死ぬまで生きよう!

秋の夜長は、長文ブログでも読んで・・・

全体表示

[ リスト ]

昨日にて本年の書き納めの予定が、BSで『最後の忠臣蔵』の放映があり、「テレビでやるなら観るか」と、観る気もなかった"食わず嫌い"を改め、拝見仕る事に相成った。本作品の原作は池宮彰一郎(1923年5月16日 - 2007年5月6日)で、彼は元々脚本家で東映の『十三人の刺客』(1963年)、石原裕次郎の『嵐を呼ぶ男』(1966年)などを書いている。
 
池宮は小説家として『島津奔る』(1998年)、『遁げろ家康』(1999年)が司馬遼太郎の『関ヶ原』、『覇王の家』と類似し、両冊ともに絶版・回収となる。脚本家としての虫食い書き癖なのか池宮は、「家内の病気や引っ越し、連載が重なり混乱し、資料と先輩作家たちの作品が混ざってしまった。自戒の意味から絶版をお願いした」とのコメントを発表した。
 
イメージ 1
 
いずれも現役ロングセラーの司馬作品をパクるなど、露見しないなどあり得ないし。したがって彼のコメントは言い訳の類とは考えられず、実直で信憑性のある発言と伺える。しかし、盗作問題に発展する危険性に思考が及ばなかった事自体、精神が混乱していたといわざるを得ない。この二作以外の池宮作品においても同様の類似を指摘されている。
 
司馬遼太郎財団からは著作権侵害訴訟は起こされなかったが、事件以降、連作の『平家』を除いて新作が出版されることはなくなった。雑誌『野性時代』に連載していた『密約―西郷と大久保』も第一部で未完となり、司馬作品盗作という話題性も大きかったことで、彼の作家生命を痛撃する事件となる。よって、池宮を語るのにこの二作品ははずせない。
 
司馬遼太郎を心底敬愛する池宮は、「日本の小説は私小説主体であったが、司馬遼太郎の歴史小説は大河的で日本の小説の流れを変えた」との所感を述べているし、「歴史小説は従来の歴史考証にとらわれ過ぎてもならないし、逆に歴史を全く無視してもならない」と述べているように、独自の歴史考証による斬新なスタイルの歴史小説を生み出している。
 
イメージ 2『遁げろ家康』は、1997年1月3日・10日号〜12月26日号にわたって『週刊朝日』に連載され、その後単行本化、文庫化と版を重ねた。2002年の9月にいたって版元である朝日新聞社に、「司馬遼太郎の『覇王の家』とよく似た表現・記述が多いのではないか?」、という読者の指摘が寄せられるようになり、それで2002年12月25日付で絶版・自主回収となる。
『島津奔る』は、「週刊新潮」1996年7月18日号〜1997年10月23日号に連載後、単行本化され、第12回柴田錬三郎賞を受賞し、文庫化もなされて発行部数をあげた。ところが2002年の12月、版元の新潮社にまたも読者から司馬遼太郎の『関ケ原』とまるで引き写しに近い表現・記述との指摘がされたことで、2003年4月1日付で絶版・自主回収。
 
歴史小説というのは、史実を調査するための資料集めや解読作業が必須であるが、自分がやらなくても人が調査・解読した資料はいくらでもある。プロの物書きであっても歴史小説を書くときに史料・文献を利用してはならないとのお達しはないが、史料を調べるだけならまだしも、史料から起こされた他人の作品を引用するのはダメに決まっている。
 
池宮の絶版問題は、さまざまな問題提起と話題を提供したが、栗原裕一郎『〈盗作〉の文学史――市場・メディア・著作権』(2008年6月・新曜社刊)でも触れられた平成15年『朝日新聞』夕刊の記事、「"類似表現で絶版"慎重に 池宮彰一郎『島津奔る』問題で識者指摘」から。「"類似即絶版"という流れが定着することへの、懸念の声も上がっている。
 
歴史作家の安部龍太郎は、「同じ史料や軍記などを参考に事件を描けば、似た描写や表現になることはある程度やむを得ない。先行作品と似ているから絶版という措置を取られると、歴史小説の自由な表現を削がれる恐れがある」。文芸評論家の縄田一男も「原史料との厳密な照合が必要で、表面上の類似だけの即断はさけるべき」と憂慮する。
 
