死ぬまで生きよう!

秋の夜長は、長文ブログでも読んで・・・

爺放談

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夏のリンゴが美味しい理由

子どものころ、リンゴは大嫌いな果物だった。理由の一つに祖母が買ってくるリンゴは、いつもキズや傷んでいて、人間でいうアオジがあるようなリンゴばかりだった。おそらくそういうリンゴを半値以下で買ってくるのだろう。近年はそのようなリンゴをスーパーで売るハズはないが、昔の八百屋さんでは当たり前に売っていた。傷んでいる部分を切り取って捨てればいいのだが… 国民のみんなが貧乏だった時代、副食としての果物は贅沢品だった。それでも手頃な値段で手に入れられるのは、貧乏人にとって有難いことだった。傷んだミカンは売れないが、リンゴのどころどころの傷みは包丁で切り取れば支障はない。それでも子どもにとっては腐ったリンゴにみえた。「ばあちゃんはいつも腐ったリンゴを買ってくる」という作文を書いたこともある。 すべて表示すべて表示

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若者とは何か?🈡

2018/10/20(土) 午前 8:06

長くいわれてきた「母性本能」というものが、非科学的で根拠のないものだと科学的に推認される時代になっている。その魁となったのは、フランスの哲学者で歴史学者でもあるエリザベート・バダンテール( Élisabeth Badinter ; 1944年3月5日 - )の著書『母性という神話』である。フランス ...すべて表示すべて表示

若者とは何か?

2018/10/19(金) 午前 8:02

「子どもの幸せのために…」といいながら親はレールを敷こうとするが、子どもは自分を守る権利がある。権利だから親のいいなりになる義務はない。親のいうこと、成すことが正しいと信じれるならいいが、そうでないと思ったら自分の意志を守るべきと思うのだが。親に従わずして生きてきた自分である。そうでなかったらどんなひ弱でヘタレな人間になっていたか。 想像す ...すべて表示すべて表示

若者とは何か?

2018/10/18(木) 午前 8:30

気づいたら少数派に属していた。自分のことである。多数派はつまらなそうだった。当たり前のことを当たり前に考えるからで、さらにいうなら、見せかけの満足感に慣れきった奴らに見えた。少数派には小さいながらも自由があるように思えた。人と同じことをしなければならないのは、どこか不自由な感じがした。人と自分が違っているのが当たり前に思えた。 多数派に与す ...すべて表示すべて表示



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