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ラッキーは、子どもの頃、私の祖父母の家で、過ごさなかった。祖母を襲ったブンノところで育った。
フンは3人目の妻がいたので、遠賀川沿いのゴンゾウ小屋にいた。ゴンゾウ小屋からブンの家に来て、川筋もの達は食事をした。その時の様子をラッキーはよく話していた。しゃもじが何本もあって、みんなで、お手盛りで食べるのだが、要領の悪い物は殆ど食べられなかったそうだ。
ブンの妻は、食事をおいしくすると食料が減るので出来るだけまずい物を作るように心がけたそうだ。
こんなことを私が知っているのは、ちょうちんの実家であるからでしょうが、ラッキーもよく話していた。
大きくなったラッキーは戸籍上の父母である、私の曽父母の所にきた。いつもいるというわけではなかったようだが、私の祖母つまり、ラッキーの母のことをよく話していた。
「ばあさんは、わしが寝転んでいると、蹴るのだよ」と、
まぁ、その時はあまり年寄りというわけではなかったでしょうが、女性が16,7才の男の子を蹴るというのは、あまり、ないと思う。
でも、後で、聞いたら、祖母は、大柄で体力抜群の女性であったらしいので、ラッキーはかなりの衝撃を受けてようだ。だから、何度も私に話して聞かせたのだろう。
このことを我が家の女性達に聞かせたら、・・・・
「当たり前でしょう。お父さんはその『いいじゃぁねぇか・・・』の人に似ていたからですよ。おばあちゃん、怖かったでしょう・・・でも、お父さんも責任もないのに蹴られるんだよね。おばあちゃんにしてみれば、お父さんの顔を見れば無性に腹が立つんだよね」って
だから、ラッキーは祖父に似たかったのかもしれない。
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祖母が襲われて、生まれた子がラッキーだったが、その襲った男は、私が子どもの頃、何度も会っている。というのは、ちょうちんの父親だからです。でも、ちょぷちんとブン(ラッキーの実の父)は、血縁関係はない。というのは、ブンは人さらいを生業にしていたから、ちょうちんも被害者であったろう。
ブンはラッキーと同じように3回結婚している。目星を付けた成人女子をさらってきたときには自分の戸籍に、結婚したことにして、・・・つまり、時つんノ妻を売ると言うことをしていた。
そんなわけで、子どもをさらってきたときは、自分の子として、入籍しする。そうして、ある年月が経つと売る。
ブンは少し知恵遅れであった。毎日、どこかへ出かけて行っていた。そして、隻眼であった。誰かに目をつかれたのだろう。
祖母は生まれた子を一目で祖父の子でないと判ったのだろう。ブンのところでラッキーは育った。
祖母の兄はいわゆる川筋者に総帥であったから、この男も身元が分かったのだろう。
しかし、親分の妹を襲って、ブンが無事であったのは、なにか祖母の兄である親分と関係があったのだろう。この訳は項を改めて書きます。
いずれにしてもラッキーは祖母と一緒に成長しなかった。長じて、戸籍上の父である祖父の所に行ったときのことを私に話しているので検証してみます。
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祖父母が結婚して』、阿波で、長男が生まれた。」二年後。長女が生まれた。これが私の母である。
母が生まれてから、少しして、祖父母は北九州の若松に行った。祖祖父が明治維新後、官営八幡英哲所の創業に参加していたので、八幡製鉄所専用のクラブ(実態は遊郭です)を作って、祖父とその姉が経営に当たることになった。
祖母の二番目の兄は博多で川筋者の親分をしていた。
阿波の山また山の田舎から出てきた祖母は文字通り田舎者であったのだろう。一人で出歩いたどうか分かりませんが、・・・
知恵遅れの白人男に襲われた。
襲った男がラッキーの父です。
私は日本の戸籍制度がでたらめであるのはラッキーの父はこの白人男であるにも拘わらず、祖父の次男になってしまうことだ。
ラッキーは誰からも歓迎されない子であった。
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