平成の巌窟王・福迫雷太氏はなぜ獄に

1994年2月23日(ハワイ時間)姉・藤田小女姫(フジタコトトメと読みます)こと藤田東亜子はホノルルの自宅コンドミニアムで惨殺さ

拉致、誘拐

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拉致・誘拐とは

 拉致とはその人の意志に反して連れてくることでしょう。
 
 誘拐とは騙して連れてくることでしょう。
 
 ちょうちんの実家は表向きは駄菓子屋だった。もっとも、駄菓子屋をやっていたのはちょうちんの母(つまり、私の戸籍上の祖母)だけであった。
 この家のラッキーによく似た川筋者は隻眼であった。他の人がいうには少し知恵遅れであったようだ。ちょうちんがいうには尻っぱしょりして、毎朝、出かけたそうだ。
 何をしに行くのかは言わなかったが、私の叔父に当たる人が言うには「この家では、戦争中、女が沢山いて、困った」そうだ。
 
 何を意味するかご理想像ください。
 女というのは若い成人女子です。
 
 この家の作りは2階建てで、二階に上るのに階段ではなくて、梯子段であった。一階は駄菓子屋である。
 一階には大きなテーブルというか飯台といようなものがあって、真ん中に羽釜をのせて、何本かのしゃもじを使って、遠賀川筋かきた川筋者がお手盛りで食べた。
 
 ラッキーは隻眼の川筋者が実の父であったのだろう。私はよくこの家に行っていたのだが、ついぞ、一緒になったことはなかった。
 この家に来る川筋者達は何をしているか、つまり、人を盗っているのでしょうね。そのために、二階に上げて梯子段をはずして、監禁するのに、使用したのでしょう。
 
 四国から出てきたばかりの祖母はどこで隻眼の川筋者に襲われたのだろうか…
 
 『二階にあげて梯子を外す』ことをしている家だった。
先日記事にして、皆さんから暖かいコメントをいただきました。
 
このガオッち。
 
\¤\᡼\¸ 1
 
尻尾を振っていると思えば、歯を剥き出して威嚇したり
 
甘えて擦り寄ってきたと思えば、最悪は噛み付いたり・・・
 
心の傷が彼をそうさせているのだろう!
 
そう思い、いつも笑顔で優しい口調で声かけをしていました。
 
あ〜〜今日は穏やかだった^^ 嬉しいな〜!^^
 
って思ったと思えば、パパがおやつをあげようとしてもガウってみたり・・・
 
少しずつそういうこともなくなるだろうと頑張っています。
 
が、
 
今日、ドッグトレーナーの先生にアドバイスを受けることができました。
 
ガオッちのいきさつや、現在の状況、私たちの接し方、等々お話しました。
 
先生から思ってもみないお言葉が・・・
 
「上手に躾けましたね!」
 
「え?ワタシ?・・・^^」
 
「はい!ガオッちくん、上手にゆまさんを躾けましたね!」
 
「え???・・・」
 
 
 
 
威嚇しても噛み付いても、いつもゆまさんはニコニコして
 
パパが苦手なんだからあっちに行ってて!って言って自分を守ってくれる。
 
威嚇しても噛み付いても、はいご飯だよ!って食料が与えられる。
 
威嚇しても噛み付いても、時間になればお散歩に連れてってもらえる。
 
威嚇しても噛み付いても、大丈夫だよ〜いい子だね〜って言って撫でてくれる。
 
 
 
こんな状況で、自分は悪いことをしているって思うと思いますか?
 
ゆまさんに甘えたフリをしていれば自分は何も困らない。
 
困らないどころか毎日が快適。
 
そんなんじゃ悪い癖は治りませんね。
 
ゆまさんは、ガオッちにうまく躾けられてしまってるんですよ。
 
 
 
 
ガーーーーーン
 
 
 
 
そうだったのか・・・へこむ・・・
 
うん、そうだ!私の接し方じゃダメだ!
 
 
 
 
先生のおっしゃる通りです。
 
数日で必ず変化がありますから!と、
薦められた方法・・・
 
完全無視と食事抜きというやり方でやってみます。
 
先生を信じます。
 
ガオッち、ごめんね!
 
ガオッちのために鬼になります!
 
 
 
 
 
 

転載元転載元: ☆笑ったモン勝ち☆

拉致って、

 藤田小女姫こと藤田東亜子がラッキーと最初の妻によって、拉致されたのは昭和19年末から昭和20年はじめであった。
 東亜子も私も生まれは長崎だと思う。実の母は長崎で芸者をしていた。私どもの祖父母が福岡県戸畑にいた。そこへ私も東亜子も女中さんに連れられて、通っていたそうだ。芸者が子を産むと大概その祖父母のところで育てるのが多かったそうだ。
 多分に漏れず、東亜子も私も女中さんに連れられ長崎←→戸畑間を往復していたようだ。

 私の戸籍上の父となっていた男・ラッキーの容姿は誰が見ても外国人のようでした。それも白人で、ずばり、ロシア人のようでした。
 東亜子や私はもろ日本人の容姿です。でも、ラッキーは実の母の弟です。なぜこうなったかというと、実の母とラッキーは父違いです。
 四国から出てきたばかりの祖母は襲われたようです。このことについて祖父はいわゆる落とし前を付けたようです。で、ラッキーの父は隻眼でした。私はおさない頃、この片目の男と一緒にいたのです。この男をよく知る人はすこし知恵遅れだったように言っていました。

 ところが、今も昔も戸籍の矛盾です。祖父と祖母は夫婦です。祖母に例え強姦の子であろうと子が出来れば祖父の子として、祖父の戸籍に入ります。

 明治の頃から今もって戸籍制度の矛盾は訂正されませんね。

 それで、私どもはこの半分だけの叔父に拉致誘拐されるわけですが、何で、拉致誘拐というのか考えてみると、その後、東亜子と私、祖父母は会わなかったのです。
 但、祖母は私が5歳の時にラッキーが祖母を明治鉱業の社宅に連れてきて、一緒でした。そして、そこで、祖母は餓死させられるのですが、わずか、1週間たたないで、餓死したと思います。5歳でしたので数の概念がなく、数えられなかったのです。
 その時に、祖母がアルバムを私に見せて長崎の眼鏡橋を指し、私を連れて行ってあげると言ったのを聞いてラッキーは殺意を抱いたのかも知れません。
 つまり、拉致誘拐というのは、真実の肉親に会わせないと言うことだとおもいます。

 東亜子も私もラッキーに肉親との出会いを奪われました。

 『ワシントン北朝鮮人権委員会報告書』出版記念シンポジウムのご案内
http://www.sukuukai.jp/mailnews.php?itemid=2745

 私は藤田小女姫殺害事件はラッキーによる拉致誘拐から端を発したと思っています。肉親の間を分断したラッキーはおぞましい男です。
 翻って、福迫君は自分の身分も知らないようです。彼の周りで起こったことを全て話せば何かの突破口になることもあるでしょう。 

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