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手紙が来ました。 |
アメリカ・民営刑務所
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以前、切手(こちらの郵便局で購入して,世界で使用可能なのです)を福迫君に送っていました。手紙をくれるのに切手代に不自由してはいないかと思ったのです。 |
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2009年1月**日 ○○様 その後、いかがお過ごしでしらしゃいますか? 年明け早々に出した手紙が所内を出ることなく検閲後約3週間して戻されました。 理由として、 僕のこの事件の被害者親族と事件等に関するすべての内容を詳しく文通してはならないとの通告が有り、 たぶん、この信念にあまりにも詳しく事件の僕の知った範囲を思い出しながら書いたことがハワイ側の不安を誘ったのかと考えています。 そちらや僕の家族への手紙は、この刑務所側の検閲の他不正に日本人囚人を使って英語の訳させ検閲し、尚も文面すべてをハワイ州公安局へEメールして検閲させる大仕事ぶりです。 取りあえず、・・・・ また、改めて書きます。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 私の感じたことは、判決に自信のないハワイ州が不安なのでしょう。それと、民営刑務所は囚人が少なくなって、営業成績の落ち込むのをおそれて,囚人の確保にやっきなのでしょう。 皆様にお願い申し上げます。 福迫君にさらなる激励を!!
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福迫君が、最初に、収容されたのはテキサスの民営刑務所だった。 事件から3,4年経った頃、今のアリゾナではないアリゾナの民営刑務所に移された。これも、伝え聞いたことだった。もちろん、遺族に知らされたわけではない。 このことをサイディンスッテカー氏の出版記念パーティで、聞かれた。このとき私は彼の冤罪を強く意識していなかった。 「今、彼(福迫君のこと)は、どこにいるのですか?」 「アリゾナの民営刑務所と聞いております」 「えっ、アリゾナ、テキサスでないの?民営刑務所はテキサスだけでしょう」 「最近、移されたと聞いています」 「そうですか。アリゾナにも出来たのですね」 アメリカが民営刑務所を作り始まって、その建設の早さに驚いていた。 そして、その後、裁判記録や写真をハワイの裁判所から手に入れた。それを読んで、強く、福迫君は犯人ではないと思った。 まず、福迫君に連絡を取りたいと思ったが、これが一番大変だった。 何とか、福迫君と連絡をとった。最初の頃は私がどう思っているのか、不安であったようだ。 それをお乗り超えた頃に、ハワイが民営刑務所に囚人を委託管理するのに財政的に苦しいという内容の手紙が来た。 ところが、囚人の数は増えるばかりだそうだった。当然であろう。民営だから、お客(囚人)の数が増えれば民営刑務所の経営はよくなるから、囚人の増えることを願うのは当然の成り行きだ。 こうして、どんどん、増え続けている。 この間、イラクのアブグレイブ刑務所に関する報道をテレビで見た。あのおぞましい虐待はアメリカ本国から、民営刑務所の関係者がイラクに行ってから、始まったことだそうだ。民営刑務所のノウハウをイラクでと、言うことだろう。 かつて、ソ連邦が崩壊する前に、「収容所群島」だった。 今、また、アメリカが収容所群島になるのであろうか?福迫君が回された刑務所の数を数えても、アメリカで民営刑務所が増加の一途をたどっていることがわかる。 このブログを立ち上げたのはミシッシッピーからだった。この先、アメリカはどのくらい民営刑務所が出来るのだろうか?イラクからの帰還兵が、主に民営刑務所の看守になるのだろうか? アメリカが、収容所群島になり、そして、その崩壊があるときまで、福迫君が釈放されるのを待たねばならないのだろうか? その前に、アメリカは収容所群島をやめて、無辜の囚人を釈放して、崩壊への道をたどらないのだろうか? |
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福迫君からの手紙です。 |



