死ぬまで生きよう!

秋の夜長は、長文ブログでも読んで・・・

爺放談

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道ずれ

最終稿の表題は「道ずれ」。12月15日まで張りつくもりだったが、31日をもって投稿できないとなった。始まりがあれば終りもあるのが自然の摂理。12月までサイトを置いても投稿できないブログなど有形無実。もはや投降するしかない。何事もプラスに考える自分だからひとまず休息するのもよかろう。ブログを書かなければ明日が来ないわけでもない。お盆も正月もくる。 ブログの効用は視野を広げるといったが、もっと重要なことに気づいていた。それは普段の自分自身から脱するのが人間には大切であるということ。サークル活動や趣味の領域のなかで生きるのも生き甲斐かも知れぬが、本当の生き甲斐とは普段の小さな「自分自身から脱出」して、何かに自分を託してしまうときに生まれ出るもの。自分にとってそれがブログだっだ。 自分の殻を打ち破るほどのものではすべて表示すべて表示

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「幸福について」究極論 ...

2019/8/31(土) 午後 6:19

多くの人は、結婚が男女関係の最上の形であると思いがちだが、ピュアな観点から見るとそうではない。自分の意見は打算を排除したものとして述べたのと、男女関係には自由な選択肢が存在することを明記したい。決まりを守って規則正しく物事を行うことを決して悪いとは思わぬが、規則というのは破ったら罰を下される。それが結婚に対する ...すべて表示すべて表示

「幸福について」究極論

2019/8/31(土) 午前 10:38

欲望と幸福はただならぬ関係にあるが、欲望の充実が幸福ではないと定義した。後は劣等感をどう克服するかという問題だ。器量が悪い、チビだ、デブだ、才能がない、学歴がないなど多くの劣等感の種が幸福の障害になる。自分は自分の嫌な面を除いていくのを楽しみとしたが、劣等感を除いて行くのは楽しみとできるだろう。顔を整形するだけ ...すべて表示すべて表示

「幸福について」究極論

2019/8/31(土) 午前 8:16

人間は誰もが夢を抱き夢を見る。大切なことだが、夢のとおりにならないもののもっとも顕著なのが結婚であろう。「どうにも思いのままにならない」と捨て鉢にいう人間の多くは諦め加減である。が、思うようにならぬのが人生で、そのときどうするか?ささやかな幸福を見つけるよう努めることだ。うまく事が運ばないときこそ、人間は幸福を ...すべて表示すべて表示



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