記事を書いた朝日の記者は、「作家にそれなりの事情があったとしても、連載、単行本化、文庫化まで三度の編集作業を経た出版社側がなぜ長年、類似を発見し改善できなかったのか。両作とも十万部以上のベストセラーであり、柴田錬三郎賞を受賞した『島津奔る』が、近年の歴史小説の名作と評価されていることを考えれば、残念でならない。」
 
確かに編集者の責任がないわけない。ピアニストがバッハのピアノ曲をレコーディングの際、ディレクターはピアニストが演奏中に音のミスがないかをジャッジするために楽譜を追う。映像は、『Glenn Gould on The Record』の中での一場面だが、高名なるピアニストの読譜を信じないというのではなく、誤ったものを市場には出せないとの強い自負を感じる。
 
 
この場面を見ながらクラシックのレコーディング・ディレクターと言うのは、最低でも楽譜の所見ができるレベルでなければと認識を新たにさせられた。それでも音のミスがあるのを30年くらい前の雑誌『レコード芸術』の一文で知った。その本は廃棄したのでミス箇所は覚えてはないが、グールドの弾く『熱情ソナタ』の一音が間違いと言う指摘だった。
 
音をはずしたのか、譜読みミスかは判らないが、その時は自分も楽譜と音の違いを確かめた。どうしてこういうミスが起こったのかわからないが、ライブステージならともかく、レコーディングでは常識的にあり得ない。上の朝日の記者の指摘は正鵠を射るもので、「担当編集者だけでなく出版社の責任でもあり、一体何をやってるんだ」と言いたくなる。
 
が、結果的に盗作という憂き目にあう。彼と親しかった新潮社の元編集者宮澤徹甫氏は、「酒席で人の脚本をそらんじたことがあり、後でその映画を見て一字一句一致しているのに驚いた。司馬さんの小説を読み込み、類似表現が無意識のうちに出たのだろう」と弁護し、同じく池宮氏の長男で作家の池上司氏も父親の異常な記憶力について語っている。
 
イメージ 3「暗唱できるほど記憶の中に刷り込まれていた司馬さんの文章が、創作の最中に自分の文章と判別できなくなったのではないか」。他にも朝日新聞編集委員白石明彦氏は池宮への思いを語る。「"司馬史観を超えなければ新しい歴史小説は生まれない"と熱く語る言葉が今も耳に残る。あの独創的な発想の持ち主がなぜ、という思いが消えない」。
司馬遼太郎の作品を取り出し、頁をめくって引用したのではないほどに司馬作品の一字一句が脳裏にあった池宮であるが、事情がどうあるにせよそれでも盗作でなる。版元から「司馬さんの作品と似てる表現があるみたいですよ」と知らされた池宮自身、どれだけショックを受けたことか。一時、「筆を折る」とまで漏らしたその言葉が物語っている。
 
『島津奔る』は75歳の作品。人は70歳近くになると老人惚けも出始める。そういう身で、時代小説を書く事自体無理と言えば無理かもしれない。史料を漁り史実を確めるのは、壮齢の人間にあって想像を越えた手間暇がかかる。せめて時間の余裕があれば…、と思うが、原稿依頼には必ず期限が附せられる。締切間近となる辛さは筆舌に尽し難い。
 
いずれも作家である以上理由にならないし、大変なら筆を置くしかない。最後の作品となる『平家』についても、吉川英治『新平家』、安田元久『平家の群像』との類似がサイト上で検証されている。サイトの主は、「安田元久著作のひたすら丸写しであり、この記述法は引用の基準を満たしてないし、人様の文章をパッチワークしてるだけ」と糾弾している。
 
 
批判は批判として受け入れるしかないし、それが作品を公にしてお金を取っている者の定めではないだろうか。批判を怖がっていては天下に示しがつかず、反論するなり黙殺するなりで対処するしかない。池宮のような斬新な解釈を旨とする作家は、天動説の世に地動説を唱えたガリレオのごとくだろう。そういえば池宮に『四十七人の刺客』という作品がある。

本作は69歳の高齢で書き上げた初の長編小説で、新田次郎文学賞を受賞した。小説は読んでいないが映画を観た。監督は市川昆で、討ち入りを謀略戦という新しい視点で描いている。いかなる謀略かといえば、「情報戦」、「経済戦」とでもいうのか、大石と米沢藩家老色部又四郎の攻防を情報戦や、吉良邸の要塞化を交えて展開される大胆な解釈といえる。
 
