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平田弘史にのめり込んだのは、その画力に圧倒されたのも大きな理由。もちろん、平田の人生哲学、教育論(子育て論も含)にも触発された。平田全盛当時の雑誌編集者の記述によると、締め切り寸前まで苦闘し、それでも脱稿しない平田。当時の担当編集者の回想録にある平田とのバトルは鬼気迫るものがある。以下が編集者の回想の断片である。

「締め切りのある連載という仕事は、大変ハードな要求もするし、要求もされる。とくに平田弘史の場合は厄介であった。編集者がそばにいないと彼はペンを走らせないのだ。ひとりでいるときの彼は、あくまで求道的思索の中に閉じこもってしまう。それでは作品にできない。担当編集者としては、四六時じゅう相手を監禁状態にしなければならなかった。(中略)

平田弘史は、執拗なまでセリフを大切に取り扱う男である。たったの一行、五、六字のセリフで、ふりだしに戻ってしまうことは毎度であった。理不尽なストーリー展開などあり得ない。そして、セリフは彼が生むのではない。作品に登場する人物が生むのだ。そのとき、彼は平田弘史でなくなっている。登場人物に化身してしまっていたのだ。セリフを原稿用紙に書き込む様は想像を絶するものであった。(中略)

さて、セリフが原稿用紙に埋まれば、次は下描きである。描く対象が、どんな小道具でも見逃しは容赦されない。鉛筆と消しゴムの消耗はおびただしい。コマとコマの連動の中に、次々と緊迫感が張り巡らされる。先に配置されていたセリフを叫びながらペンは走る。そして消す。デッサンの歪みが少しでもあれば、全体が見事に消される。セリフも消える。(中略)

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下書きを終えるとすぐにペン入れだ。だが、すでに顔はどす黒く、脂がにじみ出ている。完全な睡眠不足だ。(中略)ふと気付くと、周囲はまるで、戦場から侍たちが立ち去ったような静けさだ。大変だ!平田弘史がペンを握ったまま寝てしまった。『ちょ、ちょっと』、『もしもし』、『・・・・・・』、『コラーッ起きろっ起きるんだ!』、頭を持ち上げ、乱暴にゆする。(中略)

平田弘史のペン入れは、他にならぶものがいないぐらい早い。鋭く、重厚だ。全ページを点検。素晴らしい精気だ。みずみずしく呼吸している。読むものを睨みつけ、斬りかかり、そして魅了するだろう・・・。本物の侍たちが平田弘史の筆致は、他の映像にみられない、いやそれを超越した現実の域に達しきっており、完全に描ききっていた。全ての役柄を、たったひとりで見事に演じてしまったのだ。平田弘史は凄い男である。」(後略)

これは芳文社・元コミックマガジン編集部の中田博史による『制作現場の平田弘史−担当編集者の思いで』からの一文である。5ページに及ぶ回想だが、締め切りが準備されている編集担当者の苦悩がよく表れている。どんな手を使ってでも作家に描かせ、締め切りに間に合わせるためには自宅に泊り込みさえいとわない。万が一穴でも開けようものなら、編集長から大目玉を喰らう。正に、戦場であり、修羅場である。

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平田の手を抜かない几帳面さは性格的なものだろう。締め切りに追われた連載ものには、さほど重要ではないコマにおいて、手を抜いたという部分、飛ばしたところは結構ある。それは何より、本人が辛い点だろう。実直で完璧主義者の平田は、そういうコマに「しょうりゃくしてごめんなさい」と布団の模様に似せて断りを入れている。

イメージ 3手を抜くのがよほど嫌なのだろう。平田ほど画力のあるアーチストは、時間的余裕があれば徹底して描き込んでしまう?2003年5月にラピュータ社から初の画集が出た。「平田弘史時代劇画選画集」と題された作品群に収められたイラスト、挿絵の緻密さは、もはや漫画家とは一線を画すものである。平田本人も自称劇画家として、マンガ家との認識はない。伊藤彦造(1903年‐2004年9月9日)という挿絵家は、硬筆タッチのペン画においても好評を得ていたし、日本画家の橋本関雪に師事していた本格派の絵師だった。
伊藤彦造のペン画と平田弘史の決定的な違いは、伊藤の静、平田の動と云えば判り易いのではないか。瞬間を整然と描写する伊藤はあくまで挿絵画家であるが、平田の絵は今にも動き出しそうだ。これはやはり絵を動かすことが本職の劇画家としての性だろう。この画集とは別にもう一点、平田が精魂こめた幻の挿絵物語が存在する。平田が親の代から新興宗教「天理教」の信者であったのは知られている。それが縁で平田は天理教教団の機関新聞「天理時報」に『教祖絵伝』と題した天理教教祖中山みきの全生涯の執筆を依頼されることとなる。満を持して1983年8月28日号から月2回の連載が開始された。

