平成の巌窟王・福迫雷太氏はなぜ獄に

1994年2月23日(ハワイ時間)姉・藤田小女姫(フジタコトトメと読みます)こと藤田東亜子はホノルルの自宅コンドミニアムで惨殺さ

アメリカ・民営刑務所

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アリゾナ便り

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 多分、この手紙がそちらに届く頃は、もう、残暑おみまいもうしあげます。

 いつも、手紙、旅日記ありがとうございます。

 一度、週刊新潮が(#29号)抜けて、週刊文春(8/2付け号)が届きました。どうもありがとうございます。
 こちらは、この手紙の表のコピーとうり5月中にハワイ州公安局主任シャリー木元氏へ手紙にてとなりのセグアロへ移してほしい等、全8項目要望したのですが、まだ、相変わらず、ここレッドロックの刑務所におります。

 この手紙を書き始めてから、又、1週間が経ってしまい、間だがあいてしまいました。昨日、お手紙と各種ブログのコピーが届きました。(8/14付け)ありがとうございました。

 同感して下さる方々の存在していることをしり、心強く感謝する次第です。

 先週、又、少し体の具合をくずしてしまい初めて所内の仕事を2日休みました。医務に行かされ、又、囚人自己負担金と仕事2日休んだ分11ドル引かれ、月給¥3,000位で働かされている身には痛い思いでした。
 同房の例の大男は所長の下で、不正仕事をこなしているので、弗480ドル(約55,000円くらい)おまけに彼ら所長の下で働く者は別に所内の売店から約弗100ドル分、毎月内緒で、日用品を貰うほか。悪囚人共から取り上げた不許可、不正品、タバコ、時計、宝石、大麻、麻薬などを内々に不正採乳種させ、転売させて、数百から数千ドルかせぎだしています。

 過去14年のこの囚人生活、19回の刑務所移動の中でも、ここのフランク・ルナ所長の悪さ不正は、
最も最悪です。以前のアリゾナ州フローレンス刑務所在中4年間で、囚人41人も何らかの形で、死亡したことでも、おわかりでしょうが、今週もハワイ州公安局長数名が大名行列で、毎週調査名目で、ここアリゾナにショッピングがてら、先月起きたハワイ囚人同士の刺し合いでの調査に来所中です。
 こいつらも他に仕事につけず、同じハワイ在住日系人のつてで仕事について人たちで、僕のように日本生まれの日本人大嫌いの方々です。
 公判判事もハワイ州検事も同じ日系の3世の人たちで占められていました。

 以前、ロス・アンジェルス在日本領事館経由で入手したここのCCA社レッドロック刑務所とこのフランク・ルナの関係資料(インターネットよりコピー)を同封しますので、見てください。

 この刑務所正面入口の写真と所長の顔写真です。

 また、お手紙、ブログコピーお願いします

 早く自由を取り返してお会いできるように頑張ります。


                     署名

                 2007年8月21日(火)

民営刑務所でのこと、

 長い間の音信不通で心配していたが、福岡から、帰宅したら、彼からの手紙が届いていた。ほっとした。



                                    2007年6月29日
 ○○様


 又、しばし、ごぶさたしてしまいましたが、いつもお手紙、雑誌ありがとうございます。

 先々月から、すこし、体調をくずしたり、風邪をひいたりしていますが、人種差別のひどいここRed Rock刑務所で悪戦苦闘しております。もう、ここのすぐ隣に新設した同じCCA社のセグアロ(Seguaro)刑務所がハワイ州の囚人約2,000人を収容開始しだしました。

 今回、又、移されれば21回目の移動になりますが、ここのイヤな所長フランク ルナの元に置かれるよりは、まだ、過ごしやすいかと考え、移動のリクエストを提出いたしました。


 さて、僕の近況というより心境なのですが、こうして、14年に入った拘束される日々ですが、僕もこの夏で、42才の本厄なりますが、この14年と言う年月は減税までの人生の1/3になります。
 初めて海外に、留学に出されたのが、14才の時でした。
 この事件に巻き込まれたのが28才の終わりでした。
 そして、現在42才になるわけです。

 この先、日本国かアメリカ連邦のいずれかが聞く耳持って、僕のこの巻き込まれた状態への再捜査が行われ自由を取り戻した時に、一体、どこの誰が、不当に奪われ過ごした人生を返してくれるのか、神様ですら、過ぎた時間を返せないのではないでしょうかと、この頃、とても切なく思います。
 父が生きていてくれたなら、きっと、彼に助けを求め位、この頃、この奪われた人生の三分の一が悔しく思います。

 僕のこの事件の公判、上訴、その他の裁判費用、弁護士代、そしてこの拘束中の僕の生活費等で、我が家もすべて失った母も今は年金のみで細々と生活しています。その中から時々、今も僕のこのなかでの生活費を工面してくれます。
 アメリカの刑務所は囚人も電話を使用でき、テレホンカードみたいなIDナンバーがつかえ、僕も日本へ電話をかけることができます。父が生きていたころは弁護士との話し合い党も電話で行ってきましたが、今は、時々、年に数回母の声を聞くくらいです。

