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勇ましきもの

 
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勇ましいってどういうのか?すぐに頭に浮かぶのは兵士、兵隊だ。アレクサンドル・デュマの『三銃士』に出てくるアトス、ポルトス、アラミスか、それとも彼らとの決闘を決意したダルタニャン?小説では彼が実際の主人公で勇士に相応しい。数々の戦を主導、勝利したナポレオンも勇者だ。確かに戦争は勇者をつくる。戦争に限らずと闘いは勇者をつくる。スポーツや多くの競技、ビリヤード、ルーレット、ダーツ、チェスにも勇者がいる。
 
争いに勝てば勇者に見えるがそうともいえない。敗れ去った勇者も多く、勇者は結果とは限らない。結果の勇者もいるが、ナポレオンのように腐った勇者もいた。彼はどうしてあのようなことになったのか、「徳を求めたものの、結局その徳を見出せず権力を掴むに至った」とゲーテが指摘したように、クールで冷静故に戦上手だが、反面「徳」がなかったということだ。功績もあるが評価は分かれる。
 
イメージ 3優秀なスポーツ選手は数いれど、勇者、勇敢といえるかどうか?モハメド・アリ、アントニオ猪木、王、長島、双葉山が勇ましいといえるのかどうか、彼らはビジネスライクに生きたことは否めない。職業人という見方が適切だろう。金にもならないことをやった、たとえば人類初のエベレスト登頂に成功したヒラリー卿とテンジン、南極大陸に向かったスコット、アムンゼン、日本人では白瀬中尉はどうか?当時、南極探検は大変な冒険だろう。
 
お金のためにやるのではなく、名誉のための行為でもなく、自腹を切って果敢に自らへの挑戦する姿勢・態度は勇ましいと見る。名誉は後からついてきただけ、それが彼らに共通する。やはり冒険家は勇敢なのだろう。彼らの真の目的は、金銭ではなく生き甲斐、遣り甲斐であり、斜め読みにいえば道楽ともいえる。かつてのヨーロッパの冒険家(例えばヒラリー卿)は皆さんお金持ちだし、お金なくしては出来ない。
 
そういえば大分前に宴席でプロ野球人の話をした時に、清原和博と星野仙一が男らしい代表のようにいう奴がいた。まあ、彼からみれば男らしいのだろうし、巷にもこの二人を男らしい代表のようにいわれるのを聞く。とりあえずいっておくが自分はこの二人が嫌いだが、友人は男らしい理由を勇ましいと評した。「勇ましいって何が?」、「気迫だよ、気迫!清原なんかに内角攻めるピッチャーは度胸あるしな。」だとさ。
 
「星野は?」と聞くと、「監督の時の抗議なんか相手ピッチャーはビビってるじゃないか!」という。「はぁ?男らしいってそういう事か!」とややうんざり気分。他人の見方だから別にそれはいいが、いわゆる瞬間湯沸かし器というすぐに頭に血が昇る男が男らしいのは子供騙しだろう。星野のポーズ作り、清原の小心は裏では知られていたし、それを狙ったり、隠したいからの行動だろう。
 
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言い合いする時にわざとらしく言葉を荒げたり、大声で喚く奴は中身がカスの証拠だと思ってる。自信がないから態度で、ない自信を威圧する食わせ者だと思う。星野の周囲を意識した言動は、彼が選手時代の監督やバッテリーを組んでいた中尾捕手が腹で嘲笑しているくらいだ。「男・清原」もかつて西武時代、巨人との日本シリーズの最中に恨み節からか、巨人に勝利する嬉しさでマウンド上で涙を出した男。
 
1987年の巨人との日本シリーズ第6戦、9回表2死。日本一までアウト1つ、西武はその涙ためにわざわざタイムを取って時間をつないだ。当時マウンド上にいた工藤投手は泣いている清原を見て、「打者は左バッターの篠塚さん、清原は涙でボールが見えないからインコースを引っ張られ一塁に打球が飛ぶと危ない」と冷静に判断、涙が止まるまで時間を稼いだ。細かいところにプロの心情を発揮させている。
 
清原の涙はドラフトで巨人に袖にされたときもカメラの前で見せた。ドラフトで外れて泣いた選手など他に見たことない。陰では泣いてるのだろうが、陰で泣くなら男だろう。家でも泣く清原に母親は、「あんたが勝手に惚れて、勝手に振られたんやないの。男らしく諦めなさい。男なら見返してやりなさい。泣いてる暇なんてないはずやで!」といわれ、プロに入り巨人を見返してやるとの思いを強くしたというが、これって女々しい執念だな。
 
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そんな男が、コロッと巨人に入っているわけだから、「男心に秋の空」って清原のために作られた慣用句でないかい?そういう女々しさをいろいろ指摘され、だんだんと風袋も言葉使いも威圧感を増すように変わっていった。あのような雰囲気では残念ながら球団からの声はかからないだろうな。本人が野球界に尽力したいとの思いがあっても、ゴロのイメージ+暴力肯定派との印象を容認する球団はまずないだろう。
 
有名な「清原乱闘事件」というのがある。1989年9月23日の西武-ロッテ戦でロッテの投手平沼定晴が与えた内角球に逆上した清原は平沼にバットを投げつけた。幸いバットは当たらずケガはなかったが平沼も怒って清原に向かっていったが、清原にヒップアタックを受けて転倒、清原はロッテのマイク・ディアズから首投げの返り討ちにあった。清原への罰金30万円、出場停止2試合という裁定には異論もあった。
 
