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福岡の炭鉱から、私どもが上京した頃、東亜子は占い師として、繁盛していて、いろいろなところで、占い相談をいていた。
そもそも、私たちが上京することをラッキーは嫌であった。会社に無断で、上京してしまっていたラッキーが、金に困って、明治鉱業の東京支店に出向いた。
そこで、家族を社宅に置き去りにしていたラッキーに家族を社宅から出ていくように申し渡した。
それはラッキーがいなくなってからほぼ1年がたっていた。
その1年間は子供だった私どもは、威張り散らしていたラッキーがいないので、せいせいして、楽しい時だった。これがこのまま続けばいいと思っていたが、ちょうちんは不安であったそうだ。
この時のことをラッキーは「どこからも給料が出なくて、びっくりした」と、私に言う。私はこの言葉にびっくりしました。
社宅から出ていくように言われて、上京した。引っ越しは明治鉱業が列車を用意して、やってくれた。
その頃、東亜子は二枚目俳優のことを好きになっていた。その二枚目俳優の名前が≪吾郎≫であった。
東亜子の死後、その頃のこと知る人に聞いた。「そりゃぁ、吾郎さん、吾郎さんといって、夢中でしたよ。周りの連中は面白くなかったでしょう」と言っていた。
思えば、この頃、私どもは上京したのだった。
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