 
 話が、又、ここの刑務所に戻りますが、一昨日前、又、ここで、ハワイの囚人同士がナイフで刺し合い重症になりました。ここの所長フランク ルナのでは、しょっちゅう起こる出来事です。
 以前、いたアリゾナのフローレンス刑務所長時代の2000年〜2004年の4年間でも、彼のもとで約40人の囚人が命を失いました。昔、こちrの新聞記事を同封したから○○さんも覚えていて暮さると思います。が、まったくひどい所です。

 話があっちこっちとなりましたが、近況です。

 又、お手紙 アドバイスくださいませ。

 ブログ上のご意見くださる方々も、ぜひ、又、お手紙下さいませ。


                                 署    名

 
 
 註、アリゾナのフローレンスの暴動の件、新聞のコピーを手紙の同封されていましたので、知っておりました。

 私からも、皆様方のお手紙頂けますよう、お願い申しあげます。週刊誌で日本の文字を忘れないようにしているとのコメントが送られてきました。
 よろしくお願い申し上げます。

生存の確認

 現況の知らせがありました。

 冒頭部分は私用のため割愛させていただきます。


 ・・・・・・公判後、ハワイ州の財政難と拘禁者、囚人の収容人員オーバーの理由のもと、米本土の私営刑務所へ移された1996年以来、毎年1〜2回各位移送収容地担当の日本国領事が接見にきてくださっています。今回、当地担当者からは無くなりますが、以前は、月に一度、収容先刑務所へ生存の確認の電話も入れてくれていました。

 どうして毎月1回もわざわざ所在確認をしてくれたかは、以前から書いてきましたが、このCCA社や各私営の刑務所は金儲けのみが主目的の運営なので、様々な悪行、癒着が日々行われています。
 特に、ここの所長ら上層部の連中は、以前2000年から4年間収容先だったアリゾナ州フローレンス刑務所(同CCA社)の所長らがこの親切レッドロックの刑務所に昨年オープン時より就任しています。彼らがsyちょうだった2000年から4年間収容されていた当時のハワイ州囚人は約1,000人フローレンス刑務所に私と共に収容されておりましたが、暴動、人質事件が数十回、囚人同士の殺人、喧嘩、強姦(男子)も有り、麻薬の押収、武器の押収は日々続き、これら全てに私営刑務官が関わっています。

 脱獄者も数人出て、4年間で囚人41人が所内で死亡しています。1,000人の内の41人は大きな数字です。

 今回もこちらレッドロックに移ってきて早々に所長のお気に入り囚人連中を周りに付かせて高給(囚人レベルでは最高)を払い色々と悪行を行っています。
 3〜4ヶ月毎にやってくる視察官(日系ハワイ人男女)にも袖の下が支払われているので、、世間に内部の出来事を知らせて、又、証明することがとても困難です。
 又、CCA社内でのこういった役員所長クラスの出世競争も有り、今回ここのとなりに新設されるCCA社セグアロ刑務所(大型2,000人収容)の所長ポストをめぐり色々とあったようです。ここに移される前のタラハッチィ刑務所の所長ら数人が立候補していましたが、こちらの連中の仕業で囚人を使いタラハッチィ在のハワイ州囚人の不法所持する携帯電話で連絡送金をさせ、先方タラハッチ刑務所で暴動、殺人未遂、そして、数人の脱獄未遂事件を起こされました。
 なによりタラハッチィ刑務所所員用武器庫より拳銃と弾薬が数点所員からハワイ州囚人に売られ、囚人が数週間(2月9日〜3月15日まで)所持していた事件が起き、それが元で、この立候補者全員がくびになりました。これにもここの連中がからんでいます。

 世間一般では、このようなことは映画やテレビのみのことなのでしょうが、こちらでは、この14年間、毎日がこうした日々です。

 さて、ブログのことですが、トラックバック書き込みとはどのような事でしょうか?何せ僕が拘束されたのは、もう、14年近く前で、まだ、インターネットは、個人間には殆どない時代、ウィンドウズが1995年に出る以前のことなので、余りよく意味がわかりません。また、詳しく教えておください。

 また、手紙します。いつもありがとうございます。          


 以上、

 先日、写真をアップした売店のメニューを見て、私なりの考察をしました。

 A4の用紙に2列、1列に75品目が記入されています。つまり、1ページに150品目が書き込まれています。このメニューのページ番号で6と言うのが見えます。
 1ページから5ページはありませんが、6ページということは少なくとも、6ページあったと考えて、
6×150=900となります。
 内容を見ると食品、衣類、化粧品、薬品、切手、等々日用品全般にわたっています。これは金を出せば何でも買えると言うことでしょう。
 ところが、肝心の金は囚人が働いて得る金は僅かです。足りない分は本国からの送金に頼るしかないのが実情だと思います。

 大分前のことですが、福迫氏が確かテキサスにいる頃だったと記憶しています。テレビカメラが入りました。テレビのリポーターとともに父上と母上がご一緒でした。
 その時、衣類を母上が福迫氏に手渡している場面が出ていました。

 日本ではどうなっているのかわかりません。ただ、日本の刑務所では作業をしているようです。市原の交通刑務所ではみそを造っていて、マルイチみそが福祉団体のバザーで売り出されていました。

 これだけは言えます。アメリカでは拘束しておいて、生活費を家族に送金させるということでしょう。

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 売店のメニューをスキャンしてみました。見づらいと思いますが、ご容赦を!

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