現在中日ドラゴンズの打撃投手兼用具係をしている平沼が8月5日に清原との乱闘事件の真相を語った。
 
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 −−忘れられない場面です
 
死球に怒った清原君の投げたバットが僕の足に当たりました。だから僕もカッときて突進しました。正面から来るかと思ったら、身を翻してのヒップアタックだったので、虚を突かれて飛ばされてしまいました。彼は一発決めると逃げていく。どんどん逃げて行く後ろ姿を覚えています」
 
 −−その後、清原氏は捕まって大乱闘になった
 
 「試合が終わっても僕はどうしてもおさまりがつきませんでした。実は彼が帰るのを狙おうと、駐車場で待ち伏せしたんです。でも、車でサッと出られて報復できませんでした。訴えることもできるといわれましたが、そんなみっともないことできるか、と思ってました」
 
 −−それで
 
 「次の日、彼は辻(発彦、現中日総合コーチ)さんに付き添われてロッカールームに謝罪に来ました。ロッテには村田兆治さんや袴田英利さんという大ベテランがいて、僕以上に彼をにらみつけていました。これはすごい迫力でした。いかに才能のある選手といえども、まだ若い彼が追い詰められた気持ちはよくわかりました」
 
 −−それで水に流したわけですね
 
 「もちろん死球は狙って当てたものではありませんでした。でも、そのあと何度か対戦したとき、正直、清原君の内角には投げづらくなりました。そうしたら、彼の方がそれに気づいたんです」
 
 −−なるほど
 
 「そしたら彼の方から、『平沼さん、気にしないで攻めてください。お願いします』と言ってきたんです。いいところあるなあ、と思いましたね」
 
 −−猛者が多かったわけですね
 
 「確かに今はだいぶ雰囲気は違いますね。そのころはTVゲームなどもないし。でも今、そんなに酒を飲んで暴れたら捕まりますよ」
 

 
と、清原の純真な性格が読み取れる。それでよかったと思うのに、「番長」などと呼ばれてそれでいい気になって、自らの虚飾に傾倒していったのは巨人に入団した当たりからだろう。清原の巨人入団で当時43歳の落合が放出された。退団会見の席で落合は、「清原と勝負して負けるとは思わないが、(落合と清原の)どちらを使うかで悩む監督の顔は見たくない」というセリフを残した。
 
巨人時代の清原は、ダイヤのピアスを両耳に付けた理由を自著『男道』で、「巨人軍に契約交渉の席で煮え湯を飲まされ、その悔しさを忘れないために刺青の代わりにつけた」と述べている。このピアスに関しては巨人OBをはじめ、他球団のOBからも評判は悪く、野村克也など苦言を呈す人も多かった。堀内監督に打順を7番に下げられたことで、本塁打のハイタッチを拒否するなど素行の悪さが目立つようになる。
 
キャンプ中の肉離れで二軍スタートだった2000年には、巨人のオーナーであった渡邉恒雄に「(清原が一軍にいないことで)勝利要因が増えたな」とまで言われた。KKコンビの桑田とは対照的で、素行の悪さで清原は出され、桑田はチームに残ったともいわれた。退団した堀内監督が週刊誌で、「清原は野球に向かない。団体競技である野球に進んだのが間違い」の言葉は、真に清原を言い当てていると思う。
 
特別な分野で特別な技能や能力を身につけている人間を専門家という。それは専門分野に一途に身を委ねている人の総称であるが、その専門集団の中でいかに尊敬されようと、実力を評価されようと、彼らはもっと大きな社会の枠の中に生息しているわけだし、素行が悪ければ社会認知もされない。CMだって依頼されない。企業イメージはCM出演者によって高くなり、不祥事でダウンもするから当然だろ。
 
イメージ 4大リーグあたりはその辺が手厳しい。メジャー最高年俸を誇るヤンキースのA・ロッドが現在違法ポーカー問題で召喚されるという話になっているが、安打数4256本の大リーグ記録を持つピート・ローズは野球賭博で永久追放処分だし、シーズン70本塁打のマーク・マグワイアもドーピングで殿堂入りが叶わない。762本の大リーグ本塁打記録を持つバリー・ボンズは現在薬物使用で起訴されている。専門家の評価と社会人としての評価の融合が大事のようだ。夢を与える専門家といえども、与える夢が正しく真性なものであるか、そうでなければ多くの国民や子どもを偽ることになる。偽りの中で達成された夢に厳しいのは自由と責任という表裏の完結だろう。人は自由を供与される以上に責任の重さを強いられるということだ。薬物漬けというのは人間のちょっとした気の緩みからだが、世間は容赦しない。
 
スポーツはビジネスであり、いかに立ち向かおうとも勇敢とは言わないといったが、時速150km前後の堅いボールに立ち向かう怖さは絶対にあるし、その怖さを克服できるのも商売だからだろう。無償の冒険者なら年間150試合もの恐怖に立ち向かうことなどあり得ない。だから商売だから可能という見方も出来る。清原のように極度に死球を怖がる打者は大打者といえないとの見方もある。
 
王や長島は死球に目くじらを立てる事もなかったし、現実に王は清原に対し、「死球を避ける技術もなく、一方的に投手に立ち向かうのは問題」と批判した。投手も打者も真剣勝負をするわけだし、そこには打者としての身構えもあるという。同感だ。大打者の証明として内角攻めも覚悟しなければならず、踏み込みを躊躇させるためにすれすれのコースで身体を起こす事も投球術である。
 
そこをわきまえ、ぶつけられて投手に向かっていくような事をしなかった大打者こそ勇ましい。火の玉のように怒って相手に向かっていく清原や星野が勇ましいというより、あれは姑息な恫喝だ。それに比べて落合の死球の対応は、打者、投手、互いに商売と我慢をしつつ投手へ注意する大人の対応を感じる。残念ながら清原、星野のマジ切れは肝の座らぬクソガキ。あれが男?冗談いうな、ありゃ男の子だ。
 

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