忠臣蔵は話の筋が決まっているため、新作の度に製作者や監督の工夫が必要となる。どれを観ても同じというならわざわざ新しいものを作る意味もない。吉良のいびり具合、定番松の廊下がどう描かれているか、吉良側に味方する幕府、あるいは浪士を応援する諸大名などに注意をしてみると、自ずと監督の個性や製作意図も見えてくる。
 
イメージ 4
 
『四十七人の刺客』は、内匠頭が上野介に刃傷に至った理由を謎のままで終らせているが、西村晃の上野介はともかく、高倉健の内蔵助、浅丘ルリ子のりく、古手川祐子の瑤泉院がダメで、石坂浩二の柳沢吉保も信憑性がない。市川昆の横溝正史シリーズ映画の石坂浩二のそぐわなさ、彼の金田一はダメ。石坂の本名は武藤兵吉で、この本名は大好きである。
 
良い役もあるのだろうが、リアル感のない殿様顔の彼をフェリーニなら使わないだろう。「私の欲しいのは顔であって名前ではない」という考えのフェリーニは、作品においてほとんど有名スターを使わなかった。唯一『アマルコルド』でマガリ・ノエルをグラディスカ役に使ったくらいか。とにかくフェリーニの映画に出てくる顔はユニーク揃いである。
 
毎回新作にかかる前に、彼がストックする住所付き2000人ほどの顔コレクションを眺めながらイメージを作っていくという。その中には町で会ってスカウトした素人も混じっている。あまりにユニークな顔の作品群から、「フェリーニの顔」と言う写真集まで出版されている。フェリーニほど顔だけで異様な妖気を作り出す監督が彼をおいているだろうか。
 
イメージ 5
 
『そして船は行く』では、目が開いているが盲目というオーストリア・ハンガリー二重帝国の皇女役のピナ・バウシュ。この重要な役を決めかねていた時、たまたまローマの劇場で彼女のパフォーマンスに遭遇、ただちに彼女に決めたという。演技よりも何よりもフェリーニの求める「顔」がそこにあったからだ。実際、あの映画のバイシュは素晴らしい。
 
さて、昨夜の『最後の忠臣蔵』の感想を書くつもりでいたが、書く気になれない。という事は、観るには観たが、ああいう構想は武士世界には違和感がある。コゼットを養父から買い取って育て上げるのはキリスト圏の『レ・ミゼラブル』ならまだしも…という事でか、本日は寄り道でなく書かない。主役とはいえ、寺坂吉右衛門はもっと生活臭のある顔の役者がいい。
 
討ち入りの「その後」をこれだけ長く書いたものは珍しい。というのは、討ち入りの生き残りに何をさせるのか、討ち入り後の先々まで見越した大石の深慮遠謀を、美しく描いて見せているのだろうが、大石に命じられたとはいえ、生涯をかけ自分の生き方として貫いた寺坂吉右衛門と瀬尾孫左衛門、彼らに能う感動頂戴物としては大いに引いてしまった。
 
映画は作り物だ。ゆえにこれ見よがしの「善」を奉じる演出にはドン引きする。人間の基本は悪である。悪がカメラを意識してのほとばしる善行でなく、素朴な、控え目な、信憑性ある悪の成せる「善」が見たい。所詮は「作り物だろ?」、「押し付けはやむを得ない」との声もあるが、ならばいっそハリウッド映画のような徹底した悪を観る方が違和感がない。
 
イメージ 6
 

この記事に

閉じる コメント(2)

顔アイコン

こんにちは。お疲れ様です。

私が読んだのは「47人の刺客」と「47人目の浪士」(寺坂吉右衛門)です。

2013/12/28(土) 午後 2:58 ロボット三等兵(rb) 返信する

顔アイコン

キッチリ読んでますね〜、さすがです。「47人の浪士」はNHKのドラマとして放映され、その時から「最後の忠臣蔵」と改題されたようです。寺坂密命説は自分的には信じられませんが、密命ありとするなら小説の発想くらいに思い浮かびません。

2013/12/28(土) 午後 3:57 [ hanshirou ] 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(0)


.


みんなの更新記事