任だった。
 終戦後の日本はGHQの総司令官と言えば、すべての権力者としての代名詞だった。その権力者が九州の片田舎にある炭鉱町というより村(事実、篠栗村といっていた)にある明治鉱業・高田鉱業所にやってくるという話がどこからともなく出てきた。
 それでは歓待しなければということで、鉱業所の倶楽部(このころは売春防止法がなかった)で、歓待すると言うことになった。
 倶楽部は明治鉱業とは別の経営で、ちょうちんの実母が女将として、経営していて、明治鉱業とは専属であった。明治鉱業と倶楽部の間を取り持つのは明治鉱業の庶務課の仕事であった。主にラッキーがやっていた。
 
 この倶楽部は明治鉱業の炭鉱事故(落盤や出水事故、ガス爆発など)による犠牲者を顕彰する神社のすぐ側にあった。神社は子供の遊び場であったので、よく遊んだし、倶楽部とは親しかった。
 規模は16室であり、それを全部、ふすまを開き開け放つこともできた。それは壮観でした。
 しかしながら、いわゆる会社特約の早く言えば女郎屋で、GHQ総司令官をもてなすことはあり得ないと思う。
 
 もちろん、リッジウェイ司令官は待てど暮らせど、来なかった。
 倶楽部の女将の指揮で、女性たちは料理(よく考えれば素人料理です)を作って待っていた。
 
 で、このでたらめを言ったのは誰かという犯人捜しを始めた。
 
 誰が言ったかしらないが、これはどうみても実行したラッキーと倶楽部の女将がやったことだろう。
 ラッキーと倶楽部の女将(ちょうちんの実親)が仕組んだのだと考えるのが普通でしょう。
 
 しかし、言い出しっぺは私が通っていた小学校の先生が言い出したとされた。倶楽部の女将そういうのだ。
 でも、当然、明治鉱業に確認しなければいけないことであるのに・・・・・
 
 この先生は学校を辞められました。
 ラッキーと倶楽部の女将はこんなことをなぜするのかわかったのは東京に来てからだった。
 
 ちょうちんが亡くなって、この倶楽部の女将は96歳になっていた。でも、矍鑠としていたが、ちょうちんに話が及ぶと涙流していた。

選挙

 解散、解散と慌ただしいですね。
 
 その昔、ラッキーも選挙をやりました。「選挙をやる」というのはおかしいですね。でも、本当なんです。
 まぁ、選挙と言ってもいろいろあります。学校の学級委員の選挙なども選挙ですね。
 
 ラッキーは九州の炭鉱町といっても、村の村会議員の選挙を自作でやったのです。つまり、自分だけの村会議員で、立候補したのは藤田ラッキーひとりです。当時、明治鉱業があった篠栗村には本物の村会議員はあったのですが、そんなこととは関係なくラッキーがやったのです。
 
 私は小学校の4年くらいでした。学校の帰りに道路端に机をおいて、そこに数人の男たちが座っていました。
 ラッキーはと見ると【村会議員候補 藤田ラッキー】と書いたたすきを肩から斜めにかけていました。机には同じく【村会議員候補 藤田ラッキー】と大書した幟が縛り付けられていました。
 別に演説をしているわけでもなく、連呼しているわけでもなかった。
 
 私はここを通るのが恥ずかしくて、迂回して帰った。
 
 社宅(炭住)に帰ると、クラブ(明治鉱業立慰安所)の女性たちが料理を作って忙しく立ち働いていた。
 
 夜になって、選挙の机名前にいた男たちも帰ってきて、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎをした。
 炭住というのは2軒の家がくっついているのだから、その騒音たるや・・・・
 
 これが1週間ほど続きました。
 
 男たちはどこから来たか知りませんが、たぶん、食事や宿泊費、交通費などラッキーの負担であったのでしょう。
 
 このときに、机の前で幟や襷がけの様子を、ラッキーは写真に撮っていた。
 
 何のためにこんなことをするのか、皆さん、どう思いますか・・・
 
 
 炭坑節の2番目のようです。
 
 後で、私は写真を撮った理由だけはわかりました。

逆噴射、逆進

 逆噴射と言う言葉が一時流行語になりましたね。飛行機では、逆噴射ですが、船では逆進をかけるということですね。
 
 ラッキーの生涯はまさにこれでした。
 私が小学校3年か4年頃であった。当時の小学生たちはゴムをねじって動力として、機体は紙と竹籤で、できている模型飛行機があった。
 私もこれを造って、よく飛ばしていた。友人たちもほとんどこの紙飛行機で遊んだ。校庭でも飛ばした。
 
 ある夜中であった。
 バサバサッ! バサバッサ・・・ドスン、ズッズ  と言う大きな音で目を覚ました。何度も何度も、バッサバサドスン・・・は、繰り返された。
 暫くして、ラッキーの声がした。
 「変だなぁ・・・」と言っている。
 私は寝ぼけ眼で、音のする方を見た。ラッキーが紙飛行機を飛ばしている。私はびっくりした。子供の私でもこんなことがあるとは思わなかった。
 
 ラッキーは紙飛行機の尾翼を進行方向に向けてプロペラを後方にして投げているのだった。
 紙飛行機はバサバサと勢いよく、ドスンと落下する。つま逆噴射しているのだった。
 
 何度も何度も逆噴射をしているのだった。
 
 後年、このことを叔父(実際は異父兄)に言ったら、意味深な笑いを浮かべて、「まあ・・・なぁ・・・」という。
 つまり、ラッキーは飛行機に主翼と尾翼があると言うことを知らないようだった。一事が万事そうだった。
 そういう男だった。
 
 私が、ここで問題にするのは、その後のことだった。
 件の紙飛行機は壊れたわけではなかった。それなのにその後ラッキーが紙飛行機で遊んでいるのも見なかったし、その紙飛行機自体見ることはなかった。
 もちろん、小学生だった私にくれたわけでもない。
 
 今、思うに、ラッキーが外に出来た私と同年齢くらいの子に持っていったのであろうと思う。あいつに持って行ったのだという、確かな心当たりはある。
 
 こんな逆噴射のようなことばかりでした。紙飛行機をもらった子はどんな思いで子供時代を過ごしたのだろう。
 

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