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ところが、どういう訳か1984年12月16日号を最後に連載は25回を持って急遽打ち切られたのである。以後は「カラテ地獄変」や「四角いジャングル」の中城健によって継続された。中城は同じ天理教信者であったことで白羽の矢がたったのだろう。中城健雄の名で『教祖物語』として、1100ページになる長編を完成させた。この交代劇について平田はこの様に述べている。

「昭和58年、天理教教団の機関新聞「天理時報」で『教祖絵伝』の執筆に着手した。新聞1ページ大に単行本9ページ分が一回の分量で、隔週掲載で大長編劇画になる予定であった。この仕事で資料を読み進んでいた私は、天理教の本当の教理に初めて出くわし、それまでの教団の偽教祖伝に愕然としたのだった。教団側に立脚しての執筆依頼ではあったが、教祖の意図を外れて描くわけにはいかぬと私は思った。

イメージ 7文章の中に、少しずつ教祖の思いを書き込む姿勢を私はとり始めていた。だが、それは教団の先行きの心配の芽を育むこととなり、作品は一年半で掲載中止となった。現在、中城健氏が教団の依頼で教団側の「教祖伝」を(私の絵を真似て)執筆中であるが、いずれ私と同じように悩む日が来るのではないだろうか。私は死ぬまでに真実の「教祖伝」を描くのが使命だと思っている。今はまだまだ勉強中である。」これは1987年に平田が寄せた一文だが、その後平田は天理教から離れることになる。後年信者を止めた理由を問うたところ、「止めたのではなく卒業したと云った。卒業ではなく卒団というのか、適当な言葉はないが、そういうこと。」つまり、全部単位を取ったと云いたかったようだ。

平田にとって重要なのは教団ではなく、教祖であったこと。それを差し置いて教団のプロパガンダ的作品など描けるはずもない。ところが、教団側にすれば、今となっては教祖の教えより、現実の教団の存在であり存続である。両者のこの考え方の乖離が衝突の原因であった。教団の宣伝書と化した中城健雄の『教祖物語』は、増版を重ね現在でも購入できるが、平田の『教祖絵伝』を目にするには、奈良県・天理市にある天理大学附属天理図書館で「天理時報」1983年版を閲覧するしかない。

とある平田ファンの好意で、自分は『教祖絵伝』全25話分のコピーを所有している。天理教の信者である平田が教団の意図にそぐわなかったのは、自分が正しく教団が間違っていると確信したからである。真実に蓋をし、間違ったものを押し付ける教団に恐ることなく自らの信念を貫いた。商業主義に毒されず、大衆迎合主義に組せぬ平田の多くの作品には、真実を恐れず隠さず、そういう信念が見える。そんな平田の実生活は、張り詰めた武士道的生活とはほとほと縁遠い、遊惰の徒であったりする。

「俺が、こう思った、こう生活した、偽りのない実感にみちた生活だ、という。そういう真実性は思想の深さとは何の関係もない。いくら深刻に悩んだところで、下らぬ悩みは下らないもので、それが文学の思想の深さを意味する筈はなく、むしろ逆に、文学の思想性というものをそういう限定によって裁ちきって疑うことを知らないところに、思想性の本質的な欠如、この作者の生き方の又文学の根本的な欺瞞がある、浅さがある。」

坂口安吾の言葉が過ぎる。

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閉じる コメント(6)

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あらためて平田弘史の凄さを感じる記事ですね。
伊藤彦造の比較も納得です。

2008/1/25(金) 午前 11:30 [ 遠い蒼空 ] 返信する

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平田弘史は、必ず伊藤彦造先生といいます。いいますが、「彼のデッサンは可笑しい、変だ、くるっている」といいてます。

2008/1/25(金) 午後 11:37 [ hanshirou ] 返信する

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YouTube で平田弘史の映像を見つけたのでご覧ください。
タイトルは、Hiroshi Hirata a Angouleme 2009 - partie 1 です。

2009/10/20(火) 午後 11:25 ダニエル 返信する

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ムギギさん情報有難うございます。平田先生の仏国におけるご活躍を早速拝見しました。等身大の武士を筆一本で仕上げる動画で、いきなり剣先から描きはじめたのにはビックリ・・・。人物は頭から描くものとの概念が吹っ飛ばされました。

2009/10/21(水) 午前 10:32 [ hanshirou ] 返信する

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こちらこそ、いつも面白く読ませて頂いてます。
刀から書き始める。さすが、目のつけどころが違いますね。
またおじゃまします。

2009/10/22(木) 午前 3:15 ダニエル 返信する

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面白くないと思う人が多い中、面白いと思って下さるのはひとえにムギギさんの感性なんでしょうね。そのうちヤスジのコマでも貼ってみます。

2009/10/22(木) 午後 11:39 [ hanshirou ] 返信する

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