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人間関係さまざま 🈡


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なぜ人間は多くの時間を費やして友情論や恋愛論を語るのか。親子・兄弟や師弟の道徳や先輩後輩の礼について論じながらも、別れる際には多くを語らないのはなぜか。人間の幸福を考えるなら、別離について真剣に考える必要がある。自分が目指す人間関係は大きく分けて以下の二通り。①相手を楽しくさせ、よろこばせる。②相手の話し方や考え方、方向性をこちらのペースに乗せる。

後の部分は誤解を招く言い方だが、決して無理やりとか強引とかでなく、上手く持っていくという技術であって、それからすると自分はリーダーシップを取りたいタイプかも知れない。別の言い方で、巧妙な付き合い術かも知れぬが、あの手この手の要領や様々な引き出しが必要となる。実はこれはゲーテの言葉からヒントを得たもので、やはり凡人は偉人・賢人から学ぶべきである。

「我々が人間をあるがままに受け取るならば、それはよい取り扱い方ではない。我々が彼らをそうあるべきであったように取り扱うなら、我々は彼らをその行くべき方向へ導く」と、ゲーテはいうが、何かができないことで引け目を感じる相手に対し、「お前はそんなこともできないダメな奴」などは口が裂けてもいわないことだ。できないことをできるかのように取り扱ってやる。

それなら、「俺が教えてやろう」の高邁な態度をとらなくて済む。そんな態度を喜ぶ相手はいない。不良と付き合う時も、不良と思わず普通に付き合うようにする。不良たちは意外と警戒心が強く、自分たちを批判し、見下していると思っているからである。思いの他に用心深くこちらの態度を伺っており、少しでも見下げた態度や物言いをすれば、彼らの心は離れていくだろう。

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予断や偏見を持たず、自然な気持ちで人と付き合うために自尊心は無用で、自由な心を持った人間だからできること。キリストは民衆にそういう気持ちで接していたし、親鸞もそうであったと記されている。人と上手く付き合うにはどうあるべきかについても、相手をこちらに惹きつけることが何より大事となる。指導といえば語弊もあるが、なだらかにしなやかにこちら側に引き込む。

リーダーシップを取りたい自分は難しいと思わない。人間的な魅力も必要で、蹴ったり殴ったりの指導者がいかに無能であるか、強い言葉で強引に従わせるのもバカげている。良い教師は子どもたちの輪の中に入り、彼らと同じ視線で立ち回ることで、子どもたちは無意識に教師から影響を受けることになる。自然に無意識に相手に影響を与える指導者こそ天職であろう。

良い指導者は上からでなく内側から啓発する。そのために、「敬愛心」が重要で、同僚や目下の人間に対しても丁寧語で接するべきと考えている。上が下に丁寧語で接すればこその敬愛心といえるが、それが人の魅力となれば幸いだ。畏れ多い吉川英治の偉業であるが、「われ以外皆師なり」という彼の言葉には、どんな相手からも自分を成長させる何かを汲み取ったと推察する。

口先だけの人間は誰からも信用されない。「やる」といってやらない、「行く」といって行かない人間は珍しくはなく、概ね決まった人間だ。男の一言を自他に全うするには行動するしかなく、それを責任感というだろう。「あなたは綺麗ごとが好きですね」という言葉は腐るほどいわれてきた。行動を見ないで口先だけと捉えるのだろうし、そんな言葉は屁とも思わなかった。

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的を外れた他人の言い草は冷静に判断できる。実行できないことを口に出しても何の意味もないのは当たり前のこと。口だけの人生、綺麗ごとの人生のどこが面白いのかである。人間は行動し体験することが生き甲斐となるが、臆病風に吹かれて行動しない人間は、一体何を怖がるか自分にはわからない。最近、「金持ち喧嘩せず」の意味が少し分かりかけてきたように感じる。

吠えまくるのは大概貧乏人で、貧乏とは心の貧しさをいう。だからか、他人のことが気になってしょうがないのだろうし、「金持ち喧嘩せず」はつまらんことにクビを突っ込まない。目指すは土台の大きい人間か。人間についてあれこれ考えるのが面白いのは人間がみな違うからで、犬も猫もカバもライオンも見た目は同じように見えるが、なぜに人間だけが見た目も中身も違うのか。

経験に照らせば、人間関係の基本は家族を中心とする関係に思えてならない。6月28日のyahooニュースのサイトに、「序列のある社会は本来、女性にはプラス」という記事が配信された。発言者は東大初の女性教授で、社会人類学者の中根千枝氏(92)である。彼女はもうそんな年齢なのかと驚きもし、名著『家族を中心とした人間関係』(1977年)は繰り返し読んだ。

「本書は家族についての諸問題を提示する」と中根は書いているが、第一章「家族構成の諸問題」、第二章「配偶者の選択」、第三章「家族内の人間関係」、第四章「家族(ウチ)とソトの関係」に分かれており、第四章では新たな視点を与えられた。彼女には『タテ社会の人間関係』という代表作もあるが、「ウチとソトの壁は厚い」、「学校も社会もウチ」という考えは納得する。

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また、家族の始まりとされる結婚やエクソガミー(族外婚)についての記述もある。配偶者の選択にあたってはどの社会においても「近親を避ける」傾向があるが、その範囲は社会によって異なる。同じ両親から生まれた兄弟・姉妹を除いた近親結婚は、特段珍しくなかった。特に父親が同じ兄弟・姉妹でも、母親が違えば結婚は行われていたが、父親が違って母親が同じ場合はタブーとされた。

古代、近親婚は奨励され、母と息子の婚姻例もある。ヨーロッパ諸国では王族の結婚による領地拡大政策を行った結果として近親婚が増えた。イスラム圏では血縁の濃さを喜ぶ傾向もあり、いとこ婚は多かった。現在の日本では『両性の合意のみに基いて成立』と憲法で規定され、近親者間の性交自体を禁止する法律もなければ近親者間の事実婚認定も阻害されない。

しかし、日本国憲法第24条に基づき制定される法令により、近親者間の婚姻に係る婚姻届は受理されず、誤って受理されても後に取り消しされる。万が一近親者である事実を知らぬままに婚姻関係が成立し、その後で認知等で近親者である事実が判明した場合、婚姻の無効原因となるが、無効主張は各当事者・親族・検察官となる。日本において婚姻届が受理されない近親婚は以下の通り。

 ・本人
 ・直系血族
 ・三親等内の傍系血族(兄と妹、姉と弟、おじと姪、おばと甥)、(養子と養方の傍系血族を除く)
 ・直系姻族(婚姻関係終了後も継続)
 ・養親とその直系尊属及び養子とその直系卑属(離縁後も適用)

近親交配から生まれた子は劣性遺伝子が発現する割合が増える点で好ましくないとされる。遺伝子には優性遺伝子もあり、優性遺伝子は片方でも優性なら特性が発現する一方、劣性遺伝子は両方が劣性遺伝子でないと特性は発現しない。リスク回避から近親婚を禁じているが、四親等(いとこ関係など)を結婚可能なボーダーラインとし、日本もそれをとり入れている。

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